第30話 王宮の悲劇

 息を呑んで見つめた扉の外には大きな人影が立っていた。

 あの怖い顔をした見張りの騎士だ。


 私は鳥肌が立ち、身じろぎ一つできずにいた。


 も、もう終わりだ……。

 観念してぎゅっと目を瞑った瞬間。



「レイラさん、お迎えに来ましたよ〜」


 聞こえてきたのはシエラの気の抜けた声だった。


「へ??」


 思わず私も気の抜けた返事をして目を開くと、騎士の後ろからひょこっと顔を覗かせているシエラと目が合った。


「シ、シエラ?!」

「あれ? レイラさん、窓から出ようとしてたんですか?」

「ちょ、しー」


 私は見張りの騎士に聞こえることを恐れて、焦ってシエラに静かにするように唇に人差し指を当ててジェスチャーをする。


「あ、大丈夫ですよお。彼は今は私たちの味方ですから」


 え?今は?


「これです」


 そう言ってシエラが差し出したのは草だった。


「えーと、これは一体……」


 そこまで言った時、薬草部屋で嗅いだ匂いが鼻にツンと刺す。


「あ! この前渡した薬草?」


 シエラはにっこりと笑って私の耳に小さく囁いた。


「ええ、薬草を焚いて催眠状態なので、今の彼は私たちの味方になっています」


 なるほど。

 騎士の顔を見ると、確かに昨日見た怖い顔が消えて、ぼーっとした表情をしている。


「では、行きましょうか」


 シエラは騎士に私たちが神殿を出るまで護衛するように言った。

 騎士はこくりと頷く。


 へえ、あの毒草ってこんな風に使えるんだ。


 そう思ったと同時にゾクっとした。

 あんなに強そうな騎士が簡単に味方に翻ってしまうなんて、すごい効き目だ。


「レイラさんがくれたのは、この惑わし草とベリルの毒草でした」


 えええ。そ、そうなんだ。


「試しに使ってみたかったのでちょうどよかったですわ。惑わし草の効き目はすごいですね。うふふふふ」


 そう言うシエラはなんだか少し怪しい笑顔を浮かべている。

 そ、そうね。そんな危ない薬草を試せる機会なんてこんな危機以外にないものね。


「それでは行きましょう。あ、その前にレイラさんこれを飲んでおいてください」


 シエラはポケットから小さな薬の瓶を取り出した。

 中には透明な液体が入ってる。


「体に害はないので大丈夫ですよ、これはただ毒草の効力を無効化するだけなので」

「わ、わかった」


 私はぼんやりとした顔をしている騎士を見て、追い立てられるように瓶の中身をゴクリと飲み干す。

 こんな風に毒草で操られたくないもんね。


 シエラは私が薬を飲み込んだことを確認すると、先ほどから手に持っていた松明ランプを掲げて歩き出した。


 なんで明るいのにランプなんて持ってるんだろうと思っていたけど、ランプからは薬草の香りが漂ってくる。


 ああ、ランプの火で惑わし草を燻してるんだ。

 私はシエラの後を追うように歩く。


 神殿の中は閑散としていた。

 今のこの時間は朝のお祈りの時間だから神官たちはみんな祈祷部屋にいるはずだ。


 おかげで誰に不審がられることもなく、無事に神殿の出入り口まで辿り着けた。


 シエラはくるっと振り向くとポケットから薬草を取り出しランプで燻し、それを騎士に掲げた。

 すると、騎士はその場に崩れ落ち、かくんと眠りに落ちた。



 わあ、シエラすごい!まるで魔法使いみたい。


 それにしても、惑わし草には眠りの効果まであるのかな。

 そんな私の疑問に気づいたのかシエラはにっこり笑って答えた。


「眠り草は私のコレクションなんです〜」

「あ、そ、そうなんだ」

「ここから20分も歩けば王宮に着きます」


 そうだ、とにかくシエラのおかげで助かった……!


 私たちは王宮に向かって歩き出した。


「シエラ、ありがとう!」

「いえ……」


 そう言ってシエラは何かを思い出したように笑顔を浮かべる。


「?」

「念入りに頼まれましたので。ロラン公爵様はレイラさんのこと本当に大事に想っていらっしゃるんですね……」


 あ……!そうか、私エリック様に伝言を頼んでたんだった。



 そうなのかな。やっぱり、エリック様は私を大切に思っていてくれるのかな。

 そう思うだけで心が温かくなった。


「な、なんだか私も恋人が欲しくなってしまいました」

 シエラはそう言いながらポッと顔を赤らめた。


 うう、恋人だなんて……。

 まだ自分の想いすらちゃんと伝えられてないのよ。


 まずは自分のやるべきことをしなくては……。



 気を取り直して歩きながらシエラに聞いてみた。

「ねえシエラ、古代呪術の“ベリルの異変”って何のことか知ってる?」

「まあ、レイラさん。古代呪術の知識が豊富なんですね」

「へ?」

「それは秘匿中の秘匿ですわ」


 だから!それってなんなの?


「レイラさんもこの国の貴族令嬢であれば、数代前の『王宮の悲劇』はもちろんご存知ですよね」


 えっ。ワカラナイヨ。

 すっかり忘れてたけど、私、異世界転移者なんだよね。ははっ。


「えーっと、詳しくはどういう話だったっけ?」


 シエラは一瞬驚いた様子を見せつつも、私を馬鹿にするでもなく詳しく説明してくれた。

 現国王陛下の数代前の国王とその一族を狙った王宮乗っ取り事件が起こった時の話。


 貧困に喘いでいた近隣のとある王族が、この王国を乗っ取ろうと企んだ。


「その王宮乗っ取りの際に使われたのがベリルの毒草なんです。葉をすりつぶし3ヶ月間飲ませ続けると徐々にその体を蝕みます」


 うっ。聞いてるだけで苦しそう。


「その後、ベリルの実を煎じて飲ませることですぐに息の根を止めることができます。ベリルの実と葉はそれぞれが猛毒を持つ毒草ですが、その手順を踏むと魂までもを消し去ることができる。これが古代から伝わるベリルの呪術なのです」

「怖い毒草なのね」

「ええ、王国を乗っ取り我が物にしたい怪物にはなんと都合のいい代物でしょうね。それ以来ベリルの異変と呼ばれるようになりました。そんなひどいことに貴重な薬草を使うなんて許せません……!」

「それで、その国王は魂まで消えちゃったの?」

「ええ、国王様は残念ながら……。一族が根絶やしにならずに済んだのは、当時のロラン家の当主が息も絶え絶えだった国王様の一人息子を隣国の兵士と壮絶な戦いの末なんとか奪還し命を救ったのです」

「エリック様のご先祖様が……」


 ああ、そうだ。私もベリルの実の毒を盛られた時、エリック様が一晩中看病してくれて命が助かったんだ。


 ベリルの実の毒は猛毒で治癒薬もない。

 でも、そんな過去があったために秘術として治癒法がロラン公爵家に受け継がれていたのだろう。


 私は顔の知らないエリック様のご先祖様に、心の中で手を合わせて感謝した。



 ん?待てよ?

 ……ってことは、こんなにのんびりしてる場合じゃない!!!


 私は慌てて駆け出した。


「えっ? レイラさんどうしたんですか?」

「シエラ!! こんなことしてる場合じゃない! ついてきて!」


 私はシエラに叫びながら一目散に王宮へと向かった。

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