結婚式への招待

 やっと秋を感じ始めていたんだけど、


「裸エプロンじゃ拙いやろ」


 あのね、どこの世界に結婚式に裸エプロンで出席する人間がいるもんか。それとだぞ、こんなもの他人に聞かれたら、千草が家で裸エプロンしてると誤解されてしまうじゃないか。あんなもの誰がやるものか。


 千草の高校の時の同級生が結婚するって知らせがあったんだ。エリって言うのだけど、当時の仲良しの一人。エリには小学校も中学校も違うと言うか、中二ぐらいの時にニュータウンに引っ越してきたはず。


 エリもやっと結婚出来るのか。エリにはどこか同志愛があったのよね。なんの同志愛かってか。それはね、千草と並び称されるぐらいブサイクだったのよ。口の悪いのは東高の二大ブスなんて言うのもいたぐらい。


 高校卒業以来会ってないけど、あのエリが結婚するのなら出席しなくちゃね。もちろん裸エプロンじゃなく正装でね。聞いて見ると千草だけじゃなくて、他の同級生も出席するみたいだから、プチだけど同窓会気分かな。


 会場はどこかと思ったら空港島のところにあるやつか。空港島は未だになんか工事と言うか、空き地が多いところだけど、式場の西側が砂浜になっていて、椰子の木が植わっていて、南国のリゾート気分って感じのところだったはず。


 受付を済ませるとまずはチャペル式に参列。南側に向かってガラス張りになってるのか。式が終わると祭壇の向こう側にある噴水広場みたいなところでフラワーシャワーだ。記念写真も撮って披露宴会場に移動。こっちはコテージみたいな感じだな。


 祝辞を聞いてると旦那さんは十歳上で、神戸トラベルに勤務のエリートぐらいかな。こういう時は褒め言葉しか出ないから、これぐらいしかわかんないよ。つつがなく披露宴も終了して二次会は三宮に移動するみたいだ。


 そうなると不便だな。会場から空港までの無料シャトルバスはあるけど、そこからはポートライナーになる。ここが二次会場か。同級生たちと飲んで、食べてるところにエリが来た。そしたらいきなり、


「千草は惨めね」


 はぁ、なにを言い出すんだよ。披露宴の時は、あんなにニコニコしてたのに。


「お見合いさえ逃げられた女」


 それを聞いてたのか。ああ、そうだよ。千草は三回お見合いをしたけど、その日にすべて断られ、四回目の相手が見つからなかった女なのは事実だから認めるけど、だから惨めと言われる筋合いはないぞ。


「誰も触れない開かずのヴァージン女」


 大きなお世話だ。ロストヴァージンなら二十歳ぐらいで済ませてるし、二回目以降だってちゃんとやってるわい。あっ、そっか、エリは千草が結婚したことを知らないのか。そう言えば電話があった時に聞きもしなかったな。そこで他の友だちが、


「エリ、いくらなんでもよ」

「せっかく来てくれてるのに、そんな事をどうして言うのよ」

「そうよ、そうよ」


 そしたらエリは、


「あなたたちも、しけた旦那と結婚してご苦労さん」


 そう言い捨てやがった。エリはどうしたんだろ。あんなのじゃなかったはずなのに。そしたら友だちがため息を吐きながら、


「あの性格は何年経っても変わらないね」

「式から披露宴は大人しかったから変わったと思ってたんだけどね」

「千草だけじゃなくわたしたちにもだもの」


 変わらないってどういうこと、


「エリはとにかく千草をライバル視してたからね」


 なんだそれって思ったけど、エリも容姿にコンプレックスを抱えていたからか。それは千草も同様だったから同志愛を感じていたのだけど、


「千草は気づいてなかったの?」

「だからか。千草はなんて心が広いってずっと思ってたのよ」


 どうも千草が勝手に思い違いしてただけみたい。エリは自分のコンプレックスを千草にマウントを取る事で紛らわせていたって言うのよ。つまりって程じゃないけど、千草よりはマシって感じかな。


 だからあれだけ一緒にいようとしたのか。気持ちはわからないでもないけど、エリと千草なんかいくら並んでいたってまとめてブス扱いにしかされなかったのにね。


「あれ相当拗れてるよ」


 エリはエリート社員らしい旦那をやっと捕まえたのだけど、それで舞い上がってエスカレートしたと言うか、積年の怨恨が噴出したぐらいで良いのかな。だからダメ押しのマウントを取り、他の友だちも見下したぐらい。


 これだってね、内心で『勝った』と思うのは勝手なのよ。それも良くないかも知れないけど、そこまでの聖人君子なんかいるものか。なにが勝ちで、なにが負けたかの話は置いといても、それで気が済むのなら別に良いとは思うんだ。


 でもだよ、面と向かって口に出したらダメだ。それこそいくつになったと思ってるんだ。けどさ、その後もエリは千草たちにネチネチと執拗に絡んで来てウンザリさせられた。こっちも言い返したかったけど、そこは大人の我慢だ。


 散々な二次会が終わったけど、そこにコータローが迎えに来てくれたんだ。三宮の二次会だからお迎えなんかいらないって言ったのだけど、


『アホ言うな。同窓会と結婚式ほど危ないもんはない』


 そんなもの起こるものかと言ったけど、


『ここに実例がおるやんか』


 うぐぐぐ。コータローとの出会いは同窓会だった。だけどやられた。コータローはとにかくファッションに無頓着なんだ。いつもは千草がコーディネイトしてるけど、今日はタダの無頓着じゃなく、最悪の貧乏コーデのコータローで来やがった。


 エリは旦那さんと二次会出席者のお見送りをしてたのだけど、千草に男が迎えに現れたのに気づいたみたいなんだ。そしたらまたやって来た。コータローは千草の夫だと無難に挨拶をしたんだけど、


「あははは、千草も結婚できたんだ。まさに、お似合い・・・」


 笑い転げるな。あんまりエリが笑い転げるから旦那さんも何事かと来たのだけど、


「見てよ。千草が結婚できるのは、これぐらいの貧乏人」


 あざ笑うエリだったけど、旦那さんの顔色が変わってた。そっか、そっか、神戸トラベルのイメージポスターはコータローがずっと手掛けてたんだった。あのポスターは良く出来てたと思う。ホントかウソか知らないけど、ポスターの効果だけで売り上げか伸びたとか、なんとか。


「いつもお世話になっております。エリもちゃんと挨拶しなさい」


 そこまで言われてもエリの嘲りは止まることはなく、


「なにがお世話になっておりますよ。ただの貧乏人夫婦じゃないの」


 旦那さんはそれこそ大慌てになり、


「こちらはイラストレーターの水鳥先生だぞ」


 エリはそれでも止まらず。


「なにが水鳥先生よ。どうせ安いからやらせてるだけでしょ。東高のブスの千草の貧乏旦那如きがどうしたって言うのよ」


 ああ、コータローの前でブスって言っちゃった。コータローへの最大のNGワードは千草への侮辱なんだよな。前もそんな気配だけ漂わせた依頼者がいたけど、その場で部屋から叩き出しちゃったぐらい。


 気配だけでもそこまでするのに、ブスまで言ってしまったら、これでコータローは神戸トラベルの仕事から手を引くだろうな。ああなったコータローを千草だってどうにも出来ないぞ。旦那さんは拙いと思ったみたいでエリに必死で謝らせようとしたのだけど、あれは完全に逆上してるよ。


「どうして東高のトップブスの千草の貧乏旦那に頭を下げて謝らないといけないのよ!」


 もう知らない。千草たちは帰ったけど、やはり大変な騒ぎなったのよね。旅行会社もネットでの宿への直接予約の比重が大きくなってきて、経営としてはジリ貧になってるところが多いそう。神戸トラベルも例外じゃない。


 だから旅行会社は活路を企画で補おうとしてるぐらいで良さそう。もっともどこも横並びでするから、なかなか大変らしいけど、横並びであるが故にイメージ戦略は重視されるぐらいかな。


 神戸トラベルもコータローを宥めようと必死になってた。コータローは門前払いだったのだけど、さすがに社長まで出馬してきた時は部屋で会ってた。こういうものはトップである社長が頭を下げて謝罪すれば手打ちにしそうなものだけどコータローは、


「あんたらは自分の嫁さんが侮辱されても、頭下げられたら許せるのはわかったわ。そやけど、オレは死ぬまで許さん。誰かってな、何があっても譲れんもんがあるねん。あんたらはその一線を踏み破ってもた。帰ってか、もう顔も見たくあらへん」


 取り付く島もなく部屋から追い出しちゃったものね。これが出来るのも二足のワラジを履いてる強みで、今回の件でイラストレーターとして干されたって、麻酔科医の仕事に専念したら収入は問題ないのよね。


 エリも慌てたみたいで、千草にとりなしを頼んで来たけど、あれが千草への本音なんだろうな。マウント気分丸出しで、


『なんとかしなさいよ!』


 なんかエリの暴言で旦那さんが降格とか左遷の話が出てるって言ってたけど、とりなしを断ったらぶち切れてた。


『トップブスの貧乏人がなにをエラそうに』


 着拒にした。身から出た錆じゃない。エリにも鼻クソぐらいは同情出来る点はあるよ。コータローが貧乏コーデで来やがったし、水鳥透が何者であるかを知らなかったし、水鳥透がエリの旦那の会社と関わっているのも知らなかった。


 けどさ、だからと言って、あそこまで言い放ったからには責任はすべてエリだ。あれは相手が誰であろうと言ってはならないものだ。言ったからにはそれだけの責任が生じるのが社会のルールだってこと。


 あれだって百歩どころか、千歩譲って千草たちだけならまだギリギリだけどセーフだったかもしれない。もちろんあそこまで言い放てば、千草たちだって友だちの縁を切るよ。でもさぁ、切ったところで高校の同級生と言っても、せいぜい同窓会で会うぐらいだもの。


「とも言えんのが社会の怖さやで」


 それはあるかもね。千草も不快だったけど、他の友だちも不快だったし、エリの暴言を耳にした他の招待客の中にも不快になったのはいたはず。エリもどこまで意識していたかはわかるはずもないけど、


「少なくとも千草の友だちは神戸トラベルを二度と使わんやろ」


 それだけならまだしも、あれだけ執拗に言われたら同僚とかにも話すよ。こういう話って女は好きなんだ。


「招待客の中にかっておるかもしれんやんか」


 エリが『しけた旦那』と切って捨てた千草の友だちの旦那さんたちだって会社でどんな地位にいるかわからないし、不快に思った招待客もそう。会社だから社内旅行とか、部署単位の慰安旅行の幹事だってするかもしれないのよね。


「SNSで火が着いたら目も当てられへんで」


 そこまで行ったら最悪だ。ユーチューブに飛び火だってするもの。


「人を呪わば穴二つやで」


 口は災いの元でも良いと思うよ。人を傷つける言葉を吐けば、傷つけられた人は忘れないのよ。その言葉が酷ければ酷いほど、


「強烈に跳ね返って来るわ。TPOとか、マナーとか、社交儀礼があれだけうるさく言われるのはそこやんか」


 その一線をエリは私怨を晴らすために踏み越えちゃったってことになる。


「離婚するんちゃうか」


 旦那さんもエリのあんな一面を初めて知ったと思うもの。あれを見せつけられた上で、降格とか左遷を喰らったら可愛さ余って憎さ百倍状態にならない方が不思議だ。エリの暴言はあれこれ影響があったけど、最大の被害者は旦那さんかもしれないな。

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