高校生活にも慣れてきた頃。

　自室のゲーミングチェアに座って水廻 琉海（すもうり るか）はスマホを見つめている。

「やっと来た」

　事前登録していたアプリのリリース通知が来て、琉海（るか）は早速インストールボタンを押した。

　メインターゲットが女性のキャラゲーを多く輩出しているゲーム会社の新作だ。

　正直、男子高生である琉海がこの手のゲームをやる事には気が引けるのだが、今回ばかりはインストールせざるを得なかった。

　

(アプリサイズデカいな。容量足りるか？　これ)

　

　双子の妹である瑠深（るみ）に頼み込まれ、やると言ってしまったこのゲーム。

　

『今回のはターゲットを広げて男性も楽しめるようにしましたって公式も言ってるから！　やろうよお兄ちゃん！　絶対ハマるからぁ』

　

　こんな調子で、リリース決定直後から毎日のように布教してくる妹に根負けした形だ。

　

「面白くなかったらやめるからな……」

　

　大事なリリース日だと言うのに、妹の瑠深（るみ）は補講で学校に居る。

　この場に居ない妹へ向けて文句を呟きつつ、インストールされたアプリのアイコンをタップ。

　アイコンは紹介映像でも最初に出てきた代表キャラが担当している。

　長く青い髪をひとつにまとめ、マリン帽を被った青年。

　桃色のタレ目、帽子と同じカラーリングの水兵の服。

　そんな子が無表情にこちらを見ているアイコンだ。

　ゲームが始まる。

　利用規約は適当に流して同意。

　サーバーを選び、ダウンロードを開始。

　

「世界観重くね？」

　ダウンロードバーの上に流れてくる世界観の説明やキャラ紹介を読んでいく。

　

　ザックり言えば海からやって来る人類の敵（魚神）に脅かされて滅びそうな地球を救うゲームらしい。

　プレイヤーは指揮官として救世主に指示を出すのだとか。

　死者数がどうのとか、最後の希望だとか、不穏な言葉が続いていてどうにも不安になる。

　

「絶対しんどいヤツじゃん」

　

　しんどくなったらやめようと決意。

　鬱ゲーはあまり好きじゃないのだ。

　ダウンロードは５分ほどで終わったので、スタート画面をタップした。

『ブルー・ブルー×イロウシェン』

　男性キャラの声でゲームタイトルが読み上げられる。

　水面に物が落ちる様な音がして、泡の音と共に沈んでいく演出が始まった。

　――所までは良かったのだが。

　

「なんだ!?」

　

　突然、座っていた椅子が消えたかと思うと床がぐにゃりと沈む。

　

　足から引きずり込まれるような、水（・）の（・）中（・）に（・）落（・）ち（・）て（・）行（・）く（・）ような、そんな感覚がした。

　

　――気付けば琉海（るか）は海の中に居た。

　

(なんなんだよこれっ)

　

　口の中に入ってくる海水と、肺から消えていく酸素。

　訳も分からず海底へ沈んでいく感覚でパニックになる。

　

　必死に水面へ手を伸ばすが、登っているのか沈んでいるのか、分からない。

　

　ただゲームをしようとしていただけなのに、どうしてこんな目に合わないといけないんだ！

　

　理不尽への怒りに支配されつつ、意識が遠のいて行く。

　

　――次に目を覚ましたのは、砂浜の上だった。

　海岸に打ち上げられている。

　口の中に濃い塩分の味が残っているが、幸い死んでいない。

「何が起きたんだよ……ってか、ここどこだよ」

　海水でベタつく髪をかきあげ、体を起こす。

　途端、強烈な違和感を覚えた。

(今喋ったの誰だ？　俺の声じゃないぞ……)

　それに、髪が長い。しかも金髪だ。琉海の髪は黒のはずなのに。

　そして、体が小さい。

　ワンピースを着ている、胸がある！

「何!? どういう事!?」

　状況を飲み込めない琉海。

　しかし、そんな彼に追い打ちをかけるようにまた新たな何かが、地上から海へ向かうようにやって来た。

　琉海の方へ近付いてくる形だ。

　人程の大きさが有る、体から手足の生えた魚。

　ヘドロをまとわりつかせ、ぺたぺたと気持ち悪い足音を立てる魚のような生き物が琉海へ近付いていた。

「何……？　誰？」

　 着ぐるみの類い……では、なさそうだ。

　本能が危険だと警笛を鳴らしている。

　しかし背後は海。

　魚を避けて逃げるにしても、どこへ逃げれば良いのか分からない。

「だ、誰か居ませんか」

　助けを求めようと呼びかけるが、周囲に人影は無い。

　ヘドロが飛んできて、琉海の足元に落ちた。

　砂が煙を立てて溶けていく。

「ひゅっ……」

　絶対絶命？

　縮こまり、胸元に手をやる。

　と、何やら宝石のような物が首からぶら下がっているのに気付いた。

「誰か――」

　ペンダントを握ると、目の前に半透明のモニターが映し出される。

　ホログラムのようだ。

　《“救世主（ヒーロー）”を召喚しますか》

　▶はい

　 いいえ

「っなんでも良い！　誰か！」

　わけも分からないまま、“はい”の部分に触れる。

　今何が起きているのだとか、このモニターがなんなのかだとか、そんな事を気にしている猶予は無い。

　《救世主召喚》

　モニターにそんな文字が表示されたかと思うと、画面が光った。

『究聖主連盟オリオン（・・・・）隊長、刺草 希洋（いらくさ きひろ）。指揮官様の呼び出しに応じて……えっと、なんて言うんだっけ？』

　呑気なBGMと共に、ブルー・ブルー×イロウシェンのアイコンで見た広告塔の青年が現れた。

「な、なんでも良いから助けてください！」

『分かった。アイツらを倒せば良いんだね？』

　モニターに《戦闘開始》の文字が浮かぶ。

　同時に希洋（きひろ）の手に水の剣が現れた。

　激しいBGMが流れる。

　モニターに《指示を》と表示され、チュートリアルの様な画面が始まった。

「何……この通りにしろって事？」

　チュートリアルの指示に従い、ミニキャラの希洋（きひろ）をタップ。

　続いて魚――魚神（ぎょじん）と書いてある――をタップ。

　ミニキャラの希洋が魚神の元へ走っていくのに合わせ、現実でも希洋が駆け出していた。

　自動（オート）で戦闘が進む。

『覚悟はできてるんだよね』

　みるみるうちに魚神は弱っていき、その場に倒れた。

　モニターからは魚神の姿が霧散して消えていく。

『勝ったよ！　指揮官様！』

　希洋が、晴れやかな笑顔で琉海を見ている。

　モニターにはMVP（・・・）の表示が。

「何……これゲームの世界って事!?」

　思わず叫んだ琉海を、希洋は不思議そうな目で見つめていた。

――――――

「――って感じなんだけど、何か知ってる？」

　

　突然異世界へ飛ばされてしまった琉海（るか）。

　しかも場所はミリしらも良い所の、ついさっき始めたばかりのソシャゲ世界。

　

　オマケに性別が変わっている。

　確認したから間違いない。

　

　諸々の事情を、先程召喚(?)した希洋（きひろ）に説明。

　

「うーん……俺も気が付いたら呼び出されて、よく分からないけど指揮官様だ（・・・・・）！　って気持ちになっただけだから……」

「分かんないかぁ……」

「うん。ごめんね」

「いや、こっちこそ」

　

　ザックリも良い所の曖昧な質問に答えようとしてくれただけ有難い。

　

「まぁ、とりあえずなんにせよここは危険すぎるから、究聖主連盟（きゅうせいしゅれんめい）を目指そう」

「究聖主連盟……？」

　

　そういえば、希洋（きひろ）が召喚(推定)されてきた時、究聖主連盟がなんたら〜と言っていた気がする。

　

「あぁそっか……知らないのか。説明するね」

「頼む」

　

「究聖主連盟ってのは、簡単に言えば救世主をまとめて管理する組織だね。

　究明するの究、聖なるの聖、主で究聖主連盟。研究所とかも併設されてるからこの名前なんだって。

　で、俺たち救世主は何人かで部隊を組んで、通報があったらすぐに駆け付ける。

　そんで、魚神（ぎょじん）と戦う。そんな感じ！」

「はい先生！」

「はい、琉海（るか）君」

　

　ビシッと勢い良く挙手した琉海（るか）。

　ノリに合わせて、希洋（きひろ）もエアメガネをクイッと押し上げた。

　

「魚神（ぎょじん）って何ですか？」

「いい質問だね。

　魚神って言うのはさっき戦ったみたいな、海から陸にやってくる魚の怪物だよ。

　人の手では傷を付けることもできなくて、救世力（・・・）に目覚めた人しか倒せないから、神の力を持つ魚、魚神って呼ばれるようになったんだ」

　

「……なるほど！」(分かってない)

　

　聞けば聞くほど知らない単語が出てくる。

　恐らく、ローディング画面なんかで説明が垂れ流されていたのだろうが……そこまで真剣に読んでいなかったので覚えていない。

　

「まぁ、ゆっくり覚えていけば良いと思うよ」

「分かった……」

「それで話を戻すんだけど、これから俺達は二人で究聖主連盟（きゅうせいしゅれんめい）を目指そうと思う」

「それはどこに有るの？」

「えーっと、ちょっと待ってね！　すぐ分かるはずだから」

　

　希洋（きひろ）が胸元から何か小さな機械を取り出した。

　

「……圏外だ。分かんないや」

「分かんないかぁ……」

　

　ダメじゃん。

　

「と、とりあえず、日の出の方向に歩けば良いからえっと……南（・）に進もう！」

「東じゃなくて!?」

「東だっけ？ ……東だね！」

「大丈夫かな……」

　

　――こうして、琉海（るか）の異世界での生活が始まった。

　

　スタートダッシュは心配になるものだったが、琉海（るか）と希洋（きひろ）の性格はとても相性が良いらしい。

　出会って僅かな時間しか経っていないが、すっかり打ち解けていた。

　

　服は歩いているうちに乾いた。塩でベタベタする。

「ほえぇ、じゃあこの世界にもボドゲ有るんだ」

「有るよ。最近新しいの買った所。多分着く頃には届いてるんじゃないかなぁ？」

「へぇ、どんなの？」

「四人で遊ぶやつで――」

　

　――太陽と時計を頼りに歩く事数時間。

　(アナログ時計なら時計を地面から水平に持ち、分針を太陽の方向に向けると、文字盤と短針の間が南だと分かる。

　午前なら文字盤の左側、午後なら右側が南だ。)

　

「琉海（るか）。俺、分かった事がある」

「……何？」

　

　慣れない体での長距離移動。

　琉海（るか）はすっかり体力を消耗してしまっていた。

　

「ここ、連盟までものすごく遠いかも！」

「……そっか！」

　

　じゃあダメじゃん。

　

「今日は野宿だね」

「異世界初日から野宿かぁ……」

　

　ハードすぎる。

　

「ゆっくりしてたら夜中になっちゃうから、急いで準備するね」

「俺も手伝う」

「ありがとう」

　

　せめてもの救いは、軽い手つきで火を起こす希洋（きひろ）が居る事だろうか。

　本当にハードな異世界転移モノはゼロ資材で、一人で一から野宿させられる事も有る。その分琉海（るか）は恵まれているかもしれない。

　

　異世界転移に幸も不幸も有ったものではない気がするが。

　

　――という事で、野営施設は完成。

　

　丁度いい洞穴が有ったのでそこを今夜の寝床とした。

　

　食事は希洋（きひろ）が捕まえてきた魚と、琉海（るか）の拾った木の実だ。

　

「魚、食べれるんだな」

「魚神が現れてから魚の数がすごく増えたんだって。知り合いの研究者が言ってた」

「はえぇ……」

　

　川魚を焼いただけの、現代人の味覚からするととても淡白な夕飯をとりつつ。

　淡白というか……うん。決して美味しくはない。

　すごく、魚だ。生臭い魚。塩が欲しい。

　

「食べ終わったら汗流して、寝よう。明日も早いしね」

「分かっ――」

　

　美味しくない魚をもしゃもしゃと食べていた琉海（るか）は、軽く流しそうになった。

　が、流してはいけない。

　

「どうしよう、裸になるじゃん」

「なるね？　……あっ」

「どうしよう！」

　

　服の上から胸を確認するのとは違う。

　汗とか塩とかを拭こうと思ったら、色々脱がないといけない！

　というかトイレとかどうしよう。

　

「……琉海（るか）、その体は今君のもの。好きにすればいいと思う」

「妙に悟った感じやめて!? 他人事だと思いやがって！」

「ごめんでも他人事だから！」

「薄情者！」

　

　苦肉の策として、(あと一人だと危ないから)希洋も道ずれとして二人で水浴びをした。

　汗と塩と、尊厳が流れて行った……。

　

「自分の体……せめて、せめて男の体で異世界来たかった……」

「付き合ってもない女と水浴びする変態になりたくなかったなぁ……」

　

　男女の水浴びという、たとえ中身が男同士だろうと何が起きてもおかしくないシチュエーション。

　しかし二人の目は死んでいた。

　

「俺、決めたよ。男になる。何がなんでも男の体を取り戻す」

「うん。それがいいと思う。そうしよう、頑張ろう」

　

　川岸、半裸の男女が手を取って誓い合った。

　

　なんだか肌寒い夜だったので、二人は早めに寝た。

　そんな調子で異世界の夜は更けていった――。

　

　

　

　――あとがき――――――

　

　ここまで読んでいただきありがとうございます。

　励みになりますので、フォロー、いいね、星評価、コメント、レビュー等いただけると嬉しいです。

　

　では、また次回！

　

　――――――――――

　――character profile――――

　

　刺草 希洋（いらくさ きひろ）

　 レアリティ: ？？？

　 クラス: 水剣士

　▼ プロフィール

「困ってる人を諦めるのは最後の手段。できること全部やって、何とかするのが救世主でしょ？」

　正義感が強く、心優しい青年。

　純粋だが人を見る目があり、彼の信じる人なら大丈夫と言われるほど信頼されている。

　困っている人だけでなく、困った動物などから助けを求められる事もある。

　▼ その他

　 * 好きなもの: ボードゲーム

　 * 嫌いなもの: 雪

　 * 趣味: アクアリウム

　 * 所属: 究聖主連盟/オリオン

　 * 誕生日: ８月７日