西へ、西へ
さてここが竹野か、そう言えば竹野には有名な料理旅館があったはず。
「竹涛やろ。砂浜にポツンとあったはずやけど廃業になったらしいで」
あんなところに建ってたから傷みやすいと思うけど、建て替えなかったのか。儲かってたはずだけど、そうでもなかったのかも。
「ひょっとしたら、今の建築基準法やったら無理やったんかもしれん」
それもあるかも。あんなところに建築許可が下りるのも不思議だもの。昔はドサクサとかも多かったらしいから、そもそも違法建築だったのかもね。さらに竹野から佐津、柴山、香住と走り抜けて、
「ここやな」
余部鉄橋空の駅だ。ここは来てみたかったんだ。エレベーターで上がって見るとさすがの大展望だ。それにしても壮大な鉄道橋でよくこれだけのものを作れたもんだ。現在のものは二〇一〇年に付け替えられたものだけど、それ以前の明治の鉄橋を見たかったな。一部は残されてるけど、そっちの方が映えるはず。
「あの事故が起こってへんかったら、まだあったかもしれん」
お座敷列車転落事故よね。でもさぁ、
「あれは一九八六年の事やと言いたいんやろ。ほいでもあれが無かったら架け替えは難しかったんちゃうか」
あんな悲劇は二度とゴメンだ。それでもコータローも言ってたけど、さすがに明治の鉄橋だったから問題はあれこれ出てはいたのだそう。
「これも皮肉な結果やけど・・・」
そうなるのよね。架け替えによって観光地化が成功してるのものね。架け替え問題が先送りされたのは、
「山陰本線は赤字ローカル線やもんな。とくに但馬はなんとか迂回しようとされとる気がするわ」
鉄道はそんなに詳しくないけど、たとえば神戸から城崎温泉に行こうと思えば、尼崎から福知山線か、姫路まで行って播但線よね。
「鳥取かってスーパーはくとやろ」
出雲だってスーパーはくとから、さらに乗り換えてになるのじゃいかな。これは神戸からだけじゃなくて、東京ぐらいから来ても新幹線で出来るだけ乗ってから北上するはず。
「京都から山陰本線なんか考えるのは少ない気がするわ」
バイク乗りだからわかんないけどイメージないな。
「そうやカグヤ、途中で切れへんかったか?」
「なんとか」
やっぱりか。いっそのこと切れてぶっちぎってくれたら良かったのに。もっともはぐれたってスマホがあるし、そもそも今日の宿泊先は決まってるから無駄だよね。
「それにしてもコータローがあんな優しい走りをするなんてビックリ」
「当たり前や。誰とマスツーしてると思うてんねん」
誰とは千草の事か。
「よくまぁ、これだけのモデルチェンジを」
「言うたやんか。悔い改めてトコトコ教に改宗したって」
改宗前は暴走族。
「峠族と言え」
「ローリング族とも言いますよ」
どっちも今でも言うのかな。なんとなく死語になってる気もしないでもない。ところでコータローは峠族の時代に未練はないの?
「オレはな、相手に合わせて楽しめる人間やねん」
「良く言います。あれをカグヤに合わせたとでも言うつもり」
「そうやけど」
そっか! コータローは千草に合わせてくれてるのか。今まで気づかなかったな。それもバイクまで合わせてくれていたのか。
「そこはちゃう。モンキーに乗りたかったんはたまたまやし、モンキーに乗ってオレのトコトコ派が召喚されたんや」
あのね、召喚ってどんな魔物を呼び出したって言うのよ。でも、でも、千草とのマスツーは我慢してない、辛くない、ホントはカグヤと・・・
「今のオレはトコトコ教の敬虔な信者や。邪魔する奴にはジハド食らわすで」
ジハドってイスラム教では聖戦って意味で、異教徒と戦争したり今ならテロ行為みたいなもののはず。まさかトコトコ教にはイスラム教のエッセンスも入ってるのかよ。ところでトコトコ教のジハドで具体的に何するの?
「黙って静かに見送るジハドや」
あのねぇ、それしか出来ないのがモンキーでしょうが。余部鉄橋を堪能して、さらに西に進む。但馬漁火ラインは兵庫県を越えて鳥取の東の端まで続いてるそうだけど、
「国道九号と接続でエエと思うわ」
ネットワーク的に考えたらそうするよね。でもそこまで走らない。そんなに走れるものか。
「千草、もうひと踏ん張りや」
今日の目的地は浜坂なんだ。浜坂と言われてもイメージできないけど、とにかく浜坂だ。余部からは海岸線沿いの道もあるみたいだけど、
「あれは険道みたいや」
ならやめとこう。体力的にも厳しくなってるもの。峠キチガイのカグヤは走っても良いぞ。
「遠慮します」
ということで山陰本線と山陰道と並行しながら浜坂に向かうことにした。道路案内に新温泉市街ってなってるけど、新温泉町って湯村温泉のことだよね。
「温泉町と浜坂町が合併して新温泉町になっとるねん」
ここも合併かよ。おっ、ここにも山陰道のICがあるから、カグヤのNinjaなら帰れるぞ。さすがに無理か。いくらNinjaでも乗ってるのは人だし、しかも女だ。事故でもされたら寝覚めが悪いから今夜はあきらめた。
おっ、なんか街っぽいのが見えてきたから、あそこぐらいから浜坂の新温泉市街ってやつじゃないかな。それにしても町なのに市街って言って良いのかな。もっとも町街とは言わないよな。
「たばこの看板が見えるとこを左に入るで」
あそこだな。信号もないとはなかなかだ。もっとも必要そうにも見えないか。角の店だけど、デイリーストアとはなってるけど、スーパーというよりコンビニっぽいぞ。ヤマサキデイリーストアかと最初は思ったのだけどどうも違うな。
この手の店は神戸では絶滅危惧種だけど、浜坂なら健在みたいだ。角を曲がると左に見えるのは病院みたいだ。なるほど、病院の患者さんとか、お見舞い客相手もあるのかも。
「その割にはタバコの看板がデカいな」
病院は禁煙治療までするところだし、患者がタバコを吸ってたりしたら、説教してやめさせようとするところでもある。医療者でタバコを吸うやつは磔獄門になるんだろうな。
「そこまでやないけど、今は少ないと思うで」
今は? かつてはそうじゃなかった時代があったとでも言うのか。
「ああ、親父の上の世代ぐらいやったら、診察室でタバコ吸いながら仕事しとったのもおったらしいわ」
かつては社会全体がそうだったぐらいは聞いた事があるかな。だってだよ、どこでも灰皿が置いてあって、
「これも聞いた話やけど喫茶店にはマッチが置いてあって、その箱のラベルを集めるのも趣味やったらしいわ」
あははは、今ではマッチすら見かけないもの。千草は擦れるけど、
「千草も若い、若いと思うとったけど・・・」
コータローと同い年じゃ!
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