第15話 トップシークレット

 ぐっすりと眠り続けて、目を覚ましたのは翌日の朝だった。

 体も大分楽になったようだ。


 ベリルの毒ワインの件については徹底的な箝口令が敷かれていて、詳細を知る者はエリック様にエドワード殿下とその側近、そして殿下から話を聞いたメアリー様と王宮騎士団長であるロジャーのみに限られた。


 秘密裏に調査が行われることになっているらしい。



 ……と言っても、毒を入れたのはエリザなのよね。


 それを殿下やエリック様に伝えたいのだけれど、『なぜ知っているのか?』と問われたら何も言えない。


 まさか『この世界は小説の中で、私はそれを読んだから知ってるの!』とは言えないし……。

 うーん、どうしたらいいんだろう。


 しかし、そもそもエリザはどうやってベリルの実を手に入れたんだろう。


 小説にはただ単に、ヒロインの飲むワインに毒を入れたっていう描写しかなかったから、詳しい背後関係はわからない。


 王宮魔術師の師団長ともなれば、そういった類の物は易々と手に入れられる環境にあるのかな?


 でも、ここは王宮内だし、さすがに毒物となれば取り扱いは厳重になっているだろうから、そんなに簡単に扱えるようには思えないし……。


 その辺りがもっとはっきりすれば、エリック様や殿下に上手いこと伝えられるかもしれない。

 こっそり調べてみようかな。


 私はそこまで考えたとき、ロジャーにお見舞いの花を送ってくれたお礼を伝えに行くことを思いついた。


 そうだ!そのついでに、調査内容を探っちゃおう!



 ということで早速ロジャーに会うため、王宮騎士団の詰所へと向かった。


 邪険にされたり、追い返されたらどうしようかとドキドキしていたけれど、そんな心配もなく、騎士の人に名前を伝えるとスムーズに騎士団長室へと通された。


 邪険にされるどころか、名前を言った途端に騎士さんたちの態度がものすごく柔らかく丁寧になって、こちらの方が恐縮してしまったくらいだ。


 なにか珍しいものでも見るような視線を浴びているのは気のせいなのかな……。


 そして今、私の目の前のテーブルには綺麗な琥珀色の紅茶と、色とりどりのスイーツが並び、向かいにはニコニコと笑うロジャーが座っている。


「すみません、お礼に伺ったのに却ってお気遣いいただいてしまって」

「お身体が回復して本当によかったです」


 ロジャーは心底ホッとしたように息を吐いた。


「ええ、おかげさまで……。あの、その後、騎士団の調査で何かわかったことってあるんでしょうか?」

 私が問いかけると、ロジャーは溜め息をついて首を横に振る。


「いいえ、まだこれといって収穫はありません」

「そうなんですか……」


 うーん、やっぱりエリザはそんなに簡単に尻尾を掴ませてくれるような人じゃないよね。


「さあ、遠慮せずに召し上がってください」

 そう言ってロジャーは、落ち込んだ私を励ますように笑顔でケーキを取り分けてくれる。


 宝石のように輝くフルーツがたっぷりと乗った王宮パティシエさんが作った豪華なタルトだ。


 わあ、美味しそう……!


「ありがとうございます! いただき、」

 ロジャーの気遣いに甘えて、そう言いながら遠慮なくフォークに手を伸ばした時、てきぱきとお茶の準備をしてくれていた騎士さんたちの焦っている表情が目に入った。


 ん?なんか様子が変?


 騎士の一人と目が合うと、彼はハッとしてニッコリとした笑顔を作り、焦った表情を誤魔化した。


 私も愛想笑いを返すが、なんだか腑に落ちない。

 そんな周囲の様子にロジャーは気づく様子もなく、ニコニコした顔で私に話し続けている。


 な、なんだろう、この空気。

 時折、何人もの部下らしき騎士が出入りして、ロジャーに耳打ちをしていく。


 騎士たちは私にとても親切に歓迎したように接してくれているけれど、みんな冷や汗をかいたような表情を浮かべている。


 あ、あの騎士さんなんか、何かを訴えるようなウルウルした目で私を見てる……。


 あっ。これってもしかして、こんなことしてる場合じゃないから団長になんか言ってやってくれ、ってやつなんじゃないの?


「あの……、本当はお忙しいのでは……?」

「いえ、大丈夫です」

 ロジャーは澄ました顔で平然と言い放つ。


「でも、何かあったんですよね? 私のせいで仕事が進まないのでは……」


 あっ、もしかしたら、私が寝込んで休んでる間にメアリー様に何かあったんじゃ…!

 私は思わず不安になってしまう。


 深刻な表情を浮かべた私を見たロジャーは、慌てた様子で口を開いた。


「いえ! 貴女のせいではありません! いや、実は最近、陛下の体調が優れなくて……」

「えっ?」


 ロジャーは「あっ」と言って口を抑える。


 ……こういった国の権力者の健康状態って、トップシークレットよね。

 政治に疎い私でもなんとなくわかる。


 それって私なんかが聞いてはいけない話なんじゃ…………。


「すみません……貴女にはなんでも話したくなってしまいます」

 そう言ってロジャーは顔を赤らめている。


 いやいやいや、そんなレベルの話じゃないでしょっ?!

 この人って小説の男主人公のわりに、なんだかものすごい天然というか、考えなしというか……。


 もじもじしているロジャーを見ながら、少し冷や汗が出る。



 しかし、陛下の体調不良か……。

 うーん、それは一応この国の民としても心配だけど、小説の展開で陛下が崩御されるなんて大事件はなかったし、その辺りは大丈夫そうだよね。


「そういうことなら尚更こんなことをしている場合ではありませんでしたね、お時間を取らせてすみません。そろそろ失礼いたしますね」


 名残惜しそうなロジャーに、改めてお礼を伝えて騎士団長室を出ようと立ち上がった。

 ロジャーは渋々といった様子で、扉を開けて私を見送ってくれる。


「騎士団長様、ありがとうございました」

「あ、あの」

 ロジャーはそう言いながら、挨拶をして去ろうとする私の手を取った。


「何かあれば、またいつでも来てください」

 彼は微笑を浮かべながら熱っぽい瞳で私を見つめ、手の甲にやさしくキスを落とす。


 うっ、この人って無駄に綺麗だから困る。


 先日の『君に惹かれているんだ』という告白を思い出し、辺りに漂うピンク色の空気を感じて、私は固まってしまった。


 ど、どうしたらいいの、この手……。

 いたたまれなくなったその瞬間、高い声が響いてきた。


「ロジャー様、頼まれていたものお持ちしましたわ」

 声のした方をふと見ると、開いた扉の外側に笑顔のエリザが立っていた。


 わっ!この人、目が笑ってない……!


 エリザは笑顔ではあるものの、その鋭い目はしっかりと私を睨んでいる。

 背筋にぞくっと冷たいものを感じて、私はロジャーからパッと手を離した。


「そ、それでは私は失礼いたします」

 慌ててそう言って、早足でその場から離れた。


 かなり遠くまで来てから立ち止まり、私は呼吸を整えた。


 あの目は、もう絶対に知ってる。

 ロジャーの気持ちがなぜか私に向いている、ということを。


 やっぱり、ベリルの実の毒をワインに仕掛けて私に飲ませたのはエリザなんだ……!

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