辛苦の原っぱ

学生作家志望

できるなら、高校なんて抜け出してどっか遠い国のところで暮らしたいと思う。ただ切実にそう願う。


僕は寝る前に必ず、広い草原のいかにも優雅そうな場所が頭に降りてくる。ひゅーと音を立てる寒そうな風じゃなく、ただ静かに草を揺らすだけの風が流れて、草もそれに合わせて楽しそうだ。


草原の少し上の方には家があって、誰かが白い服を着て踊っている。ただ地面を撫でるかのように、しなやかに楽そうな踊りを。


空気の冷たさを感じながら布団にくるまっている僕とはまったくもって逆だ。


可能なら今すぐにでも踊ってやりたい。しなやかに楽に踊りたい、でも布団を出ればどうせまたすぐにこの布団の中に戻ろうとそう思うだろう。ここは太陽のオレンジに照らされた草原ではない。好きに動ける条件下ではとてもないからだ。


学校っていうのもまったくだ。草原が自由の象徴なら、あの場所は辛苦の象徴だ。


希望はとっくに消えた泥沼の中で、無理やりにでも体を動かす。動かさなければ僕の生きている意味すら闇の中に封じ込められてしまうのではないかという恐怖感。


軽い踊りとは比べるにもいたらない。好きな踊りをする暇があるなら、勉学を出される。それとも運動か?僕にはどちらでも大して変わらない。同じくらい苦手だ。

だけど苦手ということ自体に問題があるわけではなく、むしろそれをアドバンテージとして使う人もいるくらいだった。


苦手分野を積極的にアピールするのには、モテたいという意欲しか感じられない。得意分野なった途端に今度はかっこいいを積極的にアピールするのだから手に負えないのだ。


そもそも論、そういうビジネス系の苦手は苦手ではないと言えるケースが多い。草原でダンスを踊ろうとすれば、運動神経の悪い奴は、きっと転がって草原の中に落ちてしまうことだろう。


でもそれをビジネス苦手マンは、転がるとダサいからこてっとつまずくはずのないところで、つまずくわけ。


まあその時点でそいつは運動神経がいいってことを証明してしまっている。もちろんビジネスだから嘘ってことなんだけど、だとしてもわざとらしすぎる。


みんなが一生懸命走ってるシーンでも全く走らない。活躍できそうだと思ったらいいところだけ取りに来る。


得意不得意は、いつのまにかモテる武器になってしまったというわけだ。なにも辛苦の理由がすべてこれと言いたいわけではないが、本当に苦手な僕みたいな人間の立場はどうなるんだと問いたいものだ。


必死で汗をかいて走っても、結局のところモテるのはそういうやつら。異性からはモテなくともしっかりと陽キャなために同性にモテる。


陰キャと陽キャ、ぼくは前者。辛くて苦しくて投げだしそうになった時に限って、二極化の影すら落とされていない優雅な草原を見てしまうのは、きっとそこが僕には憧れだったからだ。


誰にも客観視されず、ただ楽なダンスを一人きりで踊っていたい。できるならばといつもお思っている。


こないだ帰ってきたテストは、やっぱり散々だった。両親に「よかったよ、」って口を裂いて言うけど、口が裂けていることには気づかないみたい。点数が見えないように隠してしまったせいかもしれない。


別に今更、見せてとも言われないからいいんだけどね。


そもそも先生がおまけ点ばかり、すなわち三角1点みたいな普通ならバツになる答えに加点してくださったから、なんとか赤点を回避できたというのに自慢げに出すわけにもいかないだろう。


本当は高校なんて行きたくない。嫌な人もいっぱいいるし。だけどその事実は多分大人になっても変わらない。もしあの時卒業してからすぐにでも仕事を始めていたら、僕は同じことで悩んで嘆いていただろうとわかる。


もっと言えばあの草原にいたとしても、いくらでも悩みの種は生えてくるはずだ。雑草くらい大きくなるかもしれない。


どこにいってもどこにいっても、幸せは育ちづらいものだろう。まあともかく今はこんな風に考えておくことにしよう。




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