第22話「隠すなら上手に隠して」

 放課後は相変わらず麻央まおの部屋で勉強しているが、やっぱり互いへの質問の回数が違う気がする。

 今日数えただけでも明らかに彼女が訊く回数より、私が訊く回数の方が多い。

 まあ麻央が私に訊いてくるのはたいてい私の得意教科だけだし、単純に私の得意教科が多くないって話かもしれないけど。


 麻央が私に訊かない時、彼女は少し問題を読んでは解いて、読んでは解いてを繰り返し、彼女の手が止まることはなかった。

 何か羨ましいな。

 私がちょっと詰まった問題も、麻央が止まることはない。

 実際は頭の中でちゃんと考えているんだと思う。


 けど、全部考えなくてもわかりますみたいな解き方が、どんどんと私を焦らせる。

 次のテストで一位を取らないといけないのに。

 このままだと、私の方が彼女のいる良さを教えられた上、二位まで逃すなんてことになりかねない。


 なんで私いつも麻央に勝てないんだろう……。

 条件は同じなはずなのに。

 自己嫌悪に陥りながらも、彼女の止まらずに動き続ける自動書記のような所作に見とれていると、急にスマホが鳴った。


 私の通知音じゃない。

 それにこの通知音は聞いたことがある……。

 麻央を通話を知らせてくるノイズに気が付いたのか、スマホに目を移す。

 ただ一瞬だけ嫌そうに顔をゆがめ、通話を拒否しようとしたところで、私は言った。


「出なよ。私は勉強してるから」

「いい。出ない」


 尚も通話を切ろうとしている彼女の腕をつかむと、普段手を握る時よりちょっとだけ力を込める。


「出ていいって言ってる。気にしないから」

「わかった……」


 麻央はそう言って通話をとると「なに?」と不機嫌そうな声で通話に出ると、一言二言話しながら部屋の外に消えてしまった。


「大分親しそうだったな……」


 私以外のそこそこ仲のいい友達と話す時ですら敬語で話している麻央が、今は全く使っていなかった。

 まあ直接通話を掛けてくるような相手だし、親しいは親しいんだろうけど。


 相手は誰なんだろう。

 私より親しいんだろうかなんて考えると不思議と胸が締め付けられる。

 私が麻央と会うのを拒絶してから高校に入るまで、彼女がどんな交友関係を送っていたのかは知らない。


 けど多分高校でもモテてるし、中学でも負けず劣らずという感じだったんだろうなと思う。

 小学校の時点で大分可愛かったしね……。


 ドア越しに彼女の気配を感じながらじっとドアの方を眺めていると、ゆっくりとドアが開き神妙な面持ちの麻央が入ってきた。

 通話に出た時点で大分イラついていたように思えたけど、今はその数倍は酷い気がする。


「ごめん」


 麻央は部屋に戻るなり大きくため息を吐くと、開口一番そう言った。

「誰と話してたの?」そう訊きそうになって、慌てて口を閉じる。


 前も同じようなことを聞いて喧嘩になった。

 どうせ今回訊いても私には関係ないと言われるに決まっている。

 あの時は失敗してしまったけど、今回は違う。

 何も訊くな。

 心の奥底から誰のものかわからない声が聞こえる。

 気にしなくていい。

 クリスマスが過ぎたら私たちはどうせまた他人に戻る。


 ここで踏み込んで私たちの関係が苦い思い出になってしまうくらいだったら、なにも気が付いてないふりをして、今まで通りの関係を保ったほうがいい。

 私は平静を装って尋ねた。


「なにが?」

「ちょっと呼び出されたので行かないと」


 呼び出し、か。

 時計を見ると、時刻はもうすぐ二十時半を回るところだった。

 こんな時間に呼び出しって誰だろう。

 相手は社会人とかかな。

 残業してたらこのくらいになりそう。


 それか予備校に行ってる学生か。

 あとはバイト終わりとかでも自然かな……。

 私は妙に冷静に考えられている自分に驚きながらも、それが麻央に悟られないように私は言った。


「わかった、いい時間だし今日は私も帰るね。もう夜だし気を付けて」

「え、ねえ、ちょっ……」


 そう言いかけた麻央の顔を見たけど、どんな声を掛けたらいいのかわからない。

 ここで私が責めたら満足したんだろうか。

 もともと今日は予定がないと言っていたし……。


 けどここで麻央のことを責めてもなんにもならない。

 これ以上彼女が何か言う前に机の上に散らかった勉強道具をまとめると、私はろくに彼女の顔を見ずに家を出た。

 相手が気にならないかと言われたら大嘘おおうそだ。

 できることなら誰から来たのか問いただしたい。

 事と次第によっては一緒について行って、私とそいつどっちを選ぶのか聞いてみたい。


 まあ突然麻央の前から消えた時点で私の信用は失墜しただろうし、どうせ私が負けるんだろうけど。

 おまけに私との関係はクリスマスまでっていう期限付きだ。

 なにか連絡が来るのを嫌がっているように見えたけど、倦怠期ってやつかな。

 けどそれでもちゃんと出るってことは、終わりかけの関係じゃないんだろうけど。


「やっぱり恋人なのかな」

「やだなぁ……」


 街灯しか明かりがない中、独り歩くとそんな声が漏れる。

 どんなに考えないようにしようと思っても、あの日見た誰かと歩く彼女の後ろ姿が離れなくて嫌になる。

 あの頃の彼女なんかクラスメイトの一人だったはずなのに、いつの間にか私の記憶の中にこびりついて剥がれなくなってしまっていた。


 まあ彼女の中では私だって遊んでいるということになっているし、麻央ももしかしたら今の私と同じような思いをしてるのかもしれない。

 というか、そう思ってくれたら嬉しい……。

 別れたあともちょっとは私のこと思い出して後悔してほしいな……。


 次のテストで私が勝てるかはわからないけど、もし勝てたら今日の人が誰か教えてって言ってもいいな。

 どんな人かわからないけど、きっと私よりいい人だろうし。

 私に勝ち目がないと完全に分かれば、三学期以降も今までの私と同じように振舞えると思う。


「最悪っ……」


 さっきから歪みかけていた視界が完全にぼやけてしまって、私は路上にしゃがみこんだ。

 冷たい空気が嫌に肌に刺すけど、そんなのはどうでもいい……。

 拭っても拭っても涙が溢れてきて、目の周りがヒリヒリと痛む。

 今更こんなことを願っても遅いのはわかっている。

 けどできることなら、今までの麻央との関係を全部なかったことにしてしまいたい。

 そうすれば、麻央が誰と一緒にいようが気にならなくなるのに……。

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