別れのワルツ
一寿 三彩
別れのワルツ
不真面目な僕に付き合ってくれて、本当にありがとう。やっぱり、あの日、学校の屋上で授業をサボっていて良かったと、しみじみ思います。
僕のしでかしてきた、ちっちゃな悪事の中で、あの日あの場所でサボろうと決めたことを誇りに思うのです。僕の人生で、あの判断だけが唯一正しかったと言っても過言ではないでしょう。
太陽よりも明るい笑顔で、君は腕いっぱいにお菓子を抱えて屋上へやって来ました。それが僕たちの出会いでしたね。
「まさか先客がいるとは思わなかった!」
あの人懐っこい笑顔は印象的でした。
そんな君は、一回くらい授業をサボってみたかったんだよねと楽しげに言うので「じゃあ次の授業も一緒にサボる?」と誘ってみたところ
「サボったらダメじゃん」とバッサリ切り捨てられたこともよく覚えています。
そんな天真爛漫な君と付き合うことになって、高校を卒業した後、少し疎遠気味になりましたね。別々の大学に行くと、交友関係も広がって仕方がないことですが、すれ違うことが多くなりました。
今ならはっきりと言えますが、本当はあの時、寂しかったんですよ。
高校を卒業する頃には、君のおかげでちっちゃな悪事から足を洗った僕でしたが、疎遠になってしまって、君の気を引こうとちょっとグレてみようかと思ったこともありました。
結局、思いとどまりましたが。
そうして細々とお付き合いを続けて、僕の限界が来たのが大学二年生の時ですね。「同棲しよう!」と言うのがあんなに勇気のいることだったなんて知りませんでした。
脳内シミュレーションではもっとかっこよく言えていたのに、と思ってました。僕は君の前ではいつもちょっとダサいんです。
「私のことを少し覗き込むみたいな感じで、いつも隣にいてくれるでしょ? それがなんか大切に思ってくれてるんだなって伝わってきて、好きなんだよね」
僕のことをそんなふうに言ってましたね。
こんなことを女性に言うのは憚られるかもしれないけれど、どちらかと言えば君の方が、かっこいいよ。どうしてそう、自然に僕をドキドキさせてくれんだ?
そして僕たちは結婚して、2人の子供に恵まれて、お父さんとお母さんになりました。
夜泣きの酷かった長女は、夜な夜な交代であやして仮眠をとったりしてましたね。
布団に下ろすとすぐに泣き出すので、しばらくの間、長女のことは愛をこめて『爆弾』と呼んでいたことも懐かしいです。
そんな子供たちも今や家を出て、たまに正月に帰ってくるくらいですから、時の流れは早いです。
でもまた2人で過ごす時間が増えて、僕はちょっと新婚気分でもありました。何十年経っても僕は君のことが好きなんですね。
ここ十数年は、子供たちのお母さんとして、僕はお父さんとして役割を全うしていた訳ですから、その荷が降りたというんでしょうか。
何となく懐かしい感じがしたんですよね。僕のための君が戻ってきた、みたいな。亭主関白な言い方ですけれど、ほんとにそんな感じがしたんです。
やっぱり僕と2人でいる時の君はとても素敵だなって。
*
僕は病室のベッドのそばで、冷たくなった妻の手を握って俯いていた。
涙ってこんなに生温かったっけと思いながら、僕は妻と過ごした日々を思い返す。
雨の日も晴れの日も雪の日も、どの景色を切り取っても、向日葵みたいな笑顔の君が脳裏に過ぎる。
辛いことも、大変なことも沢山あったけれど、君がいるだけでどんな事でも乗り越えられた。
ふと、少し前に君が言っていたことを思い出す。
『私の方が先に死ねたら幸せ』
今になってそう願う気持ちが分かった。
別れを見送るのは、つらい。この先僕の命が何十年も続くのなら、後を追っていただろうけれどでも、幸いというべきか、僕ももう老体だ。
君との思い出を振り返っているうちに、気づいたらそっちに行ってるかもしれない。
そうそう、さっきから電話があって、去年結婚した孫の子供が産まれたらしいよ。
僕たちの曾孫だね。
君の生まれ変わりなのかな?って話していたんだよ。
この続きは僕がしっかり見届けて君への土産話にするから、もう少し待っていてね。
ああ、僕は君に出会えて本当に幸運だった。
男がこんな事言うのは情けないけれど、幸せにしてくれてありがとう。
いい人生だったと、君も言ってくれていると嬉しいな。
──────終わり。
別れのワルツ 一寿 三彩 @ichijyu
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