トラブル発生

 仕事から帰り、お風呂と夕食を済ませてコータローとリビングでまったりしてる時だった。突然ドアフォンが鳴ったのよね。こんな時刻に来客の予定はないし、宅急便が来るにも遅すぎる。何事かと思って玄関に行って見ると、そこにいたのは田中さんの奥さんと娘さん。こんな時刻にどうしたんだと思っていたら、挨拶もクソも無く、いきなり、


「今夜はあなたに預けさせてあげる」


 それ日本語がおかしいだろ。なにが『預けさせてあげる』だ。千草はてめえの使用人でもなんでもないんだぞ。もちろん即答でNOだ。


「あなたもわからない人ね。このわたしが預けさせてあげるって言ってるのよ! 感謝ぐらいしなさいよ」


 こいつ頭がおかしいのか。預けられて迷惑するのはこっちなのに、それに感謝しろなんて、どこをどうしたら出て来るんだ。そもそもだぞ、うちには子どもがいないぐらい知ってるだろ。


「子どもがいないから、子どもの面倒を見る練習させてあげるって言ってるぐらいわかりなさいよ」


 わかるか! なにが悲しくて、てめえの子で練習しないといけないんだよ。


「あなただって女だし、結婚もしてるから子どもが出来るかもしれないじゃない。旦那さんはある意味尊敬するけど、それが仕事みたいなものでしょ」


 うるさいわ。千草がブサイクの自覚はあるけど、これでも愛し合って夫婦になってるんだ。子どもが出来るかもしれない行為だって、たんまりやってるのだから。それとだぞ、千草たちをどう思おうがあんたの勝手だけど、それを面と向かって言うのがおかしすぎるだろ。それってモロの侮辱だぞ。


「あら、サバサバ系だから悪意は無いのよ。気に障ったならゴメン遊ばせ」


 なにがサバサバ系だ。てめえのサバなんて養殖なのはまるわかりだ。それとだぞ、悪意がないと言えばすべて免罪符になると思うな。そう言えばすべて許されるなら、警察も裁判所もいらんやろが。


「そんな事はともかく預かりなさいよ」


 なにがともかくだ。そこからも押し問答になったけど、まったく会話が成立する気がしないのよね。というかさ、日本人どころか地球人と会話してる気さえしなかったぐらい。


「つべこべ言うな!」


 つべこべじゃない、明瞭に断るって言ってるじゃないの。ムカっ腹が立ったからドアを強引に閉めてやったんだ。そもそも、あれが人に物を頼む態度なのか。千草たちを頭から舐めて、見下してるのが良くわかる。他のママ友さんたちは良く我慢出来てるものだ。


 それでもこれで一件落着と思ったら甘かった。今度はドアを叩き始めた。まだやるかと思ったけど、どうにも叩く音が小さいんだよ。これは大人がドアを叩く音じゃない、というかさ、大人ならドアを叩かずにドアフォンを鳴らすはずだ。


 まさか、まさか、そこまでやるかと思ってドアを開けてみたら、子どもが置き去りにされていた。これも聞いてたんだ。最後はその手を使う事もあるって。だけどだよ、この時刻だぞ。唖然としたなんてもんじゃなかった。


 この手の話はネットでも読んだことがあるけど、現実に目の前に起こったのを信じろと言う方に無理がある。だけど、ここまでされたら預からざるを得なくなってしまう。そりゃ、これで無視したら夜だし子どもが可哀そう過ぎる。


 とりあえず部屋の中に入れたのだけど、泣いてるよ。そりゃ、泣くだろ。怒鳴りあいみたいな応酬を目の前で聞かされてるし、置き去りにされてるし、こんな時刻だから眠たいだろうし、見知らぬ家に放り込まれたら心細くて仕方ないはずじゃない。


 どうしようかと思ったらコータローが難しそうな顔をしてた。千草はこれからどうやってお世話するかを悩んでいるのかと思ってのだけど、おもむろに一一〇番したのに驚いた。すぐに警官がやって来てくれたから事情を話したのだけど、


「ご近所さんの事なので預かってあげれば・・・」


 こんな事を言い出したんだよ。そりゃ、こっちだって普段から親しくしていて、特別な事情があれば預かってあげないこともないけど、田中さんなんて近所とは言え顔見知り程度だし、預けられる理由だって不明だ。そしたらコータローは、


「もうすぐ十一時になるで。うちは田中さんの頼みをはっきり断ったし、こっちから預かるって頼んだこともあらへん。それに預けられる理由もなんも聞いてへん」


 そう言って玄関モニターの録画と音声を警官に聞かせたんだ。それでも、


「ここは穏便に・・・」


 おいおいって感じだったけどコータローは。


「警察手帳を見せてくれるか」


 警官はギョッとした顔をしたけど、コータローは警察手帳を確認して、


「名前と所属は覚えた。これから警察署に電話して聞いてみるわ。オレからしたら青少年愛護条例に違反しているとしか思えへんねん。そやけどあんたは『そうせい』って言うた。これでエエかどうか確認させてくれ。こんなもんで捕まりたないからな」


 警官の顔色が変わったよ。すぐさま応援のパトカーを呼んで連れて行ってくれた。コータローにその青少年なんたら法ってなんだと聞いたら、


「あれか、誰であっても保護者に頼まれてなかったり、保護者の了解なしに十八未満の子どもを深夜に他人の家におらせたらあかんねん」


 なんかそれ聞いた事がある。その深夜って何時からなの?


「深夜は十一時からや。これに違反したら罰金やし、下手したら誘拐にもされかねへんねん」


 誘拐だって! あそっか。見方を変えたら他人の子を預かるってそう見られかねないよね。でもここまで角を立てて良かったの?


「今夜は田中さんの旦那は出張ぐらいで留守のはずや」


 そうのはずだよ。そうじゃなければこんな時刻に託児に来るものか。


「他は無理あると考えたんやろ」


 そこまで千草とコータローは見下されてたのか。この時刻ならたいがいは旦那さんも家にいるはずなのよ。田中さんの奥さんは、ママ友にはマウントとってボスママ気取りだけど、旦那さんが出て来ると拙いと考えたのか。


 コータローだって男だし、旦那だけど、田中さんの奥さんから見れば千草のヒモ夫の専業主夫みないな存在だから、無理押しすればどうとでもなるぐらいの計算かもだ。それにしても強引過ぎるだろ。


「ああ、それだけ切羽詰まっとったんやろ。あの格好見たやろ」


 見た。この時刻になんだよってぐらい。この時刻にあれだけの格好になるってことは。


「呼び出しがあったんやろな」


 そ、そうなるか。そうなると、


「一騒動覚悟しとこ」

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