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ともはっと

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 真っ赤な鳥居の先に見える社。


 そこで、俺は待ち合わせをしている。

 すでに亥の刻が過ぎており辺りは暗い。星の光が地を照らしているが儚げな光である。


 目の前の、天に向かって伸びる長い石畳の階段を上る。その先に目的地の社がある。そこに、俺を待っている人がいる。


 そう思うと、次第に足早になった。


 赤い鳥居が見え始めると、私は大きく息を吸って一気に上りきった。


 鳥居の先に見る境内。日中に見る境内は周りを木々に囲まれた清浄さを感じる場所なのだが、真夜中に見るそれらは、闇の中で人の影のように風に乗ってざわつく。


 石畳の境内を歩いてしばらく。社の影が見えた。


 その社の手前に、いつもと変わらない、白拍子姿の、俺に背を向け、長い黒髪をなびかせる女性がいた。


「……和泉いずみ


 彼女が振り向く。


 嬉しいのか泣きそうなのかわからない表情を浮かべながら抱きついてくる。俺は、そんな彼女が愛おしくて、それに答えるように、強く抱きしめた。


「……あきら様……」


 幸せそうに、しかし涙声で歌うように彼女は俺の名前を呟いた。

 俺はじっと見つめ続ける彼女の唇に、ゆっくりと自分の唇を近づけていった。








・・

・・・

・・・・








 目の前の景色が切り替わる。


 主役は、二人だ。

 倒れた女性と、抱きかかえる男。この二人。


 女性の、束ねていた星空を思わせる輝きを放つ黒髪は散り、白く美しい雪を思わせる肌には、ところどころ血化粧がされている。


「……鏡様……」


 女性は苦しそうな表情を浮かべながら目を開け、男の名を呼ぶ。

 口の端から赤い液体をこぼしながら微笑み、



『……幾星霜。私は、いつまでも、いつまでもあなたをお待ちしております……』



 目を閉じ、やがて、冷たくなっていった。

 そんな別れの言葉は、彼女から聞きたくなかった。



 だけども、彼は誓う。


 これから先、何度生まれ変わろうとも、その数だけ、必ずあなたを探し出す。と。


 その亡骸を、涙で薄れる視界にしっかりと納めながら、そう誓う。





・・

・・・

・・・・








「朝だよぉ~」


 温かなベッドの上。眠気を誘う声で目が覚める。

 目を開けると、満面な笑みを浮かべた少女の顔が目の前に映る。



(鏡様? いつも通り、遅い起床です)



 少女を朝に見ると必ず思い出す、その言葉と楽しそうな別の女性の笑顔。


 ふとしたことで脳裏を掠める夢の続き。

 眠りにつく度に見る、遠い記憶。



 それは、いつも隣にいる彼女が――夢に出てくる女性の生まれ変わりである少女が言うからだろうか。



 時計を見て、慌ただしく部屋を飛び出す。

 僕を起こしに来たがために一緒に遅刻寸前な笑顔な少女と走り向かう。




 そんな、代わり映えのない今の日常には、少なからずの幸せがあった。






・・

・・・

・・・・






 僕が血を噴き出しながら地面に力なく倒れていく少女を急いで抱きとめると、少女が被っていた大きな帽子が地面に落ち、漆黒の長い艶やかな髪が現れる。



「鏡ちゃん……」



 僕の顔を見ると、苦しいはずなのに、いつもと変わらない僕の好きな笑顔を見せる。


 彼女の生まれ変わりの少女。生まれ変わり、僕を求めてくれた大事な人。


 冷たくなっていく彼女がある日言った、ささやかな夢。



『巡り巡る歳月を、ただ、あなたと過ごしたい』



 それはそれは……とてもささやかな夢だった。









『生まれ変わったら、今度こそ幸せに……』











「私、幸せになれるかな?」



 神社の裏手。

 二人で時を過ごしたあの時間。


 神社で舞う美しい白拍子の彼女を見ながら過ごす、あの時間。


 俺に櫛をねだる、子供のように都の町並みを楽しむあの女性。



「私は……とても幸せです。……鏡様……」



 温かなベッドの上、いつも見る夢を見ながら思い出す少女の面影。


 学校へ向かうとき、川のせせらぎを聞きながら思い出す少女の面影。


 授業中。

 居眠りすると見る夢で思い出す遠い記憶。



 ふとした弾みで思い出す、これまでの様々な前世と現世の記憶。




 それは、僕が最後に、死ぬ間際に垣間見た夢――













 子供の僕。

 手にはプレゼント。必死に階段を駆け上がっていく。



 参拝客にむせぶ階段を上がりきり、大きな赤い社の下で息を整えた。

 息を整える間、前にも同じようなことがあったと思い、思わず笑みがこぼれる。



 目の前は石畳の境内。周りを囲む森林がざわめく境内を、参拝客の間を器用にすり抜けながら、社務所の裏へと回ってインターホンを押すと、巫女装束を着た見知らぬ少女が姿を現した。



「……和泉さん……」



 僕の声に、嬉しそうに、目に涙をためて少年に少女は抱きつく。

 いや、どちらかというと飛びつくの表現が正しいか。


「鏡ちゃん」


 僕が、何度転生しても、幾星霜愛し続けるであろう大切な人。

 その、生まれ変わりが、目の前にいる。



 ふと、彼女が言った言葉を思い出した。



『巡りめぐる歳月を』

『幾星霜』



『『私は、いつまでも』』



『『ただ、あなたと過ごしたい』』








 その二人の女性の問いの答えに、僕は少女にプレゼントを渡した。





 今度こそ、幸せに。




 そう、思いながら……。





 そんな。

 悠久の時とともに繰り返す、彼と彼女の――



 溢れ落ちた、時の物語 d r o p f r a m e 

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