空間

小狸・飯島西諺

短編

 父だけの空間、というものがあった。


 空間について私が妙に機敏なのには、多分これが由縁なのだろうと思う。


 父は、家父長制がそのまま凝縮、固形化したような男性であった。


 亭主関白である。

 

「私が稼いでやっているのだから」

 

 と、真剣に言うような人であった。


 その父には、こだわりがあった。

 

 玄関の靴は中央を開けなさい。


 そこには私の靴を置くのだから。


 というものと。


 食卓の私の席には勝手に座らないように。


 家長の私の席なのだから。


 というものであった。

 

 勿論それ以外にも色々とこだわりの強い人ではあったが、この二つは、特に強く記憶している。


 そんなことを、小学校に入りたての私たち姉妹に言うのである。


 それは駄目なんだ、と認識するだろう。


 しかも靴が少しでも、父の基準とする「中央」の空間に位置していると、玄関まで呼び出されて怒られるのである。


 理不尽であった。


 その時の父の半狂乱になった顔は、今でも忘れない。


 ちなみに父は、私たちへの教育を放棄していた。母に丸投げしていた。休みの日は自室に引きこもって映画を見ていて食事の時以外は出てくることはなかった。食事も偏食であり、魚を食べず、魚の日は父だけ別メニューを母に作らせる、などということも普通にあった。


 次第に、私は父のいる空間に近付かなくなっていた。


 父の近くにいると、何かを制限される、何かを抑圧される、自分の空間を侵害される。


 多分無意識にそう思ったのだろう。


 父が帰宅した時は、玄関まで「おかえりなさい」を言いに行っていたけれど、それもしなくなった。


 すると父は、露骨に焦り始めた。


 高校に入った辺りで、父は急に優しくなった。


 それが逆に怖かった。


 一体何を考えているのか――それはすぐに分かった。


 介護である。


 自身の老後の介護要員として、私をカウントしていたのだ。


 それは、父が祖母の入院の見舞いに行った時に、直接聞かされた。


「次はお前が、私たちの介護をするんだから」


 それからだろう。


 私が完全に父を拒絶するようになったのは。


 父本人と、父のいた空間、その全てを含め、完全に受け付けなくなった。


 その頃は、母も、父の横暴さに辟易し、色々と諦めていた頃だった。


 高校時代は、そんなこんなで、ほとんど家庭内別居状態であった。


 私は実家から離れた大学に入学して、そっちで就職をすることにした。


 妹は、上手く実家の呪縛から逃れられると良いな、と思う。


 未だに私は、玄関に靴を置く時。


 中央に置くことができない。


 その空間は。


 いやである。




(「空間」――了)

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