ゆるりと触る

からから

ゆるりと触る

「俺以外の男と手を繋いだら完全に浮気だから」

 それは付き合い始めた頃、彼に言われた言葉だ。私はそれに対して笑いながら「そんなことしないよ~」と言った。会話をするな、とか二人きりの瞬間を作るなとかだったら無理があったけど、手なんて付き合っていない異性と繋ぐわけがない。

 本当に、ずっと、心の底からそう想っていたのだ。



「綺麗な指だね」


 耳に入ってきたその声はとろけるようで思考がぼやけてしまう。

 ハンドクリームを塗っているだけで他には何のケアをしていない私の手を触りながらそう言ってくれる。特別荒れているわけではないが、綺麗だとも思ったことのない手に対して愛おしそうに撫でてくれるのだ。

 楽しくもないだろうに、手の甲を何度も往復させて触ったり、指を一本ずつまるで宝石でも見ているかのように丁寧にゆっくりと触っていく。

 それを私は振り払えない。今触れている人は彼氏じゃないのだ。嫌だと言って振り払えばいい。そもそも私は普段そこまでボディタッチが多い方じゃない。気持ち悪いから触らないでとはっきり言ってどこかに行けばいい。

 でも、金縛りにあったみたいに体が動かない。これは浮気なのに。手をゆっくりとなぞられているだけで体の力が上手く入らなくて逃げることが出来ないのだ。

 すると、私の手を触っているだけだったのに、今度は指と指の間に指を入れて握ってきた。こんなの、恋人繋ぎでしかない。今度こそ逃げないと。そう思うのに、手と手の隙間がないくらいぴったりと握られて上手く振りほどけない。

 私の手汗が気持ち悪がられないかな、なんてそんなことばかり頭をよぎってしまう。


「このままもっと握っていてもいい?」


 どろどろに甘いその声は私から考える力を奪って、気付いたら私の首は縦に動いていた。

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