#10 奴隷として買われた王女さま


「王国の第二王女、ユリカ様が奴隷に……?!」


 奴隷ではなくなったバニーガール、ニトの告白に私は驚愕を露わにする。だってそれは、決してあってはならない事だからだ。


「そもそも、ユリカ様含めて王国の王族の方々は行方知れずになっていたはずです。それがどうしてこの帝国に、そして奴隷になっているのですか?」


「それ、は……」


「サーシャ、落ち着きなさい。冷静なあなたなら、ある程度の察しはつくはずですよ」


「っ……すみません、私の方が動転してしまいました」


 依然として真面目モード継続中の姫様に窘められて、熱が入っていた事を遅れて自覚する。それ程までにニトの話は深刻だった。


 隣の王国で内乱が起こったという知らせで周辺国がざわついたのは一月前の事だ。私たちの住む帝国の半分程の領土でありながらも魔法の最先端を歩む王国の非常事態に、誰もが耳を疑った。


 なんせ第二王子が率いる革命軍によって、他の王族全員が処刑されたというのだ。私たち帝国の関係者も現地にいた為すぐさま使者を出そうとしたが、魔法で封鎖された国境を越えることはついぞ出来なかった。

 

 それ以降、王国は誰も手の出せないブラックボックスとなっていたのだ。しかしこうして帝国にいるという事は秘密裏に逃げ延びていたのか、或いは……。


「……いえ、詳しい経緯は聞きません。ですが1つだけ確認を。ユリカ様を買ったのは、この帝国の人間ですか?」


「恐らくはそうだと思います。本当ならあなた方と同じようにオークションに出されるはずだったのに、急に買い手が決まったとか言われて、それでユリカ様だけが連れていかれて……!」


「オークションを無視して買えるだけの力を持っている、というわけですね」


 無念に顔を曇らせるニトに目を細めながらも、姫様の分析は続けられる。

 あの奴隷市場は姫様を奴隷として売りさばいても証拠不十分で裁きを逃れられる無法地帯だ。そんな所で過程を無視させる程の力を振るう相手が国外の人間とは考えづらかった。皇女がうっかり奴隷になりかけたりはする自国だが、そこまで終わってはないだろう。多分。


「この国でそこまで幅を利かせられて、他国の王女を奴隷にするような相手……。もはや国賊と言っても過言ではないでしょう。調べる必要があるかと」


「そうですね、これは由々しき事態です。私としても捨て置く事は出来ません」


 最初に話を聞いた時点で嫌な予感はしていたが、どうやら想像以上に大きい問題のようだ。それが分かったのだろう姫様も顎を高く上げて、首元を露わにしていた。


「どうやってそんな事を可能にしたのか、隅々まで明らかにする必要がありますね。相手の素性から手札、手順、力関係から背景まで。一切合切を暴いて見せましょう」


「そ、そんなに注力していただけるなんて……!」


 うん? なんか姫様の決意が固すぎるような。感激しているニトには悪いが、姫様の良くないモチベが高まっている気がしてならない。試しにもう一度アイコンタクトを送ってみよう。


「(姫様、何か良からぬ事を考えていませんか?)」


「(失礼ですね。至って私はいつも通りの真面目な皇女さまですよ? 別にいいサンプルが得られそうだなとか考えてませんとも)」


 なるほどいつも通りか。つまり駄目そうだという事が分かった。

 まぁ、どんな動機であっても国やユリカ様、ニトの為になるなら良しとするか……。


「ひとまず奴隷を買ったのは一体誰なのか、そして奴隷になったユリカ様がどこにいるかをまずは探しましょう。目撃情報でもあれば話は早いのですが……」


「もし姿を見せていれば話題になっているでしょうから、どこかに幽閉されていると見るべきですか。どう探したものですかね……」


 ひとまずの方針は姫様の言う通りでいいと思うが、いざ具体的にどうするかと言われると少し悩んでしまう。王女という立場もそうだが、その目立つ容姿を隠していないはずがないからだ。


 最後にお会いしたのは一年以上前だが、その時の印象はまさしくお姫様と言った風体だった。まっすぐで綺麗な金髪に、愛らしい琥珀色の瞳とぷっくりした頬。姫様よりも幼い少女であったユリカ様は、まさしくお人形さんの様だったと記憶している。


 そんな姫様にも並ぶほどに可憐な彼女を奴隷にした、不埒かつ不敬な輩がこの帝国にいるだなんて――


「……………………ん? 金髪の、幼女?」


 計算が合っていれば今は12歳であろうユリカ様。その端的な特徴だけを抽出すると、何かひっかかるような気がした。

 今までの記憶をひっくり返して思い出す。最近、そんな話をどこかで聞いたことがあるような……。


「……私、金髪の幼い少女を奴隷にしたという話をつい最近聞いた気がするのですけど」


「……奇遇ですね、私もです。話は変わりますけどこの国で相応の権力を持っているのって、やはり姫様のような皇族の人間だと思うんですが、姫様的にはどうですか?」


「……そうですね。確かに私と同じ皇族の人間なら、あの奴隷市場にも圧力をかけることが出来るでしょう。買い手としてオークション前に商品をもぎ取るくらいなら難しくないでしょうね」


「え? ええ?! もしかして、心当たりがあるんですか!?」


 僅かに引きつった笑みを作る姫様と私に、ニトが期待の声を上げる。

 恐らく私も姫様も同じ名前が浮かんだのだろう。けどそれを認めたくないと言うか、そうだとしたらこの先どうしようという困惑がその名を呼ぶのを拒ませていた。

 しかし最終的には、同じ皇族の責任を感じたであろう姫様が口を開く。

 

 

「……、まさかあの子はそういう……?」


 

 それは姫様の兄妹であり、同じくこの帝国の第三皇子でもある名前。

 姫様が奴隷を買いたがるきっかけにもなったソイツの名が出た事に、私たちは揃って頭を抱えるのだった。


 ☆


 例えどんなに認めたくなくても、まずは確かめないと話が進まない。そう考えた私たちはダンテスの自室へと向かう事にした。因みにニトは色んな意味で目立つという理由でお留守番である。


「さて、まずは確認と参りましょう。ダンテスが買った奴隷が本当にユリカ様なのか、直接会えば分かるはずです」


「これで他人の空似とかならいいんですが……」


 重い足取りで到着したダンテス様の自室、そのドアをノックする直前で姫様の最終確認が始まった。もしダンテス様が本当に王女を奴隷として買ったのなら、まず間違いなくここにいるはずだ。果たして私の淡い期待が叶うのか、ドキドキの瞬間である。


「ダンテス? ちょっと用事があるので入りますね?」


 (トントンガチャ)


「おいスレヴィア!? ちょっと待――」


 ノックの音とドアノブを捻る音はほぼ同時。返事を待つことなく姫様はドアを開けていた。

 そんな気遣いの欠片もない姫様に慌てる男児の声を聞きながら、私と姫様はダンテス様の自室に入室する。思春期男子のプライバシーなんて王女の身柄の前では些事なのだった。

 

「ちょっとアナタが買った奴隷について聞きたく、て…………」


「…………あっ」


 いけしゃあしゃあと尋ねながら、奥の寝室へと足を踏み入れた姫様の動きが止まった。その後ろから私も寝室の中を覗き見て、思わず声を上げる。

 


 寝室の中央に置かれたキングベッド。その上で上半身裸のダンテスは、同じく半裸の金髪幼女とベットインしていやがった。


 

 ……驚愕の末に訪れた部屋の沈黙を、私はジト目で破ることにする。


「姫様。これはもうクロですよね」


「え、白じゃないんですか? 毛布の隙間から見えるあの布地はどう見たって」


「誰もそんな話はしてないです。何のためにここまで来たと思ってるんですか」


「そうですよね、すみません。黒というのは今日の私の事でした」


「姫様、下着の話から離れてください。お願いですからちゃんと現実を見ましょう?」


 何故か姫様の情報まで出てきた所で現実逃避を止めるよう懇願する。一国の皇女が真っ先に注目したのがそこなのもそれはそれで問題な気がするが、そんなことを言ってる場合ではない。


「な、なんだお前ら!? 急に入ってきて何の用だ!?」


 そんな私たちから少し遅れて復帰したのは、この部屋の主であるダンテス皇子だ。少し長めの銀髪の下に貼り付けた驚愕の表情が、丸い身体の震えと共に困惑や怒りへと変わっていく。


「安心してください、今日はダンテスに用事はありませんから。そのまま寝てて大丈夫ですよ?」


「この状況で寝られるわけないだろ!? そもそも邪魔してきたのはお前らだろうが!」


 そんな彼の至極真っ当な反論も、姫様的にはどこ吹く風だ。正直ダンテスに同情しなくもないが、それは彼の傍にいる金髪幼女の正体を確かめてからだ。


「ダンテス様。色々突然でまっこと申し訳ないんですが、その方はどちら様ですか?」


「ホントに突然だし絶対悪いと思ってないだろその言い方……! コイツはユリカ、オレが最近買った奴隷だが、それがどうかしたか?」


「ユリカ、ですか……そうですか……」


 文句は言いながらも教えてくれてありがとうだよこんちくしょう。そうなんだろうなとは思っていたが、こうしていざ答え合わせされるとすごく複雑だ。あっさり辿り着けた真実が、あまりに厄介極まりない。


 第三皇子コイツ、本当に他国の王女を奴隷にしていやがった……!


「単刀直入に聞きますけど、ダンテス。その方、王国第二王女のユリカ様ですよね?」


「はぁ?! そんなわけないだろう! 名前が同じだけの別人だ!」


「いや、どう見てもユリカ様本人なんですが……」


「…………?」


 容疑者ことダンテスはそう供述しているが、状況を呑み込めていない様子の彼女を見れば一発だ。

 多少乱れていても煌びやかな長い金髪。光は少ししか宿っていないが、琥珀色の瞳もそのままだ。久しぶりの対面であったとしても、彼女がユリカ王女の見た目をしているのは間違いなかった。


「……確かに見た目は似ていて、名前も歳も同じかもしれんが、それでもコイツは王女ではない! コイツはオレが奴隷市場で見つけた、掘り出し物なんだ!」


「全然石の中に混ざってないと思いますが。玉じゃなくて立派な王女ですよねこの方」


「お前、メイドの癖にさっきから不敬が過ぎないか?! オレは皇子なんだぞ?!」


 しまった、つい癖で姫様と同じ対応をしてしまった。けどしてもいない年齢の話まで出てきたし、もうこのまましょっぴいちゃっていいんじゃないかな。


「いえサーシャ、まだ王女だと決まったわけではありません。決定的な物的証拠がない現状、まだダンテスの方に正義があるでしょうね」


「……あの時と同じというわけですか」


 姫様に止められて思い出すのはあの屋敷での一幕。例え本人が主張したとしても、それを証明するモノがなければこの国では認められない。ここでも邪魔してくるとは厄介な……。


「……ご主人様、この人達は……?」


「別に気にしないくていいぞ、ユリカ。確かにコイツらはオレ様の妹とその従者だが、危うく奴隷になりかけるくらいのおっちょこちょいだからな」


「うぐっ」


 そんな渦中にいるはずの当人ことユリカ様の素朴な疑問に、ダンテスがちょっと優しげな口調で返す。中身は全然優しくなかったが。


 先日の誘拐事件の事は一応ダンテス様にも伝えている。元を辿ればお前が姫様を煽ったからだろと言いたい所だが、彼の評価もあながち間違いじゃないので言い返せなかった。


「あの時ちゃんと奴隷になっていれば、ダンテスにこんな事を言われたりはしなかったのに……!」


「その反省方向は間違いですからね、姫様」


 おっちょこちょいの片割れがぐぬぬとしているが、今はそんな事よりユリカ様だ。私たちの事を知らないとしても、保護する必要はあるわけで――


「……ユリカ様。こちらはダンテス様の妹であり、第三皇女であらせられるスレヴィア様なのですが、覚えていませんか?」


「…………?」


 私の言ったことがよく分かっていないのか、こてんと小首を傾げる金髪幼女。とても可愛らしい仕草だが、その反応はおかしなモノだった。


「もしかして私、そんなに影が薄いんでしょうか」


「断じてそんな事はないです。いえ別に内面外面の話ではなく、王族同士が一度顔を合わせた事を忘れるなんて、普通ならあり得ない事です」


 そもそもこの場で初対面を装う必要もないはずだ。にも関わらずこのリアクション、恐らく普通じゃない事が起こっている。いやむしろ、これは……。


「もしかして、ユリカ様、自身が王女であることも覚えていないのですか?」


「……わたし、王女なの……?」


 恐る恐る尋ねた私の言葉に、やはりユリカ様は疑問顔だ。私たちが来ても助けを求めたりしなかったのはこれが理由か。


「ダンテス、これはどういう事ですか?」


「オレに聞かれても知らんぞ。コイツは最初からそうだったし、なんなら会話が出来るようになったのも最近だ。そもそも王女ではないから調べる気にもならんしな!」


「……ひとまずダンテス様のせいではないようですね」


 私と姫様の二人から白い目で見られるダンテスだが、そこは明確に否定していた。何故こうなってしまったか気になる所だが、それ以上にマズい点があった。


「本人も己が王女であると主張出来ないなら、身分の証明は困難を極めてしまいますね……」


「それらしき持ち物もないでしょうし、この世界にはDNA鑑定もありませんからね」


 この世界における身分証明の手順は非常に厄介だ。

 本人の身体情報や経歴が一致する事、その身元を保証人がいる事、そしてその人物にしか出来ない武技や魔法を使用する事などがあるが、そもそもの話。

 本人がそれを望まなければ、その証明の場は与えられない。当たり前の話だが、今回はその前提が崩れてしまっていた。


「いえ、まずはユリカ様の無事を優先しましょう。ニトと再会すれば、何か思い出すかもしれませんし」


「分かりました。それではユリカ様、失礼致します」


「え? え?」


「……おい、ちょっと待て」


 状況を飲み込めていないユリカ様を抱き上げ、部屋から連れ出そうとした私の肩に置かれる手。ダンテスが、睨みつけるように私に待ったをかけていた。


「ユリカはオレの奴隷だ。それを勝手に連れていこうとはどういう了見だ?」


「どうもこうもないです。例えダンテスが正当な契約を結んでいたとしても、王女を奴隷にしていいはずがないんですから。一時的に私たちで保護させていただ……サーシャ? なんでそんな目で私を見るんですか?」


「あ、すみません。シリアス中なのについ」


 姫様は何も間違った事を言っていないのに、思わず振り返ってしまった。割とあっさりユリカ様が見つかって気が緩んだのかもしれない。


 そんなどこか深刻になり切れない私たちを置いて、シリアスを貫く男が一人いた。


「違う……ユリカは王女じゃない……。コイツはオレの、オレだけの奴隷なんだ……!」


「ダンテス、様……?」


「それを奪うなんて、そんな事このオレが許すと思うな!」


 絞り出すような叫びと共に、ダンテスの腕が動く。そしてベッドのすぐそばに置かれていたその物体を掴むと、私たちへソレを見せつけるように突き出した。


「《オレに従え》!」


「な、何故ソレがここ……に…………」


 その瞬間弾ける赤い光。私の目と意識がまんまと奪われる。


 その手にあったのは、手の平サイズの黒い長方形だ。というかそれは、この世界にはないはずの、スマホそのもの、で……………………












 


「サーシャ? 一体どうしたの、で……すか…………?」


「ああそうだ、それでいい。まずはメイド、その担いだユリカをベッドに下ろせ」


「…………はい」


 ダンテス様に命じられ、私はその通りに身体を動かす。困惑を隠せないユリカが解放されたのを確認すると、彼は再び私と姫様に向き合った。先ほどまでとは打って変わった、勝ち誇るような笑みと共に。


「全く、最初からコレを使っておくべきだったな。そうすれば、何もかもオレの思い通りになったんだ」


「ご主人様……?」


「ああ、いいんだユリカ。お前はオレのモノなんだから、ただ身を任せていればいいんだよ」


「……わ、分かりました」


 頭を撫でられながらそう答えるユリカにダンテス様は満足げだ。もしかすれば心温まったかもしれない風景を、私と姫様はただ無言で、棒立ちで見つめていた。


「さて、幾ら妹とそのメイドだとしても、やっていい事と悪い事がある。オレのユリカを奪うだなんて、冗談じゃない!」


 スマホのような物体をギリギリと握りしめ、怒りを露わにするダンテス。その矛先を向けられて尚、私たちは何もしなかった。何も出来なかった。

 その理由はとても簡単。もし私が正常なら、こう答えただろう。それは私たちが――


「故に罰として、お前らはオレの言いなりだ!」


「…………はい、ダンテス様」


「……………………はい、ダンテス……様」


 ――催眠状態にあるからだ、と。

 

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