第33話 このままじゃ、間に合わない

 



「……っ、出来た……! けど……」


 特効薬の仮説はなった。

 材料調達をヴォーロに任せ、研究はといえば、残すは臨床実験のみの段階まで進んでいた。


「アムレート、そのモルモットは?」


 激しく興奮して檻にぶつかり続ける、明らかに様子がおかしいモルモットを指して、イオンが問いかける。


「これは致死量に満たない飴と同じ成分を含んだ餌を与えていたモルモットだ。これに特効薬を飲ませて、成分が分解されれば後は人間に飲ませるだけだ」


 ネージュが予想していた通り、アムレートの協力によって特効薬の研究は順調すぎるくらいだった。

 それでも、試作品が出来るまでに、早くも1ヶ月が経とうとしていた。


「イオンッ! さっきの臨床実験ってやつ、どうなったの!?」


 部屋に戻るなり、穏やかに檻の中で眠るモルモットを見つめてシオンは不安そうな顔をした。


「……成功だよ。もちろん、何匹も試して……その、ダメだった時を経て改良も重ねているから、試作品としての信頼性はまずまずっていうところかな」


 日に日に庭に増えていったモルモットのお墓に視線を向けて、罪悪感からかイオンはそっと目を伏せた。


「……イオン、アムレート、ありがとうね。君たちも、私たちの我儘に付き合ってくれてありがとう。ごめんね」


 お墓の前にしゃがみ込むと、シオンはそっと手を合わせて目を閉じた。

 動物愛護、元の世界にいた時だったら無責任に可哀想だと言ってしまっていたかもしれない。けれど、その必要性は当事者になってみて、シオンの身に重くのしかかった。


「ちゃんと、受け入れるよ。魔法があったって、一朝一夕でいかないことくらい、私だって分かってるからね」


「お陰で試作品も完成と言える。あとはこの試作品に魔法で試験をいくつかやって……」


「お前ら……っ!! 早く医療塔へ戻れっ……!」


 ノックすることなく、慌てた様子のヴォーロが飛び込んできて青い顔で叫んだ。


「ヴォーロ!? 材料の輸送は明日のはずじゃ……」


「んなこと言ってる場合じゃねぇ! お前らの仲間のフリージアの容態に異変があった」


「「フリージアの……っ!?」」


 シオンとジェイドの表情から一気に血の気が引いた。


「なんで!? フリージアより前から同じ症状の人たちも魔法で症状が進むのを止めてるって……」


「それが、姉貴が言うには……何者かにフリージアの装置が解除されてたって話だ。気がついてすぐに魔法をかけ直したが、容態が悪化しすぎている……と」


「なに……それ……。……っ、誰がそんなことを……」


「敵が何者なのか、分からないけれど……僕達が特効薬を作っていることがバレたのかもしれない。それで脅しとしてか、人質としてなのか……フリージアが狙われた……」


 バァァァンッッッ!


 壁を殴り付ける音が響き渡り、全員が音のする方を振り返った。

 そこには、今までに見た事のない怒りの表情を浮かべるジェイドがいた。


「なんで……っ、どうしてフリージアなんだ……っ! 俺が……俺だったら良かったのに……っ」


「ジェイド…………。ねぇ、イオン。試作品は出来たんだよね、今すぐネージュさんのところに行こう!」


「いや……そうしたいのは山々なんだ。だけど……だけど、まだ人間に使ってもいい段階かは分からない。もう少し……最終調整に時間がいる……」


「そんな、それってどれくらいかかるの!?」


「普通、1ヶ月でも早い方なんだ……僕とアムレートが徹夜して、最低限の試験だけを急いでも1週間はかかる」


 イオンが悔しそうに唇を噛んだ。

 アムレートの表情は、シオンの位置からは見えなかった。


「おいおいおいおいっ! オレもフリージアの容態は見てきた、あれはどう見たってそんな悠長なこと言ってられる状態じゃねぇぞ!」


「ヴォーロ……」


「……あぁ、もう。お前らが言いにくいならオレから言ってやる。姉貴がら聞いた症状、もうフリージアは限界だ。もって2.3日……そんなに待てねぇ。だから……特効薬そいつを飲ませるか否か、覚悟を決めろ」


 端的に述べられた言葉が、シオン達を明確に絶望へと落とし込んだ。


 フリージアを諦める訳にはいかない、けれど、ヴォーロの言う通り一か八かで試作品を飲ませる以外、選択肢は残っていなかった。


「……現実的に考えて、試作品これを飲ませるのは反対だ。まだ人の口に入れる段階じゃない。魔法による試験もまだ終わっていないんだ。……これが毒になるか薬になるかも分からないんだ……研究者として到底許可は出来ないよ」


 いつも余裕満ちたイオンから告げられた完全な拒絶は、医者に告げられる余命宣告にも似た力を持っていた。


 絶望が拡がり、静寂が訪れる。

 どうにかしたいのに、何も出来ない無力感に誰もが項垂れていたその時だった。


 パシッ。


「ジンガ……?」


 イオンが持っていた特効薬の試作品を、ジンガが奪い取って間髪かんぱつ入れずに飲み干した。


「…………にがっ。……これで他の異変が起きずに、僕の身体の中から飴の成分が消滅していたら問題はないんだろう?」


 あまりにあっさりと言ってのけるジンガに、その場にいた全員がぽかんとただ見つめていた。


「え? ジンガ……何、やってんの……?」


 シオンの問いかけに、ジンガは何事も無かったかのように平然と答える。


「別に。この1ヶ月、散々検査に付き合わされて、ずっと見ていたからね。この二人が天才なのはわかっている。その二人が完成させたモノなら、問題ないはないだろう。……僕をみじめたらしくした、この忌々しい飴をさっさと僕の身体から消し去ってしまいたかっただけさ」


「……いや、そんなの嘘だ。だって……、ジンガはそんな危険を侵すようなやつじゃないでしょ。まだ安全かも分からないのに飲んじゃうなんて……まさか、フリージアの為に……?」


「ふんっ。余計な勘ぐりを入れられても困る。フリージア・エキナセアがどうなったところで、僕にはなんの関係もな……っ!?」


 ジンガの身体に異変が起こる。

 青ざめた顔で冷や汗をかきながら、胸を掻きむしって苦しむジンガに、悲鳴のような心配する声が上がる。


「ジンガッ……! ねぇっ、ほんとに大丈夫……っ!?」


「うる、さい。少し、黙っててくれないか、な……」


 うずくまって意識を保つのがギリギリといった様子の中、ジンガは悪態をついてシオン達を追い払おうとする。


「……ぅ、ぐ……っ!」


「「……ジンガッ……!」」


 ついには、床に倒れ込んでもがき苦しむジンガを、シオンとジェイドは為す術もなく見つめることしか出来なかった。


「二人ともどいて。僕には痛みを和らげるような魔法しかかけてあげられないけど……少しはマシなはずだよ」


「ねぇっ、イオン……! これ、ジンガは大丈夫なんだよね……っ! ふ、二人は……天才、なんだもんね。試作品って言っても大丈夫に決まってるよね……っ」


「理論上は完成しているよ。けれど、大丈夫とは言いきれない。保証がないからこそ、試作品と呼んでいるんだ」


「そんな……っ」


「この様子なら、恐らく……効果は出ているはず。今、ジンガの身体の中ではウイルスを倒すみたいに、飴の成分を消し切ろうと戦っているんだ。ただ、こんなに苦しむなんて……消し切るまでにジンガが耐えられるかどうか。だから……今の僕らに出来るのは、ジンガ自身の気力を信じることしか……」


 すがるようなシオンに、イオンは研究者として淡々と応えた。その瞳の中に、研究者として一人の命を背負う覚悟を感じたシオンは、それ以上何も言うことは出来なかった。


 イオンもまた、自分の戦場で戦っているのだ。


「……ジンガ、お願い。頑張って……」


 もがき苦しむジンガの手を握るシオン。


 その様子を遠巻きに観察しているアムレートの瞳は、ビー玉のように無機質にジンガの姿を映していた。

 まるで、実験用のモルモットを眺めているような異質な兄の様子に、ヴォーロは気付かないふりをしてそっと目を伏せた。


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