「純白の嘘」

ソコニ

第1話 純白の嘘


梅雨の終わりを告げる豪雨が窓を叩く音で、私は目を覚ました。


隣で寝息を立てる見知らぬ男性の横顔に、昨夜の記憶が一気に押し寄せてきた。会社の飲み会の後、同僚の田中さんに誘われて二次会へ。そこで出会った彼の優しい笑顔と、心地よい会話。酔いに任せて、ついてきてしまった彼のマンション。


「あ…」


小さな吐息が漏れる。婚約者の健一の顔が脳裏をよぎった。来月には結婚式。純白のウェディングドレスも決まっている。なのに私は…。


そっと布団から抜け出し、散らばった服を拾い集める。化粧もまともにできないまま、部屋を出ようとした時、背後から声が聞こえた。


「行かないで」


振り向くと、彼が起き上がっていた。昨夜、その腕の中で感じた温もりが蘇る。でも、それは許されない幸せだった。


「ごめんなさい。これは…間違いでした」


涙が頬を伝う。扉を開け、廊下に飛び出した。エレベーターを待つ間、携帯画面に映る自分の顔が見知らない人のように感じられた。


雨の中を走った。濡れた髪から雫が落ちても気にならない。むしろ、この雨で全てを洗い流してほしかった。でも、心の重みは消えない。


マンションに戻り、シャワーを浴びても、罪悪感は拭えなかった。健一への愛が、心を締め付ける。


携帯に昨夜からの不在着信が10件。全て健一からだった。表示された文面を読む。

「心配してたんだ。どこにいるの?」

「急な出張で、来週まで東京だから、その前に会いたかったんだ」

「大丈夫? 返事してくれないから心配」


画面が滲んだ。私は、取り返しのつかないことをしてしまった。


その日から、私は決心した。これは、誰にも言えない秘密として心の奥深くに封印する。たった一夜の過ちで、大切な人を傷つけたくない。


結婚式の日。純白のドレスに身を包んで祭壇に立った時、健一は優しく微笑んでくれた。


「綺麗だよ」


その言葉に、私は決意を新たにした。この罪を一生背負いながらも、健一の幸せのために生きていこう。それが、私の贖罪の道。


雨の季節が来るたび、あの日の記憶が蘇る。でも今は、それを糧に、より深い愛を育んでいける自信がある。過ちは、時に人を強くする。


そう信じて、私は前を向いて歩いていく。

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