第3話「顔が可愛いって話」
11月26日(金曜日)
「わざわざありがとう」
かるい会釈と共にプリントを受け取ると、水原雫はそそくさと帰る素振りを見せる。インターホンを押せばすぐに返事があるし、カバンから届け物を取り出している間に水原はエントランスへ到着する。
「若松さんって、部活は大丈夫なの?」
「ああ、もう全然」
若松の所属する生徒会執行部は学校行事の企画・運営を生業とする部活動だ。忙しいのは行事開催日の前1週間で、それ以外は地道にコツコツと仕事を進める。9月の運動会や11月に行われる文化祭は、学内二大行事として位置付けられており、執行部の仕事ではない。つまるところ、12月下旬に行われる「
「そっかー」
「あっでも、ちゃんと木曜日までは古紙回収とかやっていて…」
「じゃあ、また来週」
行事運営以外の活動状況について話を広げようとしたところで、水原雫は足早にエントランスから立ち去った。その後ろ姿に「また来週」と声を掛けると、彼女は振り返って頭を下げた。
12月3日(金曜日)
普段よりも一本早い電車に乗り、若松はドラックストアへ立ち寄った。
目薬とハンドクリームをかごに入れ、シャンプーが切れかけていたことを思い出す。シャンプー・リンスコーナーに移動すると、偶然にも水原雫が立っていた。驚いたが彼女の家からは徒歩圏内。ここに水原が居ることは別に不思議ではない。
「よっ、元気してた?」
何食わぬ顔で隣に立ち、声を掛けた。
水原雫は一瞬驚きの表情を浮かべたが、若松の姿を確認するとその瞳には落胆の色が滲んだ。澄まし顔に戻り会釈をする水原に「落胆が隠せてないぞ」と思わず突っ込みたくなる気持ちを静かに抑え込む。
「水原さんの髪ってサラサラでいいなー。おすすめのヘアケア商品教えてよ」
「若松さんは今のままでいいと思う」
「やだよー、ほら見て? 結構くせ毛なんだ」
耳にかけていた髪を戻して水原に見せるように手で梳いた。
その手に、水原雫の手が添えられる。
「えっ」
重ねられたまま、水原雫の指は若松の髪を梳く。頬に触れそうな指の動きに、頬が火照る。
「可愛いから、今のままでいいんじゃないの」
若松の髪から手を離し、水原雫は商品棚に視線を移した。
自分は動揺したにもかかわらずこのクラスメイトは全くもって普段通り。水原雫と学校内でつるんだことが無かったからか、彼女に距離を詰められると狼狽する。
「あ、ああ…髪型が、ね」
「いや、ボブも似合ってるけど。顔が可愛いって話」
「うっ…」
顔が急に熱くなる。「顔が可愛い」なんて、今まで言われた記憶がない。
水原がテスターの香を嗅ぎながら淡々と口にした言葉で、若松の心は簡単にくすぐられた。
「み、水原も、美人だからいいよな」
「お世辞とかいいよ」
「いや、お世辞とかじゃなくって」
若松にとって、友達に「美人ですね」なんていちいち口にしたのは初めてだった。第一、友達の顔なんて気にもしないし褒め合うような美に捕らわれた性格でもない。照れ隠し兼、言い慣れないこの口調で、水原はお世辞だと捉えてしまったようだ。
「ていうか今さ、ナチュラルに呼び捨てにしたね」
「あっ! ごめん嫌だった?」
友達のことは苗字被りがいない限りは苗字の呼び捨てが基本だ。無意識に「水原」呼びをしてしまった。不快にさせてしまったのかと素直に謝る。
「別に嫌じゃないよ。なるほどなーって感じ」
「何だよ、それはどういう感情?」
「これが一軍の距離の詰め方かって感心したの」
若松は耳慣れない言葉に困惑する。
「何て?」
「クラスの一軍。若松さんみたいな、誰とでもうまくやれる人たちのこと」
「あんまりそういうこと考えたことないけど…」
厳選した詰め替えセットを買い物かごに入れ、水原雫は「でしょうね」と呟いた。ばっさり切り捨てられたような声色に若干戸惑いつつ、若松もお目当てのシャンプーをかごに入れた。コーナーを離れて支払いへ向かう水原の後を追う。
「ねえー待ってくれよ、水原ぁ」
「そんな走って来なくていいのに」
「いいじゃん、一緒行こうよ」
タイミングの問題か、レジには列ができている。レジ待ちをしながら水原に話しかける。
「ねえ、このあとどっか行かない?」
「どこかって?」
「スタバの新作飲んだ? スタバ行かない?」
「行かなーい」
水原は大して迷う素振りも見せずにあっさりと断った。初心者マークをつけた若い男性が隣のレジへ入り、いつの間にか先頭になっていた水原を呼ぶ。隣のレジに移動する彼女を目で追っていると「お客様」と呼びかけられた。支払いは、自分の順番になっていた。
ほとんど同タイミングで支払いを終えたところで合流すると、水原にプリントを催促された。大人しく差し出した届け物を受け取った水原は「じゃあね」と告げて足早に帰って行った。
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