君の言った「愛してる×10」の日々!

和歌宮 あかね

春うらら

 日当たりがよく、爽やかな風を招き入れる二階建ての少しぼろいアパート。

 今日は休日、しかも日曜日だからか外はとても静かだ。暖かい日差しは優しく窓から降り注ぎ、だいぶ日に焼けた畳を照らす。

 アタシは思わず寝転んだ。ぽかぽかとしていて、だけど畳特有の青い匂いがして、さらりと吹く風は優しくカーテンを揺らす。

 最高な春の1日だ。

 アタシはこの幸せを噛み締め、迷わず言った。

「大好き。大好き。大好き」

 なんだか少し照れ臭くて畳の上をコロコロと転がる。

 しばらく満足いくまで転がり、ゆっくりと動きを止めた。

 大きなあくびが出てアタシはそのまま目を閉じた。

 ゆらゆらとした瞼の裏で、ホーホケキョッと鳴いた誰かがいた。


 ガチャリと音がした。私は目を開き、起き上がった。

 メイクも髪も服装も全て家仕様だが、彼を迎えるべく急いで軽く身を整えて、明るい声で言った。

「おかえりなさい!」

 部屋に入ってきたのはアタシの恋人のアキくんだ。

 彼はこちらを見た後にっこりと笑って、

「ただいま、ただいま、ただいま〜」

 と緩やかにそう言った。

 靴を脱いで揃えた後、アキくんは手に持っていた荷物を床に置き、手を洗いに行った。

 その隙にアタシは隣の部屋のタンスから、一通の封筒と箱を取り出した。

 それらをしっかりと持ち、また元いた場所へと戻った。

 机にそれらを置き、彼が来るのを待った。

 数秒後彼はこちらへ来てまじまじと机の上のものをみてアタシに聞いた。

「机に置いてるやつは、机に置いてるやつは、どうしたの、どうしたの?」

 心底不思議そうな彼が小さな子に見えて思わず吹き出してしまった。

 そんなアタシを見てますます彼の口はへの字になり、眉間には皺がよった。


「アキくん」

 急に真面目な声になって驚いたのかは分からないが、彼はちょこんとその場に正座をした。

「アキくん、アキくん」

 私が言葉を繰り返したのを見て彼は少し寂しそうな、悲しそうな顔をした。

 そんな顔を横目にアタシは封筒から数枚ある紙のうち一枚の紙を取り出して開いた。

 それを彼の目の前に広げ、彼と視線を合わせようと前を見た。

 彼は紙をチラリと見た途端、凄い勢いで首をこちらへ捻らせた。

 アタシはアタシの出せるとびきり愛のこもった優しい声で言った。

「アキくん、アタシと、結婚してください」

 彼は目を見開き、そろそろと俯いた。そのまましばらく無言だったので、アタシはそっと彼の顔を覗き込んだ。

 彼は目に薄い水の鏡を張っていた。

 やっぱりね。

 アタシはなんとなく予想していたことが現実となった瞬間を見て、少しこそばゆかった。

 だからこそ。

 封筒から残していた数枚の紙を取り出して、彼にそっと渡した。

 彼はそれを受け取り、私の顔を見上げ見た。

 微笑んだアタシを見て、彼はその紙に目を通し始めた。

 アタシはそっとその場を離れ、隣の部屋へ移動して、白い雲が浮かぶ、青い空を見た。


『アキヨシさんへ

 君は幸せでしたか?今までの日々はどうでしたか?

 私は言われずともこう答えます。

 君からの言葉あいを抱きしめたくなるくらい幸せです!

 嘘じゃありませんよ?私は嘘をつくのが下手くそですから。


 この度手紙を書いたのは、私と結婚して欲しいからです。

 君はきっと悩み続けたのでしょう。私と結婚しても良いのかと。

 自惚れのようでしょうが、間違ってなんかいませんよ。だって私は君のことをよく分かっていますから。


 雨が町を沈ませるような日でしたね。

 君と私は賑やかで騒がしいテレビ番組を見ていました。机にコーヒーを入れたマグカップと、それぞれの好きなお菓子を散らばせて、互いに寄りかかるように座っていました。

 ふと私が君を見ると、君は苦しそうな表情をして唇を噛んでいました。

 私は急いでテレビを消し、君にどこか痛いのか、苦しいのかを尋ねました。

 君はふるふると首を振り、コーヒーの苦味を噛み締めたように笑いましたね。

 そして消え入りそうな声で「ごめんね、ごめん、ごめんなさい」と言いました。


 私はその夜考えました。とっくに止んだ雨は星空を広げていて、私はそれを見ていました。

 流れ星が一つ流れた時、気づけたのです。

 君はよく人に優しく、信じることを。


 悲しませてごめんなさい。苦しませてごめんなさい。

 画面の向こうで笑う人々の暮らしを垣間見て、私の心を盗み見て、傷ついてしまったでしょう。

 けれど、だからこそはっきりと言います。


 私から離れないでください。

 君の癖が私に染み付くくらい、君は私が生きるための道標なのです。

 今でも思い出します。

 朝起きて、おはようと繰り返される君の寝ぼけた声、家を出る前に無事に帰って来れるように、慎重に慎重に呪い《まじない》を掛けてくれる手の温かさ、仕事で詰まりそうになった時にそっと押してくれる君の笑顔......。

 そして何より、嫌なことがあった時、君が10回も繰り返してくれる、愛してるの言葉。


 君の言った「愛してる×10」の日々が、私が私を愛せる日々に変わりました。

 そして君だけを、君の癖を愛する日々に変わりました。


 君を支えていけるか不安です。

 不甲斐ないかもしれません。


 だけど、どうか一生そばにいてください。』


 グシャッという小さな音が聞こえた。そちらを向くと、彼がこちらを見て大粒の涙を、鼻水を垂らしていた。

 アタシは少し笑いながら、ティッシュを渡した。

「ありがとう、ありがと、ありがとう、ありがとう」

 絞り出すように彼はそう言った。

 互いの名を連ね、互いの身を寄せ合い、箱を引き寄せて中身を取り出し、彼とアタシの指にそれぞれ通す。


「愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる 愛してる」


 互いにそっと呟いた。

 天高くのぼった太陽が祝福するように光を注ぐ。

 いつの間にか外に出ていたらしい子供たちが、キャラキャラと笑っている。


 どうかこれからも、この言葉の通り、幸せが繰り返されますように。

 彼に幸せだったかと聞いたら、笑って頷いてくれる日が来ますように。

 私はこれからこの思いを繰り返していくだろう。

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