2 警備員さん


 私は中学一年生で、私立の学校に通っている。そして、小学五年生から中学受験のために塾に通っていた。

 塾はショッピングモールの中を通って、短い信号機のない横断歩道を渡ったところにある。


 私は自分から中学受験をしたいと言ったはいいものの、勉強に対するモチベーションは少なく、勉強が嫌いだった。

 日曜日、朝九時からまた地獄が始まるのかと、思いながら塾に行く。塾が見えてきた。そこはしんどい授業をして、テストを設ける敵でもあり、志望校に合格させてくれるかもしれない味方である。

 そして生気のない顔で横断歩道を渡る。いつも、警備員のおっちゃんが立っている。帰りもそうだ。十九時、やっと地獄から解放された、明日は月曜日、学校だ……と絶望しながら、横断歩道を渡る時。その時も同じ警備員さんが立っている。

 私が警備員さんを気にしたことはあまりない。だが、夜九時まで塾に残って一階の大きな机で勉強していた時に、警備員さんが、塾の中に入ってきて、なんだろう、と気にしていたら、

「夜九時で今日の業務を終わらさせていただきます」

 と、一言頭を下げて言った。事務作業をしていた数人の先生たちは、みんなパソコンに向かってカタカタしていて、塾長がまるで心がこもっていると思えない小さい声で、「はい、ありがとうございます」と言っただけだった。

 塾から雇われてずっと横断歩道に立って警備してくれていたのに、えらく先生たち、塩対応だな、とその時は思っていたが、塾の先生は全員基本的にとんでもなく忙しいんだろう。忙しいし、子供の親からの圧や小学生の未来を決める受験の責任が全てのしかかっている。中学受験の集団塾には常に異様な空気が漂っている。だから警備員さんまで気配りできなかったのかもしれない。しょうがないといわれればしょうがない。


 私の受験を支えてくれたのは先生と親だとは思う。だが、警備員さんにも感謝をするべきではないだろうかと思うようになった。

 もし警備員さんがあそこに立っていなかったら、模試結果に絶望していた私がふらふら〜と渡り車にはねられるなんてこともあったかもしれない。

 そう思うと、警備員さん、ありがとう。命守ってくれてありがとう、と思うのだ。自分が意識していない日常の中に誰かの助けがあって生きている。

 塾はもう辞めたが、中学生になってからもそこを渡ることは一週間に一度くらいある。その度に、警備員さんが赤い誘導棒を振って「はい、どうぞー」と誘導してくれる。精神に余裕ができた私はそれに「ありがとうございます」と返すようになった。


 だが、ある日、警備員のおっちゃんは横断歩道から姿を消していた。一週間前まではいた。時刻は十七時。いつもだったらいるはずだ。

 塾から解雇されたか、退職したか、色々な想像が頭を巡る。絶対いつもいた。受験生の時、見なかった日がない。

 悲しい、というほどその人と会話したことはない。しかし、その横断歩道は違和感があった。人がいない、無人の横断歩道。それが普通だが、この場所ではそれは普通ではない。

 右左右、と自分で確認する。よし、車きてない。一歩踏み出す。

 すると「はい、どうぞー」と、お決まりの台詞が聴こえたような気がした。

 

 

 

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みじかい随筆 朝日翼 @asahi-tsubasa

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