第2話「呼びだされるなんて聞いてない」
昨日勢いとはいえ、
ただ幸いなことに学校にいる間は彼女から話しかけられることはなく、今までと何一つ変わらなかった。
やっぱり昨日の約束は冗談の一種みたいなもので、真に受けないほうがいいんだろうか。
なんで私に頼むのかとかも意味わかんないし、和泉の気まぐれだったのかも。
まあ二位取ってへこんでる奴とか
前はそんなことを言うタイプではなかった気がするけど。
でも三、四年も関わらないでいたら私の知らない和泉になっていても不思議じゃない。
年上の恋人いるなら何か教えられたり変な影響受けたりとかもあるかもしれないし。
などと考えていると、放課後になってすぐ交換したばかりの真っ新なトークルームにメッセージが来ていた。
『ねえ
そういえば付き合うってなってからいきなり名前呼びになってるし、私の都合なんか関係なく来いと送ってきて、どこから文句を言ったらいいのかわからない。
それとも付き合うとこんないきなり距離って詰まるものなの?
私の感覚がおかしいだけ?
って思ったけど、多分違う。
普通ほぼ他人からいきなり付き合うなんて無いし、私がおかしいんじゃなくて和泉がおかしいだけだ。
幸か不幸か今日は予定がない。
家に帰ったところでどうせ何をしようかと考えているとあっという間に午後十時になるんだろうし、暇つぶし代わりに行ってもいいか。
もしつまらないようなら文句だけ言って帰ればいいし。
私の送った「わかった行く」という返事にOKと描かれたファンシーなスタンプが返ってくるのを確認すると、私は和泉の家へ向かった。
◇
「待ってた」
和泉の家に着くと部屋着に着替えた彼女が出迎えてくれた。
普段のきっちりとした制服姿とはまるで別人のように思える。
肩口から落ちかけたスウェットが鎖骨をちらりとのぞかせ、細長い脚がハーフパンツの下から伸びている。
……こんな和泉の姿、別に興味ない。
そう言えたらいいのに、私は思わず息をのんだ。
昨日までの印象と違いすぎて、どこか視線を逸らしたくなる。
彼女のことを綺麗だとか可愛いだとか言っている連中がこんな姿見たら卒倒するだろう。
昨日の挑発的な言葉で、和泉に対する好感度がゼロを下回ったはずだった。
なのに部屋着姿の彼女を目にした瞬間、その評価は完全に揺らいでしまった。
ゆるめの部屋着は想像してなかったけど、なんか和泉には似合ってると思ってしまう。
彼女は私の反応を楽しむように微笑むと、「上がって」と促してくる。
和泉に案内され数年ぶりに入った彼女の部屋はあんまり変わってなかった。
相変わらず甘い心地のいい香りが漂っていて、他人の部屋なのに居心地は悪くない。
家具の配置も変化がなく、壁に並んだ棚の上には昔受賞した楯などがきれいに整頓されており、ベッドも相変わらずシーツがピンっと張って清潔さがあった。
ただ大多数は時間が止まったように変わっていないのに、少しだけ増えた楯や、発売されたばかりの本が何冊かある本棚など今までと少しだけ違うところに胸の奥がざわつく。
「適当なところに座って」と言われたので、明らかに私用に用意されたと思われるクッションに座ると、和泉は私が何か言う前に少し結露の付いたグラスを出してきた。
「なにこれ?」
「サイダー。好きでしょ、いつも飲んでたし」
「だった、だよ」
そう返しながら、私はグラスをじっと見つめる。
グラスの中では規則的に小さな泡が生み出され、表面まで上がってきている。
いつぶりだろうか。
小学生の頃は毎日でも飲みたいと思っていたはずなのに、いつの間にか飲まなくなっていたサイダーを、乾いてない喉に一気に流し込む。
喉の奥でパチパチと弾ける刺激と口いっぱいに広がる甘ったるさが懐かしい。
それと同時に、なぜ今これを和泉が私に出してくるのかがわからない。
私ですら今の今まで昔好きだったのを忘れていたのに。
和泉は中身が三分の一ほど残ったペットボトルを見せてきた。
「まだ飲む?」
「いらない。それよりなんで急に呼んだの?」
「好きな人に……会いたかったから?」
和泉は小首を傾げ意味深な笑みを浮かべてそう言った。
「……好きな人、ねぇ」
和泉にそう言われると、なんだか妙な気分になる。
違和感がすごい。
それでももし本当にその理由で呼んだなら、疑問形じゃなくて断定してほしい。
なんとなく調子を狂わされた気がして、疑問形で言ったことに対する仕返しのように笑顔を浮かべると言った。
「じゃあ会えたし、もう帰ってもいい?」
「んー嫌かな」
和泉はいたずらっぽく笑いながらそう言った。
私の胸の奥に、得体のしれないざわつきが広がる。
「莉那って急に呼び出されるの迷惑?」
彼女はそう言うと、ジッと私のことを見つめてきた。
彼女の視線は決して動くことなく私の目を見つめていて、私が絶対に迷惑だと言わないという自信が隠れている気がした。
まあこんなこと思いたくはないけど、和泉の顔は悪くないどころかすごくいい。
そんな彼女に笑顔で頼まれたら、無意識のうちに迷惑じゃないと言ってしまいそうになる。
「別に呼ぶのはいいけど、いつでも来るわけじゃないよ。私だって予定あるし」
「私のこと優先してくれないんだ」
途端に和泉は散歩を断られた大型犬のようにシュンと肩を落とした。
まあ恋人のいる良さを教えるとか、クリスマスまでだとか、恋人と呼ぶには大分無茶苦茶な関係だとは思うけど、仮にも恋人なら暇なときくらいは我満を聞いてあげてもいい。
そう、あくまで暇なときくらいは。
別に一気に浮かない顔になった和泉のことがかわいそうになったとかではないし。
暇つぶしの代わりに使ってあげるだけ。
わざとらしくため息を吐くと私は言った。
「事前に言ってくれればなんとかする。それより私を呼びだすってことは、和泉も私が呼びだしたらいつでも来てくれるつもりだったってことだよね?」
その言葉に反応するように、和泉は顔を近づけてくる。
「和泉じゃなくて
「なんで? 和泉でいいじゃん。私いずみって音好きだよ」
というより、昔麻央とか麻央ちゃんって呼んでたこと思い出して呼びたくない。
「莉那に麻央って呼んでほしいから」
ただ彼女にジッと目を見つめられると、嫌だとは言えなかった。
嫌だと言ってしまったら絶対理由を聞かれるだろうし、言ったところで納得してもらえるとは思えない。
「わかったよ……。で、麻央は私が呼んだら何してても来てくれるの?」
「来てほしい?」
さっきと打って変わって彼女はいたずらっ子のように笑った。
まあ、私に『来てほしい』と言わせたいんだろうな。
けど今は彼女の希望通りの答えを言いたい気分じゃない。
「来てくれるか聞いてるんだけど」
「……莉那が本当に来てほしいと思ってそうなら行く、この時間に呼んでも来るのかなみたいに試してそうなら行かない」
和泉から急に笑顔が消えると、そう言った。
多分これは本心なんだと思う。
ただいきなりそんな真面目なこと言われると温度差で風邪を引きそうになるからやめてほしい。
「そっか……」
私がそう言った後、和泉はなにも言わずに私のことを見つめてきた。
せめて何か話してくれと思ってしまうのは
ある程度気心知れた友達なら無言も悪くないし、まったくの他人なら話が途切れないように頑張ろうと思うが、和泉との間の無言は少しだけ居心地が悪い。
彼女に黙って見つめられると、昔突然彼女からの連絡を絶ったのを
無言で互いの顔を見つめあい、先に目を逸らしたほうが負けのような雰囲気が出来てきたころ、耐えられなくなってきた私の方から口を開いた。
「で、呼び出した本当の理由ってなに?」
いくら好きな……いや、私に会いたかったからと言って、それが理由のすべてだなんて到底信じられない。
信じたら、何かが崩れてしまいそうな気がする。
だからこそ、私が無条件で納得できるようなもっと適当な理由を言ってほしかった。
じゃないと、この気持ちの持っていきどころがない。
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