気に食わない展開

「カグヤはこれからどこ行くつもりや」

「風の向くまま、気の向くままです」

「エエ身分やな」


 風の向くまま、気の向くままのツーリングはバイク乗りの理想だし夢ではある。だけど実際にしたことあるのはどれぐらいいるのかな。ツーリングで常に計算してるのは帰り道なんだ。これはルートもあるけど時刻もある。


 さらにがあって、日帰りなら家に帰るのがその日の終着駅だけど、お泊りなら宿に着く時刻もあるだけでなく、どこかの時点で宿の手配も必要だ。バイク乗りって懐が寂しいのが多いから野宿に近いのをしてる動画は見たことがある。


 けどね、あれが出来るのは男だ。女があんなことを出来るものか。どうしてかってか、そんなもの襲われるリスクがあるからだ。日本の治安は良いけど、それでも暗くなれば変なのがどうしたって湧いてくる。


 暗くなってるからアルコールが入ることが多いじゃない。無防備な女がいればムラムラするのが絶対に出ないとは誰が言えるものか。このリスクはブサイクの千草にだってあるけど、カグヤならどれだけ高くなることか。


 カグヤはどういうプランだったのかな。とにかくバケモノNinjaだからここからだって余裕で帰れるんだよな。豊岡道を引き返したって良いし、和田山から播但道で南下するのもありだ。中国道まで行きつけば大阪ぐらいは余裕のはず。


「モンキーでも帰れるで」


 そりゃ、帰れるけど、それって日帰りツーリングの限界に挑戦しますの世界になるじゃない。ここをどこだと思ってやがるんだ。


「但馬のカブの駅やけど」


 出来の悪いボケをかますな。するとだよカグヤの野郎、いや女だから女郎、いや女郎は売春婦だから良くないよな。えっと、えっと、


「ここで出会ったのも何かの縁です。久しぶりにマスツーしませんか」

「どんな縁やねん。ほいでも、もうちょっと話はしたいか」


 おいおい、その話の展開は、


「そやけど今はモンキーやからな」


 そうだそうだ、Ninjaとモンキーのマスツーは無理があり過ぎる。どれだけ性能差があると思ってるんだ。


「モンキーやから今のオレは赤いトコトコ教原理主義者や」


 その言い方は危ないぞ。まず原理主義者のイメージが良くない。過激派どころかテロリストと見なされかねないよ。それにモンキーの赤にちなみたいのはわかるけど、


「ややこしい時代やな。ほいでも赤言うたら、やたら戦争を持ち出して脅しをかける、何様やみないな厚かましい国のイメージはあるな」


 そうだよ。


「そやったら敬虔なトコトコ教信者や。走り屋から悔い改めて宗旨替えしとる」


 それも良くない気がするけど、まいっか。


「良いですよ。トコトコ派もツーリングの楽しみ方の一つです」

「カグヤにトコトコ教の神髄でも叩き込んだるわ」

「お手柔らかに」


 二人で勝手に盛り上がるな! マスツーと言っても今日の予定は、


「ちょっと聞いてみるわ。今からやったらだいじょうぶのはずや」


 あちゃ、スマホで問い合わせて了解まで取ってしまってるよ。


「そやそや、言い遅れたけど、オレとカグヤは昔のマスツー仲間なだけやから、変な誤解はせんといてや」

「マスツー仲間だけは酷いじゃないですか」


 そうだよ『だけ』なんてあるはずないじゃない。昼間は峠を攻めてたかもしれないけど、夜はベッドでタンデムしてなかったなんて言わせないぞ。


「あらへん、あらへん。カグヤはオレの趣味やあらへん」


 出たぁ、コータローの根拠不明の決めセリフだ。あのね、カグヤほどの美人を見て心が揺るがない男がいたら拝んでみたいよ、


「毎日見てるやないか」


 しらっとしょうもないボケをかますな。レベルが低すぎて話にならない。カグヤを見て動揺しない男はそれこそゲイか、そうだなブス専男だ。


「誰がブス専やねん。いくら千草でも言ってエエことと悪いことがあるで」


 うぐぐぐ、ブス専を認めたら今度は千草に突き刺さる。いくらブサイクの自覚はあっても千草にだって女のプライドがあるんだよ。とは言うもののコータローの決めセリフが出てしまうと千草は従うしかないよ。コータローはああ見えて、


「どう見えるちゅうんや」


 ここは突っ込むな。千草にウソは吐かないんだ。付き合い初めてから、いや知り合ってからコータローが千草にウソを吐いたり、ましてや騙した事なんか一度もなかったはず。今回がどうかなんて言い出したらキリがないけど、これでも千草はコータローの妻だ。


 夫のコータローの言葉を信じれなかったら何を信じるって言うんだよ。こうなったら仕方がない。千草も腹を括ろう。まずマスツーしている間は心配ない。夜だって目を皿のようにして監視してやる。


「何を心配しとるんや」


 テンコモリだ!


「そんなに信用無いんか」


 あるに決まってるだろ。今日までコータローから受けて来た愛は疑う余地さえないんだ。それがどれだけ千草を幸せにしてくれてることか。だから、だからだよ。何があっても、誰が現れても失いたくないんだよ。


「もう夫婦やなんか」


 わかってる。


「カグヤ、これからの予定やけど・・・」


 話を逸らすな! そっちがその気なら千草にだって覚悟はあるぞ。離婚ってね、有責側からの申し出は認められないんだ。どんなにコータローから頼まれても、慰謝料を山積みされても、千草が合意しない限り離婚は成立しないってこと。


 カグヤはおカネを持っていそうだけど、カネでは買えないのがコータローだって思い知らせてやる。覚えてやがれ。千草を舐めるな。


「千草、これでエエか」


 えっとえっと、話がどうなったか知らないけど、とにかくマスツーになるんだよね。

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