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  • 祭壇への応援コメント

     ああ、茶村さん。この詩、いいですね。
     「いつかあなたも辿り着くといい そのとき持てる限りの力で」っていうとこが特に。お祈り、神頼み、そういったものは、実は自分を律して努力して願いに近づくよ、という宣言のようなものかも知れません。望んで努力しない者には、決して結果はついて来ないものです。

     実家の近くに、ひなびた神社があって、よく娘とお参りして賽銭入れるんですが、殆ど人と会ったことないんです。「きっとここの神様ヒマだよな」「お客さん少ない分、ご利益が大きくなるんじゃない?」「こんなとこの神様、パワーが足りなくてダメなんじゃないか?」とか言っています。だから、祭壇に転生すると、きっと退屈だと思いますよ、場所によるでしょうけど、っていう気がします。

     申し遅れました。小田島匠と申します。
     拙作のボディビルのエッセイと人魚編をお読み頂いたようなので、どんな方かと見に来てみました。

     また時間を見つけて、ほかのお作も拝見させてください。

     それでは。

    作者からの返信

    小田島 匠様

    返信遅くなりました、素敵なコメントをありがとうございます。
    いつも怠惰に過ごしているので、たまに訪れる神前(あるいは仏前)で祈ることは確かに、次の乗り越えるべき目標を自分に課しているのかもしれませんね。
    …祭壇に生まれ変わったら、ひまなのでは、仰る通りです。でも祭壇にとっての時間の流れ方は人間とは違うのでは、という気もします。
    小田島様の他の作品もぜひ、拝読いたしますね。
    ありがとうございました😊

  • 祭壇への応援コメント

    願いや悩みへの答えとして「大丈夫だよ」は一番うれしいお答えです。ヤマシタ様も言われてますが、「人生が背中にある」このお言葉はいいですね。

    作者からの返信

    ふみその礼様

    嬉しいコメントをありがとうございます。
    神社もお寺も教会も、入った途端に「ここまで来れた事そのものが幸せなんだ」と感じることがあります。
    大丈夫だよ、って適当な返事でにも、強い慰めにもなる不思議な言葉ですね。

    自分の人生は自分で背負うしかないんだよね、といまさら痛感する日々です。

  • 祭壇への応援コメント

    神社や寺の何百年も信仰を受け継がれてきた雰囲気が好きですね

    作者からの返信

    鷲巣 晶様

    コメントありがとうございます。とても厳かで静謐ですよね。信仰心がなくても、失礼をはたらかないように、という気持ちに自然となります。

  • 祭壇への応援コメント

    「これ以上私は近づけない
     この生命の中では
     それぞれの人生が背中にある」

    というフレーズにグッと来ました。
    そして「祭壇になりたい」とは、なんと大きな心なのでしょう。
    茶村さんの別の一面ですね(*/ω\*)

    作者からの返信

    ヤマシタ アキヒロ様

    コメントありがとうございます^ ^
    お褒め頂いたフレーズは、ついつい何だか、おせっかいな自分に自戒をこめて。

    贅沢言うとサグラダファミリアの一部みたいなものになりたいです。
    近所のお稲荷さんでも充分ですが。