自分は世代的にコインロッカーと聞くと反射的に「ベイビー(ズ)」を連想する。
本作のタイトルはベイビーではなく「アダルト」である。
かつてコインロッカーは赤ん坊=生命を遺棄する場所だった。
この小説でコインロッカーは新しいモデルとしての生命を生む場所になっている。
ベイビーが死を、アダルトが逆に生命を連想させるのは皮肉だが、作者の鋭敏な感覚がおもしろい。
戦前・戦後という言葉があるが、今は震災前・震災後といういいかたがしっくりくる。
コインロッカー・アダルトまちがいなく「震災後」の小説で「狭い避難所で快適に暮らすためのモデル」という発想は、作者の実体験とはまた別に、震災後の時代でなければなかなか生まれてこなかったと思う。
これは本作と無関係だが、たぶん夢のように楽しい異世界ファンタジーの隆盛も、深刻な震災体験と関係あると睨んでいる。
今思うとコインロッカー・ベイビーズはずいぶん甘くてロマンチックな小説だった。
それに比べるとコインロッカー・アダルトの結末は苦く切ない。
がバッド・エンドともいいきれない。
絶望は若者の、あきらめは大人の仕事であろうか。
あきらめを飲んで生きる羽生は、ある時代の象徴になりえていると思った。
大人向けの寓意小説で、カフカ好きな人にご一読をおすすめしたい逸品です。
もう「終活」と割り切っている私は、主人公に近いのかもしれませんね。
冗談ではなく、いつか「行き詰まる」までの間に、なるべく「断捨離」をしていこうと、母の遺品整理をしている内に、遠大な計画を立てました。
「自分の所有物だから」という視点を崩せば、「なんくるないさー」!!笑
「ウルトラマン」の「8分の1計画」を思い出しました。
「シン・ウルトラマン」でも似た要素があったようですが。
何度かエッセイに書いている通り、「南海トラフ地震」は「予知」ではなく、「政策」です。寧ろ、東京の大都市直下型地震の方が恐いです。
色んな方面から侵略してくる「白蟻国」に忽ち乗っ取られるでしょうね。
現実の世界に「豚人間」が登場してくれると・・・やっぱり無理かな?
ウルトラマーン!!
ごめんなさい、興奮しました。
これからも、よろしくお願いいたします。
ウサギ小屋と嗤われた、日本の住宅。
そんな話も今や昔。
物価上昇などを受け、海外でもマイクロアパートメントが取り沙汰される現代。
そう、世界が日本に追いついた。
このままでは狭小住宅界の覇権が――――ノンノン、その程度では終わらない。
駅のコインロッカーを活用した、究極の物件が完成したぜ。
これで新宿は日本の中心から、世界の中心へと成り上がる。
利便性は問題なし。
なんと言っても都心ど真ん中。あらゆるものが揃ってる。
世界的な某建築家だって、狭すぎて冷蔵庫が置けないと不満を漏らしたクライアントに言ってる。
「コンビニまで歩け」(これホントの話)
だから、住みこなす覚悟さえあれば大丈夫。
そして意外と住めば都。
本作の主人公、羽生も工夫をしていって…………あらまあ。
最後まで読み終えたら、レビュータイトルの真の意味、わかるはず。
コインロッカーを住処にするという奇妙な話
とはいっても、作中にも説明があるとおり、マットレスがあり、棚があり、コンセントもあり、とカプセルホテルに近いです。
しかし、毎朝6時に扉が強制的に開かれ、23時には強制的に扉が閉まるという、コインロッカーっぽさもちゃんとあります。
さて、実際に主人公はそこに住んでみるわけですけど、その生活は明らかに不便です。
でも、その不便さが、主人公に健康的な毎日を送らせるきっかけとなったようで、悪いことばかりでもない……みたいだけど、私はやっぱりここに住むのは嫌ですね。
物語は終盤、予想外の方向へ行き、最初はネタ枠かなと思っていたんですけど、意外にも社会的な問題を扱った真面目な作品へと変貌していきます。
普通の作品は読み飽きた、そういう方に特におすすめの作品です。
人間にとっての「住」とは何か。人が生きるための「基点」とは何か。色々と考えさせられる作品でした。
主人公の羽生は格安で住める物件はないものかと模索する。
そんな中で家賃三万円の物件を見つけるが、そこは新宿駅にあるコインロッカーだった。
いやいや、ありえないだろ、と思いつつも、コインロッカーのスペックなどを説明され、どうにか生活できるのだろうかと考え始める羽生。
コインロッカーの中で窒息しないように定期的に開閉される。朝の六時には強制的に開き、また別の時刻には強制的にロックされる。
人が一人入れるだけの絶妙なスペース。そこで生活するためには体型の維持も必要。そして寝起きの時間も定められ、「家」の中に入ったら寝る以外の選択肢はない。
完全に「無駄」を省いた「最強の合理性」の家。それはどこか映画「マトリックス」のカプセルの中で生活させられる人間も思わされ、SFのディストピア社会の雰囲気も感じられました。
住処というのは人にとってどんな存在か。それに合わせて人が生き方を変えること。
本作ではコインロッカーに合わせて生活習慣や体型を変えるような形になっていますが、現実にも高額なタワーマンションに住むためにあくせくと働き続ける人たちも数多く存在する。つまり、「家」のために人生を構築している人間は少なくないという事実。
本作は、そんな「家」をめぐる社会の現実を鋭いメスで切り取った作品なのかもしれません。
一見コメディのように「そんなバカな」と笑いながら読む中で、思わぬ哲学性や文学性が漂い始め、自然と刮目させられる一作。
果たして羽生はどんな結末を迎えるか。皆様もその目で確かめてみてください。