梅雨

「」

梅雨

その日は長かったその年の梅雨を象徴するようにジメジメとした嫌な空気だった。

道端には雨で濡れたクローバーが花を咲かせており、並木からは雨のせいで飛べずに、寒そうに縮こまる鳩が悲しそうにこちらを見つめていた。

明日から梅雨が明けるという予報は私には二つの意味で信用できなかった。

この子頃からずっと今でも心の奥では、雲は見えないのに本当に雨が降らないとは信用することはできない。



私は中学生にときにいじめられて、一度不登校になった。

当時は14歳。厨二病真っ盛りの時期であるとともに、思春期でもあった。


いじめられたことで、私は自分自身の存在が否定されているような気がして許せなかった。

仕返しのためにわざわざ学校に行くことをやめ、狙い通りに私が何もせずとも、いじめの噂は瞬く間に近所中に広まっていった。


こそこそと噂話をする大人たちをベランダから見下ろしながら、今あいつらがどんな思いをしているのかを想像して胸が高鳴った。

私は被害者という立場を完璧に利用してみせたのだ。

いつもならば私の敵である親たちが、今回ばかりは私の味方だった。

当たり前だ。私は被害者なのだから。


「ああ。最高だ。」



そしてそのときにはすでに中学にはもう行かないと決めていたため、高校デビューをすると決意した。

進学する気なら勉強しなさい、と母に言われても私は自分の部屋でひたすら流行りのファッションを分析し、勉強した。


勉強は疎かにしていたせいで、近所のあまり評判の良くない学校に行くことになったが、正直ちょうどいいと思っていた。


中途半端に頭のいい学校に行くと自称進学校特有の理不尽な校則に縛られておしゃれができなくなるかもしれなかったからだ。


以前からの準備の甲斐もあって私の高校デビューは無事に成功し、陽キャとして堂々スクールカースト最上位に君臨した。

可愛い、と言われるたびに気分が高揚し、教室の隅で私の話をしている人たちの声が聞こえるたびに、承認欲求が満たされていった。


「ああ。気持ちいい。」


しかし私の承認欲求はそれだけでは収まらなかった。

学校一のイケメンにアタックを仕掛けた。

彼は、一歳年上の高身長イケメンで金髪ショートヘアで耳にはピアスが開いており、

いかにもチャラそうな見た目で、性格も本当にチャラい男だった。

彼に好意を寄せていた女子から色んな嫌がらせをされた。

でも彼に少し褒められただけで、何もかもを忘れてしまえた。

それほど当時の私は彼に夢中だった。

まだ梅雨だったためどんよりとしていた空模様とは対照に、彼が最高に輝いていて見えたのを今でも覚えてる。

私たちを祝うかのように次の日から梅雨が明け、正式に恋人関係となった。


夏休みはまさに最高だった。

青い空の下で海にデートに行ったし、クラスの陽キャたちとキャンプにも行った。

どれだけ日差しが照りつけてきてもあのときは本当に楽しかった。

当時はまさかあんなことになるとは思っていなかった。



一年後、私は二年生に進学し、一年の短さを痛感しながら新入生を迎え、気付けばゴールデンウィークが過ぎ去っていた。

少し前に咲いたたんぽぽはもうたくさんの足跡とともに萎れていた。

そのとき私に、薄々感じていた違和感が確信に変わった。

ゴールデンウィークなのに遊びに行かないカップル━━━━━

それはもうカップルとして終わっている。

もちろん彼からの誘いもない。

つまり彼との関係はもうすでに破綻していた。


恐らく新入生だろう。

薄々気づいてはいた。

女の勘というやつだろうか。

それせも彼に裏切られたことを確信したときの絶望感は、私の古傷を以前よりも深く確かにえぐった。


この気持ちのやり場を探そうとした瞬間、考える間も無く答えが出た。


「仕返しだ。」



証拠を見つけるのは簡単だった。


ゴールデンウィーク明け初日の放課後に学校のすぐそばの学校の施設と化したカフェで、彼は知らない女と悠々といちゃついていた。

気付かれるかもしれないという不安はないのだろうか。

とりあえず二人の写真をスマホにおさめ、もっと確かな証拠を掴むために尾行することにした。


二人がカフェを出る少し前から、天気雨が降っていた。

すぐにやむだろうと思っていたが相合傘をしながら帰る二人を見ている時間は、

商店街に飾ってあるピンク色の撫子の花ビラを1枚1枚割いて気を紛らわせた。

どうせ一つ無くなったとしても、まるで何もなかったかのように他の花がたくさん

咲き誇るのだから大した問題にはならないだろう。


二人は別れ際にキスをしていたのでその写真を撮った。

去年の私と似ている。

ただただ素直に、熱烈に、彼のことが好きなのだろう。

周りが見えなくなるほどに。

もしかすると私は誰か女の先輩から彼を奪ってしまったのかもしれない。


「なんだか嫌な気分ね。」



瞬く間にときは流れ、一学期の終業式となった。

今の時刻は8時30分。

もう式は始まっているだろう。

彼とは学年が違うためGW以降全く会わずに今日を迎えることができた。

無慈悲にも冷たい雨が凄まじい勢いで私の体を突き刺す。

道路には少し前に花が咲いたたんぽぽがたくさんの足跡とともに萎れていた。

私はトドメを刺すように最後になるであろう足跡を刻んだ。

何故か私と似ているような気がした。

私はそのまま雨に降られながら走って学校まで向かった。


学校に正門にはには赤い薔薇が飾られていたが何故かもう捨てたはずの感情が呼び起されそうな気がしたので私がついさっき花びらをいい加減に一枚一枚全て散らした。


体育館に着いた頃には校長の長話が終わり、生徒会長が挨拶をしていた。

終われば私の出番となる。

生徒会長選挙に出馬する人たちにとっては、今日はアピールの大チャンスだ。

嘘を言って利用させてもらうことにしたのだ。


会長が台を降り、私の番となった。

ずぶ濡れの私が台上に登ったのをみて、皆は騒然としている。

収拾のつかないほど動揺している皆に畳み掛けるように私はマイクで彼の名前を呼んだ。


「━━━━━君、台の上に来なさい」


ざわつきが急に静まり返り、彼に注目が集まった。

堂々と浮気をするほど厚かましい彼でも全校の生徒、教師の前では屈するしかないだろう。

彼が台上に登ってきたときにはもう血の気が引いていた。

そして私は彼の不安げな表情を一蹴した。


「まさかあなたが浮気するなんて、証拠も押さえてあるから、もうわかれましょう」


彼は唖然としていたが次第に顔が赤くなってきた。

全校生徒の前で晒されたことが恥ずかしかったのか、それとも怒りが込み上げてきたのか、どちらかはわからないが私に対して、敵意をむき出しになっている。

このままだと彼が何をしてくるのか分からない。

私は彼との距離を詰め、腕を引き、腰を捻り、右足に重心を乗せた。


ボコッ


彼は2mほど後ろに吹き飛び何が起きたのか分からずに困惑している様子だった。

もう何色の顔をしているのか表せたものではない。

人間の顔はしていなかったが。

最後に一言、マイクの前でボソッとサイテー、と言ってやった。


この前以上に自身の気持ちの昂りを感じる。

今、一体私はどんな顔をしているのだろうか。

きっと悪魔のような笑みを浮かべているに違いない。

楽しいどころではない。

この気分は━━━━━


「ああ。最高だ。」


外では先ほどとは比べ物にならないほどの豪雨が、やむ兆しなく降り続けていた。

梅雨の雨がまだ乾ききらない水たまりはバケツをひっくり返したかのような雨に全て流されてしまった。

私はそのときからずっとそのやり方以外は知らなかった。

その日と同じ大雨の日。

私は人生というバケツをひっくり返した。

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梅雨 「」 @yaezakura_rui

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