四章 3

「な、なぜ、お前が!?」

「あなたは……誰ですか?」

「確かアハト公爵家の当主ウィリアム・アハトだったか」

「その通り、かつて貴様に恥をかかされた大貴族ウィリアム・アハトである!」

 後ろから驚きの声を上げられた俺たちはそいつの顔を確認するために声のした方向を向いた。そこにいたのは煌びやかなだけで完全に服に遊ばれた雰囲気のじいさんが突っ立てた。そいつは公爵で俺にルミエルの暗殺を依頼してきたウィリアム・アハトだった。ウィリアムは非常に驚いた顔をしていた。まあ、世界最高の暗殺者を仕向けておいて、まだ生きている姿を見たら、それは驚きもするだろう。

「……ああ、お爺様と同じくらいの年齢なのに私に求婚をしてきたアハト家の当主様ですか」

 なんだただの少女趣味か。それで断られて俺に依頼をってちょっとよくわかんない。てか、この目の前にいる化け物に対峙するにはあまりにもしょうもなすぎて、割に合わなすぎる。

「なぜ王都にいるのだ。貴様にこれまでに……」

「これまでに、なんでしょうか?」

 爵位を持っていないルミエルが相手とはいえ簡単に足がつきそうなセリフを口にするとは流石にバカとしか言いようがないな。

「い、いやなんでもないことである。それよりも今日は相変わらず美しいお主に会えて儂は嬉しいぞ、ルミエル嬢」

「お褒めのお言葉ありがとうございます。私もアハト様に会えて嬉しいです」

 お互いに貴族同士、すでに若干化けの皮が剥がれているウィリアムはともかく、ルミエルも厚い面の皮を纏いながら簡単な挨拶をしていた。

「それにしても、このような場所でお会いできるとは思っておりませんでした。こういう庶民の憩いの場にいるようなお方とは思えませんでしたので」

「それの意味は問わないでおこうか。お主と同じくらいの儂の孫がここで帰るという菓子を欲しがっていたからな。買いに来てやったのだが……」

「なるほど! いいお爺様ですね、お孫さんも鼻が高いでしょう」

 立場としては下のルミエルがおべっかしているが、なにぶん前の話と求婚の時のアレで印象悪かったことなんていうのはわかりきっていたからな。当然ウィリアムも気づいているはずだ。てか、めっちゃ顔引き攣っているな。

「おお、そういうわけだ。このまま話し続けたいが、こっちの予定があるのでな。これで失礼させてもらう」

 まるで逃げるようにウィリアムは去っていた。分かってはいたが俺には一切触れなかったな。死神以前に当主でもないルミエルに男性の執事がついているってなかなか考えらない状況のはずなんだが。

「あの劇が吹っ飛ぶくらいの出来事でした」

「あの変態クソジジイか。ああいう貴族がいるからこそつまらん殺しや善人が弄ばれるってもんだからな」

「それはあんまり「あいつがお前の暗殺の依頼主だ」……! それって」

 本当にくだらない。いくら自分の方が爵位が上だからと言って無茶言って求婚しようとしたんだろ。それで赤っ恥を掻いたから原因の少女を殺そうなんて浅はかすぎる。

「ああいう輩はとっとと死んだ方がマシだっていうのに」

 久しぶりに低い声が出た気がする。死神の面をつけていなくても殺しのスイッチが入ってしまったのだろうけど。最近はいい人にしかあっていない感じがしたな。ルミエルもミンフェル寮の人物も大体善人だったな。だからか、あの死んだ方がいい人物に会ってムカついたんだ。依頼以外で殺したいと思える人物ってこれまでに一人しかいなかったな。

「ん? ルミエル、どうしたんだ?」

*  *  *  *  *

 私は彼の服の裾を掴んでいました。咄嗟ではありましたけど力加減はできていたみたいです。彼はすぐに気づいて歩みを止めて私の方を向いてくれました。

「ん? どうしたんだ、ルミエル?」

 いつもの彼とは違う、素っ気なくて荒い言い方のいつもの彼とは違う。怖い声を出したと思ったら私が声をかけたら優しい声を出しました。彼には秘密が多い。今回の馬車のことで彼の暗殺者としての実績は知れました。でも、彼は暗殺者になる前のことは教えてくれません。

 それに怖い声の時に私は完全に恐怖してしまいました。身体能力では勝っていて、これまでも彼の暗殺を何回も防いでいます。それでも恐怖を隠せなかった。彼の、死神としての純粋な殺意を肌に感じて恐怖してしまった。

「雰囲気が怖いですよ。周りに気を遣ってください」

 それと同時に私は……

*  *  *  *  *

「いっけね。殺気が漏れたか」

 気が緩みすぎた。三流の中の三流がやりそうなミスをしてしまったな。そういうのに過敏そうなルミエル以外は多分少し肝が冷える感覚がするくらいの影響であったと思うんだが、珍しいな。

「まあ、いいか」

 俺とルミエルは宿に向けて歩き出した。

*  *  *  *  *

「クソ! なんであんな小娘が生きているのだ。死神め、世界最高の暗殺者なんて大層な名前のくせに役立たずだな」

 王都にある別荘の自室で喚いているのは先ほどルミエルに遭遇したウィリアム・アハトである。かつて死神に暗殺依頼を出した彼はいまだに生きているルミエルの姿を見て怒りを抑えられなかった。いまだに生きているルミエルに、そして貴族が頭を下げているというのに碌な結果を出していない暗殺者にもだ。

「報いは受けてもらうぞ!」

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