②
住宅街を住宅街を一気に走り抜け、三つ目の信号機を左に折れると、アーチを描いた商店街の古びたアーケードが見えてきた。
近隣の住人達がよく利用する商店街ではあったが、それほど大した規模ではない。全長二百メートルにも満たない小ぢんまりとしたもので、一番端に全国チェーンのスーパーがある以外、後は古着屋や古本屋、骨董品屋など、お年寄りが店先でのんびり座って静かに営業している店が大半である。
そこを目指して、少年はさらにペダルを踏み込む。汗だくになった顔の眉間の皺はさらに深くなっているし、頭の中では何度も何度も繰り返し祈っていた。
(頼む、間に合っていてくれ~!)
スーパーがある所とは反対方向の端からアーケードに入っていく。この時間、本来ならアーケード内は自転車通行禁止とされているが、そんなものも『面倒事』に比べれば些細な事と割り切って進んだ。
だが、アーケードの半分ほどまでやってきた時、目の前に広がる光景に彼は自転車のブレーキを握り込んで停めた後、そのまま両手で頭を抱え込んだ。
「お、遅かったか……!」
ここまで来るのに十分はかかってしまった事を、少年はひたすら後悔した。スマホに電話がかかってきた時、これでもかってくらいに嫌な予感を感じていたというのに。
『あっ、トーマ君? 今ね、カツアゲしている不良を発見したの。“変身”するから早く来て!』
切羽詰まった……というよりは、どこかワクワクとしているといった感じの声が、少年の耳の奥で今もエンドレスリピートしている。それに混じり込むかのように、ざわめく人々の声がアーケードの中から聞こえてきた。
観念して、少年は自転車から降りる。人だかりができつつあるアーケードの中央よりやや離れた隅に自転車を置き、たこの辺にあるだろうと踏んで、店と店の間にある隙間を一つ一つ覗いていった。
(ああ、やっぱりな……)
案の定、五軒目と六軒目の店の間にある狭くて細い路地に、白を基調とした大きめのスポーツバッグが置かれていた。
見慣れたスポーツバッグのチャックはきちんと閉じられておらず、そこからセーラー服の赤いリボンがはみ出している。少年はそれを手早く押し込めてチャックを閉じると、スポーツバッグを持って人だかりに近付いていった。
少年が人だかりを縫って見てみると、そこにはやはり毎度おなじみの光景……いや、惨状が広がっていた。
いかにも不良ですと言いたげな、分かりやすく野暮ったい髪型と乱れた服装をした高校生くらいの男が三人、アーケードの堅いタイルの上に転がっている。よほど強く殴られたか、蹴られたかしたのだろう。一人は鼻の両方の穴から鼻血をダラダラと垂らしながら仰向けで悶絶しているし、二人目は腹を押さえたままでうずくまっていた。
だが、最後の一人はまだやる気があるようだった。やめとけばいいのにふらふらと立ち上がり、怒りと屈辱感がないまぜになった表情で奥歯を噛み締めてから、「この野郎!」と目の前に立っている人物に向かって突進していく。
その人物は、不良に向かって余裕綽々に言い返した。
「この野郎ですって~!? レディに向かって失礼ね! そんな“悪”のあなたには、さらなるお仕置き決定!」
凛とした、透明感のある女の声の持ち主は、少年が持っているスポーツバッグと同じく、白を基調とした全身スーツを身に着けていた。動きやすそうな素材のそれに二の腕まで伸びた手袋、同じ白のロングブーツ、腰元にはスカートを模した少し長めのフリルが微かな風になびき、短剣のようなものまである。
だが、その人物は短剣に触れようともせず、子供のように頬を膨らませながら向かってくる不良に対して身構えた。
頭にヘルメットのような防具と目元にバイザーまで掛けている為、その素顔は人だかりの誰にも見えない。だが、少年には全部分かっていた。
「おい、もうやめとけ……!」
思わず少年は声を出していた。彼女にではなく、心底気の毒に思える不良の方に。しかし、もう遅かった。
尋常ではありえない素早い足運びで、彼女は向かってくる不良の懐に飛び込む。そして、その襟元と片腕を掴むと、柔道の一本背負いの要領で不良を背中からタイルに投げ落としたのだ。
「どぉうっ……りゃあ~~~~~!」
女のものにしては似付かわしくないかけ声と、不良がタイルに落とされる音が響いたのはほぼ同時で、少年は「あっちゃあ~」とわずかに顔を背ける。哀れ三人目の不良は完全に気を失い、ぴくぴくと痙攣していた。
「ふうっ……」
不良を全員倒した彼女は、三人目の側にゆっくり屈むと、彼のズボンのポケットに手を突っ込み、やがてクシャクシャに丸まった一万円札を数枚取り出す。それを持って、人だかりの輪より内側で事の成り行きをこわごわ見つめていた中学生らしき男の子に近付くと、「はい、どうぞ♪」と手渡した。
「これで取られたお金、全部だよね?」
「う、うん……、ありがとう。えっと……」
男の子が戸惑っているのを見て、彼女はふっと微笑む。そして、不良を投げ飛ばした右手を顔の前まで持っていき、バイザーに被せるような形で左四十五度に倒したVサインを作ってから言った。
「私は正義の味方、ホワイティスワンです。よろしくね♪」
それを聞いた少年は「あのバカ……!」と、盛大な溜め息をつく。そして肩をがっくり落とせば、ここ三ヵ月の間に起きたあれこれが嫌でも思い出されて、何でこんな事になったんだっけ……という思いに一人馳せるのであった。
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