但馬漁火ライン

 ほぅ、ここが城崎温泉か。ここも魅力的だけど今日はパスだ。但馬も広いんだよ。あれこれ見たいところ、訪ねたいところ、泊まりたいところはあるけど、一度で回り切れるものか。


「そりゃ、そうや。一遍に回ってもたらつまらんやん」


 まあそうだ。今回だって出石の皿蕎麦とか、安国寺のドウダンツツジとか、城崎マリンワールドとか・・・いつの日かモンキーの轍を刻んでやる。なんか狭苦しい街並みを走ってたのだけど、


「あの信号を左や」


 日和山海岸って方だな。街中を進むと、こっちに行けば日和山海岸ってなってるな。そこら辺を過ぎたらいきなりの登りか。海岸線の道のはずだけどこれは峠道みたいじゃないか。そこで見えて来たのだけどあの二つ並んでるトンネルはなんだ。


「城崎マリンワールドに行けるみたいや」


 こんなところなのか。もちろん今日はパスだ。ワインディングと格闘していたら、あれは、あれは、


「日本海や」


 コータローが言うな。それは千草に言わせろ。夫だろうが、それぐらいの気遣いが出来なくてどうするんだ。離婚・・・なんかしてやるもんか。千草が躾直してやるから覚悟していろ。


「ムチとローソクか」


 ロープで縛り上げて首輪にクサリを付けて檻で飼ってやる。心配するな、食事ぐらいは与えてやるぞ。もっとも後ろ手錠でドッグフードだけどな。そこから根性をイチから叩き直してやる。


「千草にそんな趣味があったんか」


 あるわけないだろ。千草は貞淑な妻だ。出来るのは愛する夫に従う事だけ。


「そやったら裸エプロン」


 後ろ手錠でドッグフードがそんなに食べたいのか。先に言っとくがメイド服も、セーラー服もドッグフードだからな。


「ドブネズミやったらエエんか」


 あんなトラウマ制服を残してるはずないだろうが。そもそも入るはずがあるものか。いくつだと思ってやがる。


「たぶん同い年や」


 わかっているなら口を閉じていやがれ。それはそうと、なかなかの登りだし、ワインディングも結構なものじゃないの。


「そりゃ、但馬漁火ラインやからやろ」


 コータローは進次郎構文の使い手か。そっちがその気なら石丸構文で対応してやるぞ。


「それは千草の感想やろ」


 ひろゆき話法は手強いな。但馬漁火ラインはシーサイドコースになるけど、瀬戸内海とは違うのよね。とにかく山が海に迫る感じだけど、


「淡路とはまたちゃうな」


 淡路も山が海に近いけど、それでも海岸線沿いに道は作られてる。由良とか福良のあたりは峠越えもあるけど、それを除けば爽快なシーサイドロードなんだよね。だからサイクリストも集まって来るし、バイク乗りも集まってくる。


「アワイチはエエとこやもんな」


 千草も走ったけどまた行きたいもの。それに比べるとこっちは海岸には近いけど、海岸近くの崖の上を走ってる感じで良いと思う。登りはそんなに続かなかったけど、なんだこりゃってぐらいのワインディングだ。


 言うまでもないけどアップダウンもあるし、トンネルだってある。右手が海なんだけど、やっぱりさ、海が見えたら見たいじゃない。でも見れない。見ようと思っても次のカーブが迫ってくるのよ。


 このカーブも甘くなくて、さっきから徐行運転だの、スピード落とせみたいな警告がひっきりなしに出て来る。ああいうのは脅しも多いけど、ここはマジだ。舐めてると崖に突っ込むか、海に突っ込んで行きそうだ。


 それにだよ、路面も良くないのよね。路面自体もなかなかなんだけど、落ち葉どころかなんか落石みたいなものまであるのだよ。これも確認を怠ったら転倒しそうだ。だから能天気に海なんか見てたら死ぬ。油断一秒、極楽にご案内って感じだ。


 つうかさ、直線ってものが殆どないじゃないの。でもさぁ、でもさぁ、やっぱり海が見たいじゃない。モンキーで走って来て初めて見る日本海だもの。そう思ってたらコータローがバイクを停めてくれた。


 こんなもの停まらないと海なんか見れたもんじゃない。この辺は海水浴場になってるのかな。なんか湾になってるから広々してるとは言いにくいけど、これが日本海なんだ。


「カグヤ、イライラせんかったか」

「それほどでも。初見ですから」


 初見? あっ、そっか。いくら峠キチガイでも初めての道で全開なんてやらかせば死ぬってことか。まずはコースを覚えるってやつだな。思ってたより慎重なのに感心した。


「ここは無理が出来ませんね」

「そやな、三回ぐらいは走らな怖いわ」

「路面の把握がカギを握りそうです」


 こいつらの怖いレベルはヒヤッとするじゃなく、生死をかけてコーナーに飛び込むレベルのはず。こっちはトコトコ派だから思い知ったか。


「なにを思い知るんや?」


 そんなもの安全運転の神髄に決まってるだろ。とにかくモンキーは全開でとばして、やっとこさ、スピード違反レベルの優秀な安全マシンなんだ。


「そういうとこはあるわな」


 カグヤのNinjaみたいに一速で高速を走りかねないバケモノとはレベルが違う。


「モンキーで百キロは、新神戸トンネルでも南行きやないと大変や」


 あそこは北行きがやや登りで、南行きがやや下りになってる感じ。たいした勾配じゃないはずなんだけど、北行きは五速じゃなんとなく苦しいんだよね。わかるかな、あの程度の上り下りで鋭敏に反応してしまう優秀なマシンなんだ。Ninjaなんか乗ってたら絶対わかるもんか。


「それの何を思い知るんや」


 モンキーに付いて行ける幸せだ。運転免許の守り神だろうが。

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