天秤機関 〜世界を救った元最強(俺)は引退して平穏な学園生活を送りたいのに、異能バトルに巻き込まれる件

水垣するめ

第1話 元最強は帰還する

 けたたましい警報音が鳴り響く。

 赤いサイレンが廊下を照らし出す。

 銃弾の雨の中を駆けていく。


『ミサイル発射まで──あと1分』


 冗談だと思いたい言葉が、無機質で感情が乗っていないアナウンスとして響いてくる。


「やつを止めろ! 殺しても構わん!」


 背後から追ってくる制服を着た奴らが、遠慮なしに銃弾を浴びせてくる。

 その中を決死の思いで駆け抜け、背後に向かって銃を撃つ。

 追手を倒した俺は目的の部屋の扉に体当りして、部屋の中へと飛び込んだ。


「なっ、なんだ!」

「し、侵入者……ぐわっ!」


 迎撃される前に先手を取って正確に銃を撃ち込む。

 コントロールパネルを操作していた二人、警備兵五人をそれぞれ右手のグロックで無力化するとまたアナウンスが鳴り響いた。


『ミサイル発射まで──あと5秒』


 弾かれたように走り出す。


 目指す場所は赤いボタンがある場所。


 あれがミサイルの発射を止めるためのスイッチだ。


 あのミサイルは特定の国が発射したように見せかける細工が施されており、もしミサイルが発射されれば戦争へと発展する可能性がある。

 それをくい止めるのが俺の任務だった。


 机を乗り越えて、最短距離を駆け抜ける……!


『3、2、1──』


 無慈悲にカウントダウンが響き、しかしそれでも俺は走る。


「間、に合ええええっ!!」


 バンッ!

 赤いスイッチに手を叩きつける。


 カウントダウンは──0.001秒で止まっていた。


「はぁぁぁぁ……」


 それを見た俺は崩れ落ちる。

 あと0.001秒で大惨事になるところだった。


 たくさんの人々を救った安堵とともにやってきたのは……怒りだった。


「なんで俺がこんな任務をこなさなくちゃいけないんだ……」


 俺はただの高校生。

 本当ならもっと平和で平凡で、そのことに退屈さを感じながらを青春を享受して生きているはずだった。


 普通の男子高校生みたいに。

 それなのに、ちょっとだけ人より強いってだけでこうして日夜危険きわまりない任務をこなすはめになっている。


 一回限りの人生、青春をこんなので使い尽くして構わないのか?

 いや、そんなわけがない。


「やめてやる、やめてやるぞ……」


 はじめは小さな言葉で呟いたそれは、いつしか確固たる意志へと変わり、声を張り上げて叫んだ。


「俺は、組織を、やめる!」


 青春に弾丸はいらない。もちろんミサイルも。


 危険に飽き飽きした俺は、そうして平和を望むようになったのだった。



***



 俺、村雨伊織は『ある組織』に所属していた。

 しかし一年在籍して分かった。


 きっと俺にはそういうのは向いてない。

 人間離れしてる人間たちの中で、ただの人間である俺が戦うなんて最初から無理な話だったのだ。

 そういうわけで俺はその組織を辞めて、今は普通の高校生として暮らしていた。


 窓の外から温かい日差しが入り込んでくる。

 昼過ぎなこととその日光の温かさに眠気を誘われて、俺は大きく欠伸をした。


「やっぱり、平和は最高だな」


 雨のように銃弾が降ってきたり、現実離れした魔法やらなんやらが飛んでこない生活、これこそが至高だ。

 ドンパチやるより、雲の動きをボーッと眺めてる方が人生豊かなんだ。


 平和の尊さを噛み締めながらゆっくりと流れる雲を見ていると、ふとクラスメイトの女子たちの話が聞こえてきた。


「そういえば知ってる? 最近有名なやつ」

「あ、知ってる知ってる。《天秤機関》っていう秘密結社でしょ? なんでも最近あったテロ事件もその秘密結社が関わってるとか」


 ドキッ、と心臓が跳ね上がった。

 い、いやいや大丈夫……。


 俺の正体がバレたわけじゃない。

 それに俺はもう引退したんだから大丈夫……。


 てかなんて《天秤機関》が噂になってるんだ?

 あの組織は病的なまでの情報隠蔽能力でそうそう情報が漏れるようなことはなかったはずなんだが。


「あいつらがまたド派手にやらかしたのか……?」

「村雨、何をぶつぶつ呟いてるんだよ」


 するとクラスメイトが肩を組んで話しかけてきた。


「でたよ、村雨のいつものやつ」

「俺には分かるぞ。男にはみなそういう時期があってだな。恥じる必要は何も……」


 ぽん、と肩に手をおいてクラスメイトの一人が生暖かい笑みを向けてくる。


「ちがうって! 勝手に厨二病にして黒歴史扱いするな!」

「そうだなそうだな」

「黒歴史なんかじゃないよな。5年後に笑ってやるからな」

「こいつら……!」

「それはそうと村雨、最近噂になってる都市伝説って知ってるか?」

「都市伝説? なんだよそれ」

「《天秤機関》だよ、《天秤機関》」


 ドクンッ! と今まで一番心臓が跳ね上がった。


「あ、ああ、もちろん知ってるけど……?」


 知ってると言うか知りすぎてるくらいだ。

 お、落ち着け……こいつらは何も知らないはずだ。


 《天秤機関》を知っていたとしても俺の正体にはたどり着けないはずなんだ。


「おいおいどうした村雨。汗がすごいぞ」

「そうか? 俺はいつもこんなんだぜ。汗っかきのナイスガイだ」

「急に壊れたか?」

「汗っかきとかいうレベルじゃなくね?」

「百歩譲って野球部でも常に汗はかいてないだろ」


 やばい。焦りすぎて言動がおかしくなってた。

 これ以上様子のおかしなところを見せないために咳払いをして話を戻すことにする。


「ごほんっ、それでその《天秤機関》がなんなんだ?」

「男なら心くすぐられるだろ? 秘密結社とか裏の組織とか!」


 クラスメイトたちは興奮したように話し出す。


「どこの国にも属さない闇の組織、しかしその目的は世界の平和を守ること……」

「そうそう、その《天秤機関》の中には魔法やら超能力を使うエージェントまでいるとか」

「はあ。確かにカッコいいけど……なんでそんな秘密の組織が都市伝説になってるんだ? 秘密の組織なんだろ?」

「……」


 俺の真っ当な指摘にクラスメイトたちは目を見合わせたあと。


「はぁぁぁ……」

「そうじゃないんだよ! こういうのはロマンだろロマン!」

「そんなもんか……?」

「はぁ、もうこんなロマンが通じない男はほっとこうぜ」

「漢ならロマンだろ、漢なら」


 クラスメイトたちはつまらなそうに去っていく。

 俺はその背中を見ながら大きなため息を着いた。


「……はぁ、心臓に悪いな。探りを入れらたのかと思ったよ」


 俺はバクバクと鳴り響いている脈を落ち着かせながら、今はもう引退した『とある組織』のことを案じたのだった。




 そして放課後、俺は帰路についていた。

 健全な高校生なら部活に勤しむところだ。


 けれど残念ななことに、高校に入学した去年はずっと銃弾の中を駆け巡っていたので、部活には参加できなかったのだ。


 というわけで、今の俺は帰宅部だ。

 でも今の生活になんら不満はない。


 それどころか幸せといったっていい。


 だってやけに強いジジイに血みどろになるまでしごかれることも、銃弾の雨の中で命をかけてダンスを踊ることもしなくていいんだから。

 それに比べたら今の生活は天国にすら思えてくる。

 なにもない日常。サイコー。


「さてと、今日も自堕落な生活に勤しみますかね」


 ポテチとコーラと映画、漫画系のサブスクで完全自堕落コース。

 これが幸せが具現化した形なのだ。


「高校生活こそ俺は平和に生きてやるんだ。もうあんな物騒な日々には戻らないぞ」


 自宅のマンションまでの道のりを歩いていると、ふと気配を感じたのでそちらを振り向いた。


 ──後に俺はこの選択を後悔する。


 なぜならその気配に視線を向けたことで、俺はまた銃弾と魔法やら超能力やらが飛び交うイカれた世界へと戻ることになったのだから。


 ビルとビルの間。路地裏に『それ』を発見してしまった。


「あれは……」


 俺は目を見開く。

 一般人なら気が付かないような空間のゆらぎ。


 去年の一年間で腐るほど見た、「問題が起こった」の合図。


 見過ごすという選択もあった。

 けど、もし中で一般人が巻き込まれていたら?

 俺にはその空間のゆらぎの中を覗き見て、一般人を助けるくらいの力ならあるのだ。


 どうするべきか逡巡する。


 頭の中に俺を育て上げた祖父の『伊織、お前は弱い人間を助けろ』という声が聞こえてきた。


「……ああ、くそっ、我ながら見捨てれないのが恨めしいよ」


 考えた結果、悪態をつきつつも仕方なく俺は中に入ることを決めた。


「助けられるのに見捨てなんてバレたらじいさんに殺されるかもしれないし」


 そんな言い訳まで用意して。


「よし、入ってみるだけ。それだけだ。一般人じゃなかったら放っておいて帰ろう。うん、そうしよう」


 自分に言い聞かせながら路地裏に近づき、「空間のゆらぎ」に触れる。

 するとその「空間のゆらぎ」が水面のように揺れて、俺の手が向こう側に消えていった。


 そのまま足を進めてゆらぎの中へと入っていく。

 するとそこには──。


 路地裏を拡張したような空間。


 そして二人の人間──いや、超人がいた。


 一人は世界でも最も有名な銃──AK‐47を持って周囲に魔法陣を浮かべた男。


 そしてもう一人は片方にグロック17を持ち、そして反対の手では真っ赤な剣を地面に突き立て、膝をついている俺と同い年くらいの少女。


 その少女は目立つ容姿をしていた。


 腰まである銀色の髪に赤い瞳。そして息を呑むほど整った容姿。服装はゴシックなお嬢様のような格好。

 その銀髪の少女は体中から血を流していた。


 傷跡から察するに目の前の男の銃に撃たれたのだろう。


「ハハッ! ようやく今日俺は手に入れる! 夢にまで見た『不死』の血を……!」

「く、そ……血さえ、あれば……」


 男は高笑いを上げて銃口を少女へと向ける。

 少女は気丈に男を睨みつけているが、もう動けないことは明白だった。


 男が引き金にかける指に力を入れる。

 その瞬間、身体が勝手に動いていた。


 銃声。銃弾が少女へと迫る。

 しかし俺はその前に飛び込みながら少女を抱きかかえて転がり、ギリギリで銃弾を避ける。


「なっ!?」

「一般人!? なんで……!」


 突然の乱入者に両者が驚く。


「このバカッ! 早く逃げろ! ここはお前みたいな一般人がいていい場所じゃないんだよ!!」


 銀髪の少女が背後で俺に忠告する。

 俺だって本当は助けるつもりなんてなかった。だけど身体が勝手に動いたんだ。


「一般人か……だが、見られたからには始末するしかねぇな。はぁ、一般人の処理は高くつくからやりたくないんだが」


 男は面倒くさそうな口調とは裏腹に俺へと銃口を向ける。

 これはもう出口から出ていこうとしても許されないだろう。


 ここまで来たら腹をくくるしか無い。


「ああ、クソッ……!」


 自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 なんで中に入ろうと思ったんだ。


 相手には銃と魔法という不思議な力。対して俺はただの素手。

 去年の一年間で飽きるほど見た光景。


「何してんの、早く逃げなさいよ!」

「それ、貸してくれ」

「ちょっ──」


 真後ろの少女の叫ぶ声を無視して、手からグロック19と真紅の剣を奪い取る。

 素早く残弾を確認する。残り一発。


「こんなことなら拳銃を携帯しとけばよかったな……」


 そしてそんなことをぼやきながら俺は真紅の剣を構えた。

 銃対剣なんて小学生でもどっちが強いか分かるが、無いよりはマシだ。


 こっちの装備は剣と、一発しか装填されてない銃。

 あちらは魔法とアサルトライフル。


 絶望的な戦力差だ。

 だが──これで十分だ。


「〈ガン=ダンス〉を使えば……いけるな」


 〈ガン=ダンス〉。

 俺の身体に刻み込まれた忌々しい戦闘技術。

 俺を平和とはかけ離れた世界へと放り込んだきっかけ。


 だが、この状況では使わざるを得ない。

 やるしかない。


 覚悟を決めた途端、頭がすっと冷静になった。


 感覚が研ぎ澄まされて、思考がクリアになっていった。


(ああ、久しぶりだな。この感覚)


 銃口を向けられているというのに、全く怖くない。

 なぜならただの銃なんて──俺に傷一つ付けられないからだ。


「浅い正義感で死ぬなんて、馬鹿なボウズだぜ」

「どうかな、やってみなきゃわかんないぜ」


 その言葉を合図に男が引き金を引いた。


 ──この出来事が、完全に俺を引き戻したのだ。


 銃弾と魔法と超能力が飛び交う、イカれた世界へと。

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