思い出はいつも美しい

スズキ

あなたとの一年はいつも夜だった

 一緒に夜桜を見上げていた、春先。


 仕事の帰り、人の来ない寂れた公園で待ち合わせをして乗り合わせた。そのまま少し遠くの桜を見に行こう、とあなたは一時間の運転を苦ともせず、ライトアップされた満開の桜の下を通り過ぎ、河川敷へと降り立った。見上げた桜は圧巻で、花弁が散り舞う姿があまりに、切ない。


 あなたは私の手を取って、ふたりで桜の木の下を散歩する。この辺りの気候は、春なのにまだ肌寒い。


「綺麗だね」


 そう言って笑うあなたは、どんななによりもかっこよかった。


 夏の夜遅く。いつもの町とは少し離れた、既にはしご3件目のコンビニ。漸く探し求めていたそれがあって、ふたりで嬉しくなって笑い合った。


 真夜中の、人気のない公園。あなたは煙草へ火をつけてから、私の持っている花火の先へ、火を灯す。火花を散らし始めた花火は、真夜中だというのにも関わらず、辺りを明るく照らした。


 良い大人がまるで子どものように大げさにはしゃいで、一本、また一本と、まるで恋に燃え上がる私たちのように、これでもかというほど輝いては消えていった。


「綺麗だね」


 線香花火を見つめてそう呟いたあなたは、切なそうに眉を寄せてそれでも私の前では笑っていた。


 紅葉が山々を美しく彩る秋。私たちは明るいうちにその紅葉を観に行くことも出来ず、真夜中の海の見える公園で待ち合わせた。


 十月二十六日、彼の誕生日。形として残らないものを贈ろう、そう決めて、せめてさも四季のイベントを楽しむようにと秋っぽく、南瓜のケーキを作った私は車内で彼にそれを渡した。それを頬張り美味しそうに食べてくれるあなたは、本当に愛しい。


「お誕生日おめでとう」


 私がそう言えばあなたは、ありがとう、ととびきりの笑顔を私に返してくれる、少年のような大人だった。


 吐く息が白くもやとなり目に見える冬。


 あなたは大切な人たちへ嘘をついて、夜中に家にやってきた。外とは違い、明るく温かな家の中であなたに渡されたのは、白濁とした色の中でキラキラと輝く石の嵌ったピアスだった。


「俺の誕生石、身に着けていてくれる?」


 そして私の耳に輝くオパールは、私の持つ穴のふたつを塞いだ。私の穴のすべてが欲しいのだと彼は冗談ぽく言って、私の唇へ、自らの薄い唇を重ねた。


 ちょっと早い、メリークリスマス。


 当日は、きっとあなたは他の人と笑っているのね。


 会えばいつもすごく優しいの、なんてどこかの歌詞にもあったフレーズ。私をこんなにも捉えて離さなくて、こんなに好きにさせたのに。あなたの隣は他の人のものだなんて。


 なんて酷い人なのだろう。


 一緒になれる保証は出来ない、けれど十年俺のことを想って俺を待っていて、だなんて。約束なんてできないのにそうやって私を縛り付ける。縛り付けられるのが嬉しく思ってしまう私は、もうあなた無しじゃ息の仕方も忘れてしまうほどだというのに。


 隣で眠るあなたの、左手の薬指に光る指輪を睨みつけて、私は静かに涙を流す。


 そんなあなたとのやりきれない別れから一年。やっと、やっと私の中であなたは思い出の人となったけれど、あの時以上に一秒一秒を大事に過ごし、本気で生きている瞬間はもう来ないかもしれない。私の中で、最も美しく愛しい、素晴らしい思い出。


 本当に、好きだった。愛していた。この世の中のどの男の人も、あなたにはこの先も敵わないだろう。あなた以上を見つけることなんてきっと、出来ないだろう。


 世界で、いちばんかっこよかった。


 あなたは無責任だけれど、私には誠実でもあった。ねえ、もし、あの時言ったタイミングが本当に、運命的にいつかどこかで訪れるとしたのであれば、その時は。


 今度こそ、ふたり並んで一緒に、昼間の明るい空の下を堂々と歩かせて。

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思い出はいつも美しい スズキ @hansel0523

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