君と揺れる15分

こてぃ

君と揺れる15分

水曜日。いつもは眠くて辛い朝が、途端に待ち遠しくなる。


「おはよう、遠野」


2つ隣の駅で電車に乗り込んできた、遠野の姿に自然と口角が上がった。


「近藤くん、おはよう」


吹奏楽部の遠野みはるは、朝練で必ずこの時間の電車に乗る。

俺は図書委員の本の整理を引き受けて、毎週水曜日だけはこの時間の電車に乗るようにしている。


本当は、毎日遠野と同じ電車に乗りたい。

でも、いきなりそんなことをしたら、不自然さだけが目立つだろうから、水曜日だけ。

週1回、2人で話す、片道15分。これが遠野と過ごせる時間だった。


初めは同じクラスだから、と挨拶をする位の仲だった。

今はお互いのことを知って、なかなかに親しくなった、と思いたい。


「今年のコンクールはどう?」

「うん、自由曲も決まって、今パート練も増えてきたとこ。今年は―――」

「絶対金賞獲りたいんだよね」


何回も聞いた遠野の決意。

グッとガッツポーズをした遠野を引き継ぐように俺がそう声を掛けると、遠野がくすりと笑った。


「応援してる」

「うん」


その時、突然電車が急停止をした。ガッツポーズをしていて吊革に掴まっていなかった遠野の身体が大きく揺れる。


(あぶないっッ!!!)


ただ、吊革に掴まるのではなく、とっさに彼女が抱きしめたのは片手で持っていたフルートだった。

遠野のぐらつく腕に手を伸ばしてガッシリと掴む。


「わッっ」

「悪い、突然」

「あ、いや、ごめん、ありがとう。頭の中が、フルートばっかになっちゃって」


助かったよ、と笑う彼女の笑顔は、丁度電車の窓越しに朝日が差し込んで、眩しい。

急停止のアナウンスを聞き流しながら、相棒のフルートを思わずギュッと抱きしめた彼女を頭の中で思い出す。

自分のことより、とっさに自分の大切なものを守ろうとする彼女を、俺が守りたいと思った。


「あのさ、コンクール見に行ってもいい?」

「うん、もちろん」

「あとさ、俺、音楽のことよく分からないんだけど、もしコンサート一緒に見に行ってみたいって言ったら……迷惑?」

「迷惑……なわけない」


こちらを見ずに少し俯く彼女の横顔は、気のせいかやや赤みがかっている。


週1回、2人で話す、片道15分。

それだけじゃ足りない。全然足りない。


彼女の笑顔が眩しかったのは、朝日のせいだけじゃないことにようやく気付く。

いつもより少し静かに、朝の電車に揺られていた。

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君と揺れる15分 こてぃ @kadhi

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