第4話

You can't get away from yourself by moving from one place to another.


どこへ行っても、己からは逃げられない。

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 僕は今、佐藤さんによる昨晩のことの問い詰めや、備品チーフの先輩からの非情な宣告を乗り越え、家に帰っていた。

 今日僕の身に起こったことは、僕の半年に渡る高校生活の中でも経験したことのない苦難だった…。

 今後、このレベルの苦難が僕の身に訪れないことを切に願うばかりだ。



 とりあえず、家に帰って僕がやることは…夕食を作って、勉強して…、そしてそれから――――、寝るだけか…。

 やっぱり、友達がいないとやることがないな…。友達が欲ちい……。

 しかしまあ、こんなことは中学のときからわかりきっていたことだ。

 今更、悲観するようなことでもないか。


 そうこう考えているうちに家に着いた。

 僕が今住んでいるのは、小さな賃貸マンションの一室だ。

 一応は三大都市圏とも呼ばれるような場所に、小さくともこうして部屋を用意して一人暮らしを許してくれた両親には感謝しかない。

 まあ、これも中学からの話で今更ではあるけどね。



 さっきから言っている通り僕がこの部屋に住むようになったのは、中学一年生のときからだ。僕の実家はここから二、三駅ぐらいしか離れていない。

 じゃあなんで、家族と別居してるのかという話になるわけだが…。

 当然、実家から今の高校に通うことはできるし、本来だったら僕はそうするべきなんだろう。

 でも、僕にそれはできない。なぜならば、僕の実家には………。



 いや、やめておこう。僕は何も覚えていない。何も思い出すことはない。

 ただただ、なにもせず平凡な高校生活を送るいち学生、僕はそうありたいんだ。それ以上にも、それ以下にもなりたくはない。

 だから僕は過去をなるべく思い出さないようにしている。


 僕は今を生きる平凡で友達のいないただの高校生――、それで十分だ。


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 そうは言っても僕の平凡な高校生活を守るために、僕は佐藤さんの誤解を解く必要がある。

 そのために、過去をあまり思い出したくない僕も彼女については思い出して頭をひねらないといけない。

 僕は部屋のベットに寝転がって、頭を悩ませる。


 そういえば、これも隣の同級生が話していたことだが、彼女は一年生の間のみならず他学年にも有名で人気らしい。

 ……で、そんな有名者で人気者でもある彼女が、なんか昼休みにキレていた相手が僕だ。

 しかも、まあまあな人数がその現場を目撃していた……うん、終わったな僕の平穏な生活。

 絶対にクラスメイトとかににらまれたりするんだろうな…。というか、佐藤さん、もうちょっと周りを見てから声をかけて欲しかったなぁ……。


 ……と愚痴って諦めるわけにもいかないので、何とか誤解を解く方法を考えなければ。

 思い返せば、まず彼女は、僕が昨晩の出来事を覚えていないことに怒っていたような気がする。そして、僕が静かにあの場を立ち去っていったことにも怒っていたように感じる。


 つまり僕がすべきなのは、次に彼女に出会ったら


「佐藤さん、君がチンピラ達に絡まれていたのは覚えていたよ。……でも僕もああいうの初めてでさ、佐藤さんを助けたかったんだけど怖くて逃げちゃったんだよ。ごめんね」


 という感じで、声をかける。すると…


「あぁ、そうだったのね。私こそごめんね。私も初めてのことだったから勘違いして、下沢君のこと誤解してひどいこと言っちゃった」

「ううん、僕は全然気にしてないよ。でも、皆の誤解は解いて欲しいんだけど……」

「勿論!下沢君、それじゃあね」

「うん、じゃあね」


 となるはずだ。その後は彼女と会うようなこともないはずなので、僕の平穏な日々は守られるという寸法だ。



 なんていう完璧な計画だろうか、僕のことながら惚れ惚れしてしまう。時代が時代だったら僕は、神算鬼謀の大軍師だったのかもしれない。


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 ようやく、僕の今後に関わる大問題を解決できたので夕食を作ることにした。

 ていうか、もう七時半だ。これじゃあ夕食というよりも夜食じゃん…。

 はあ…、厄日だ。



 しかし、そう思う割に僕はそんなに悲しんでなかったりする。

 なぜなら僕の作る食事はだいぶまずい、だから僕はそもそも夕食を楽しみにしていなかったのだ。



 なんでなんだろう…。中学生の頃から自炊しているはずなのに料理の味が全く良くならないのは。

 ……ちょっと言い訳をすると、僕の料理の見た目は本当に店とかと遜色そんしょくないし、手を込んで作っているんだけど――、味が薄いんだよね僕の料理。

 うーん、どうしてだろう。



 そう思っていたら、ある言葉が浮かんできた。

 ”食事は人と一緒に食べるからおいしいんだよ。。”

 昔、身近な誰かにそう言われたような気がした。

 


 いや、ただの気のせいに決まっている。

 だって、そんな理論がまかり通ったら、いかにも美味しそうに食事をしている孤独でグルメなおじさんも、実は美味しくないものを食べていたってことになるじゃないか。僕から見てもテレビのあの人は本当に美味しそうに食べていた。

 だから、”人と一緒に食べるから美味しい”ってことはないはずだ。そうに違いない。



 ダメだ。

 色んなことがあった日には、考える必要のない色んなことを考えてしまう。

 僕が考えるべきことは、僕が日々を平穏に過ごすために必要なことだけでいい。

 それだけが必要で、それ以外は要らない。

 僕はそう決めたはずだ。



 ……よし、こんな災難な日に起こったことは、さっさと寝て忘れるに限る。

 早く食事を作って食べて、風呂――は時間がかかるからシャワーにしてすぐに寝よう。


 あぁ、でもさすがに佐藤さんに言わなくちゃいけないことは覚えておかないと…。

 きたる明日、僕は彼女に言うべきことを言って彼女の誤解を解き、僕のいつもの平穏を取り戻して見せる!!


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 ヒロインパート終わったら、むっちゃ書きやすくなりました(驚愕)。



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