カブの駅
なんとか無事に遠坂峠を下りてきて、豊岡道の高架を潜ったぐらいで、
「右見てみい」
出光のタンクみたいなのが三つ並んでるけど、
「後ろが森になっとるけど、あの辺に粟賀駅はあったとなっとるわ」
峠を挟んで佐治駅がある関係みたいだな。どっちの駅も遠坂峠に挑む旅人が休憩したり、泊まったりしてたはず。やっぱり泊りが多かったかも。
「ちょっと早いけど昼飯にしょうか」
賛成。バイク乗りだからロードサイド店で気楽にかつ手軽に済ませたいのだけど、休日になると、どこから湧いて出たと思うほどのクルマが殺到するんだよね。手頃な休日の楽しみ方なのはわかるけど、そういう店で並んでまで食べるのはあんまり好きじゃない。
「気軽さがなくなるもんな」
つうかさ、バイクでもどこに停めるか困りそうな状態だっていくらでもあるじゃない。
「そうやねん。駐車スペースに停めたら睨まれてる気がする時もあったわ」
あるあるだ。クルマだって一人で来ている客だっているだろうと思うけど、クルマからしたらそう見えるのがいるんだろうな。とくに家族連れだったりするとそうなるかもだ。とはいえ、そんな店を敬遠していたら、
「食いっぱぐれる」
そっちはそっちで辛すぎる。腹が減ったらバイクなんか乗ってられないもの。だからかもしれないけど、ツーリング動画でもコンビニのおにぎりやサンドイッチを食べてるのを見たことあるのよね。あれももしかしたら、なんだかんだで食いっぱぐれそうになったからかも。
「ソロツーのお一人様なんもあるんちゃうか」
それもあるかも。気にならない人もいるだろうけど、家族連れとか、仲間連れの人に囲まれながら一人で食べるのは千草ならやっぱり気まずいし味気ないのよね。
「マスツーのメリットやな」
お一人様対策はマスツーで解消するけど、満席で行列待ち対策は定番ぐらいしか無い。要するに混雑する前に入ってしまうだ。だいたい十一時ぐらいから開くとこが多いから、その時刻を目指して入ってしまう感じ。ツーリングの時は朝が早いから、腹具合は問題ないよ。
「あそこにするで」
ほぉ、アメリカンカフェ風かな。それじゃ、言い過ぎか。なんて言うか、アメリカ映画の田舎道で出てくようなドライブインと言うか、レストランと言うか、
「あれって西部劇に出て来る酒場の現代版やろか」
どうなんだろ。行ったことないから知らないし、そもそも今でもあるのかな。それはともかく幟に書いてあるカブの駅ってなんだ。こんなアメリカンテイストな店でカブ料理が出るとか。
「カブはスーパーカブのカブやそうや」
なるほどある種のライダーズカフェみたいなもんか。カブの駅ってなってるからカブ専門じゃないよな。そうだな、カブのような小型バイクを対象に・・・
「してへんのは見たらわかるやろ」
でっかいのが停まってるものね。あれかな、日本のバイクの代名詞としてカブにしたとか、カブぐらいでも気軽に訪れて欲しいの意味かもしれない。それと認定店ってなってるから、他にもカブの駅の認定店はあるんだろうな。
そのうちバイク版の道の駅にしたいぐらいかも。定着するかどうかはわかんないけど、そういう店が増えてくれるのはバイク乗りからすれば嬉しいな。店に入って見るとやっぱりアメリカンテイストみたいだ。
「ライダー飯やからハンバーガーやろ」
あれっ、コータローがハンバーガーとは珍しいな。コータローは好き嫌いが少なくて、千草の作った料理だって、美味しい、美味しいと言いながらなんでも食べてくれるのだけど、やはり苦手なものだってある。とくに苦手なのが手づかみで食べる料理。
どうも食べる時に手が汚れるのが嫌いみたいなんだ。後で手を洗えば済むようなものだけど、手が汚れるだけでなく、汚れたままで食事をするのが嫌みたい。ハンバーガーも手づかみだし、あれって食べてる最中に手が汚れやすいのよね。
だからと言ってまったく食べない訳じゃない。今日は食べたくなったぐらいだろ。千草もそうしよう。待つことしばしでプレートに載ったハンバーガーのお出ました。こりゃ、またでっかいハンバーガーだな。肉だってここまで分厚いとハンバーグだぞ。
「ハンバーガーのパティとハンバーグは別物やで」
どこが違うんだと聞いたら、ハンバーグはひき肉に卵とかパン粉、玉ねぎをつなぎとして練って楕円に延ばしたものだって。たしかにハンバーグはそうやって作るな。それに対してパティはつなぎを入れずにそのまま焼いたものなのか。
「それとハンバーガーのパティは牛肉だけやねん」
ハンバーグの基本は合い挽きだ。さらにみたいな話だけど、パティは挽き肉である必要もないみたいで、アメリカのバーベキューだったら、牛肉が焼きあがるとそのままパンに挟んで食べたりもするのだそう。なかなかワイルドだ。
「日本人やったらご飯と一緒に食べるみたいな感覚ちゃうか」
そうかもね。出てきたのはハンバーガーとポテトフライだけど、このシンプルさがアメリカンかも。
「このラフなドでかさもな」
千草たちは木製の横長のテーブルに座ってたのだけど、そこに一人の女がプレートを抱えてやってきて、
「同席しますね」
いきなり向かいに座りやがったんだよ。こいつは誰だと思ったけどコータローは顔もあげずに、
「Ninjaに乗り換えたんか」
「Z900RSよりパワーが欲しくて」
あのね、Z900RSだって八十馬力だぞ。モンキーから見たら余裕で怪物だ。
「リッターやな」
はぁ、はぁ、はぁ。Ninjaのリッターって二百馬力だぞ。そんだけ馬力があったら、そのままレースだって出られるぐらいじゃないか。そこまでパワーが欲しいのかよ。それよりもあの真っ赤なライディングジャケットは、
「よくわかりましたね」
「そりゃ、遠坂峠の登りでぶち抜きやがったからな」
「そんなことしてませんよ。コータローのHAYABUSAを抜けるものですか」
なんだって、コータローはHAYABUSAに乗ってたって言うのかよ。それよりもだ。コータローを名前呼び、それも呼び捨てってどういう了見だ。
「オレもバイクを買い替えたんや。今はモンキーや」
「えっ、それってあの二台連れ」
「言うたやないか。ぶち抜かれたって」
コータローも妙だ。相も変わらず顔も上げずに食ってるじゃないか。この辺の礼儀作法はああ見えてうるさい方のはずなんだ。人と話す時は目を見て話すもんだってね。そんなコータローに対する女も妙過ぎる。だってだよ気にもしていない。やっと顔を上げたコータローは、
「カグヤも元気そうで何よりや」
「おかげさまで」
カグヤって家具屋の娘ってことか?
「紹介しとくは、こいつはカグヤ、古い馴染みや。こっちは千草、オレの奥さんや」
カグヤって名前なのか。珍しいな。千草も紹介されたから無難に挨拶したのだけど、
「この人が前にコータローの言ってた幼馴染?」
「おお、そうや」
何を言ってたんだろ。というか、この馴れ馴れしさはなんなんだ。どう見たってタダの顔見知りじゃないぞ。
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