第1話 王国の剣

 うーん、なんだか変な夢を見た気がする……。


 いつものように、会社に出勤するため起きた朝。

 目覚めた私の瞳には、信じられない光景が映った。


 大きな窓からは朝陽が差し、やけに豪華で広い部屋にふかふかなベッド。

 内装は私の好きなアンティーク調で可愛い家具が揃っている。


 私の家と違う!

 何?ここドコ???


 私はガバっと起き上がり、必死に記憶を辿る。


 昨日、何してたんだっけ?

 えーと、確かいつものようにスマホでお気に入りの小説『王国の剣』を読んでて……。


 あっ!そうだ!


 推しキャラのエリック様がヒロインを庇って呪いを受けてしまった上に、そのせいで王宮の騎士団長である男主人公を襲ってしまう悲劇の末に、王国への反逆罪で処刑というあり得ないバッドエンドを見ちゃったんだ。


 最初は女性関係が奔放で、でも誰とも心を通わせることのない心の傷を抱えたエリック様が、あんなに一途にヒロインを思い続けて献身した結果、悲惨な最後を迎える。


 もう、それが切なくて、苦しくて、悲しくて。

 私は大泣きして布団に入ったんだった。


 思い出したらまた泣きそうになってきた。


 もう、作者さん!何であんなラストにしちゃったの?!

 エリック様が可哀想!


 心の中でぶつぶつ文句を言っていると、ノックの音が響いた。


「レイラお嬢様、おはようございます」

「えっ?」

 私の名前は有坂胡桃なんだけど……。

 レイラって誰?


 私がぼーっとしていると、メイド服を着た女性がにこやかな顔をして入ってくる。


「さあ、今日は忙しいですよ〜! 王宮のパーティーまでにしっかりと準備をしないと!」

 そう言って、彼女は鏡の前にメイク道具を並べ始めた。


「パーティー?」

「やですねえ、レイラお嬢様。今日はシャルダン王国へやってくる国内外からの客人をもてなすための夜会が開かれる日ではないですか」


 え?


「レイラお嬢様もそろそろ素敵な殿方を見つけないと。旦那様や奥様からもしっかりとそのサポートをするように仰せつかっておりますから」


 ええ?


「今日は気合を入れて一段と綺麗にして差し上げますからね!」


 あっ!そうだ!

 今日は王太子であるエドワード殿下の妃候補となった貴族令嬢や隣国の王女たちが王宮に招待される日だ。


 貴族たちもこぞって夜会に招かれて、独身の貴族令息や令嬢たちの出会いの場ともなる。


 私はなぜかそれを知っている。

 なんで?!


 聞き覚えのある名前の数々、催し物、容姿、辺りの様子。


 思い当たるのは、もうこれしかない。

 まさか、ここは小説『王国の剣』の世界なのでは……?!


 私は慌てて鏡の前に行く。

 鏡に映る自分の姿に愕然とした。


 腰まで伸びた、金色に近い茶色のふわふわにウェーブがかかった髪。

 パッチリと愛くるしいピンク色の瞳が童顔なイメージを引き立てている。


 それを確認して、私は瞬時に思ったのだ。


 ダメだよこれじゃあ……!!


 いや、可愛い、すごく可愛いよ!

 でも…………!これじゃエリック様の好みのタイプと正反対だもん!!!


 それに、小説の中に名前も出てこないようなモブキャラだなんて……。


 私は、読んでいた小説の中に転移したという驚きよりも、エリック様の好みのタイプではない外見に転移してしまった落ち込みの方が大きかった。


 ロラン公爵家の若き当主であり、シャルダン王国では珍しく魔術と剣術の両方に長けている天才と呼び声高いエリック様。


 漆黒の長い髪に褐色の美しい肌は、剣術で鍛え抜かれたその逞しい身体の精悍さを引き立てている。


 切れ長でアイスグレー色の綺麗な瞳を持つ彼の目は妖艶さを醸し出す。


 来るものは拒まず、去る者は追わず。


 女性たちの心を一瞬にして鷲掴みにするそのプレイボーイ振りは社交界でもその名を轟かせている要因の一つだ。


 でも、決して女性に心を許さない。


 そんな、王国の一、二を争う美青年と呼び声も高い彼の女性のタイプは、知性と美貌と勇敢さを兼ね備えた、色気溢れる大人の女性なのだとか。


 結婚なんて何の価値がある?という、そんな冷え切った心を持つ彼の前に突如現れた心美しいヒロインに惹かれていくも、献身虚しく最後は無残な結果になってしまうのよね……。


 ううう、私が彼のタイプの中にかろうじて当てはまるものがあるとすれば「勇敢さ」の一点のみ。


 それすら、ただの無鉄砲としか言えないような気もするけれど。


 どうせ転移するなら、もっと色気のあるお姉さんが良かったよおおお!

 そうしたら、少しは相手にされてたかもしれないのに……。


 そう考えて落ち込んでいると、先ほどのメイド服を着た女性がニコニコした笑顔でこちらを見ていた。


 そのあどけない顔を見て、ハッと我に返る。


 顔をつねってみると、ちょっと痛い。

 こ、これは、現実だ……。夢じゃない。


 そこまで考えて、私は居直った。


 もういい!しょうがない。

 諦めの良さと、切り替えの早さは私の唯一の長所なのよね!


 こうなったら、エリック様のバッドエンドをなんとしてでも回避して、ヒロインとくっつけてしまおう。


 エリック様を幸せにする!!

 そんでもって、1番近くでそのお姿を眺めて楽しんじゃうんだから!!

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