再会は夢のスパイス。
紫桜みなと
第1話
私―琴 唄寧(こと うたね)は、新人歌手として日々研鑽を積んでいた。
歌手になるのが夢だった私は、数々のオーディションを突破し、遂に大手音楽プロダクション主催のオーディションに合格。歌手としてデビューし、日々活動を続けている。今日の仕事を終え、帰路につく私の心は、静かで深い疲労感に包まれていた。
「今日も疲れた…あれ?」
自宅に近づいてきた時、新しいレストランが建っている事に気付いた。控えめながらも洗練された外観に惹かれ、店の前まで歩いていく。21時を過ぎており営業は終了していたが、ショーウィンドウに飾られたサンプル料理はどれも美しく食欲をそそるものばかりだった。
「美味しそう…。」
その時、レストランのドアが開くと、中からスタッフらしき男性が出てきた。
「申し訳ありません、本日の営業はもう…あれ? 唄寧?」
男性は驚いた表情で私を見つめていたが、私もまた彼の顔を見て言葉を失った。
「雫季…?」
彼の名前は水鏡 雫季(みかがみ しずき)。
私の高校時代の同級生であり、元カレでもある。私達は高校時代に交際していたが、お互いの夢を応援する為に私から別れを切り出した。料理人を目指す雫季の夢を叶えるには、私が足枷になると考えたからだ。
「久し振りだな、唄寧。」
「久し振り。どうして雫季が此処に…?」
彼と最後に会ったのは高校の卒業式の日、あれから5年の月日が流れた。突然の再会に戸惑いを隠せずにいる私の姿を、雫季は優しい眼差しで見つめて微笑んだ。
「この店は俺がオーナーシェフをしているんだ。」
「…凄い。夢を叶えたんだね、雫季。」
唄寧は驚嘆の息を漏らし、雫季が自身の夢を叶えた事に深い感動を覚える。
「せっかくだし再会の記念に何か作ってやる、入れよ。」
雫季はそう言って私を店の中に招き入れる。
「いいの?…じゃあ遠慮なく。」
私は店内へと入り、カウンター席に座った。それを確認した雫季はキッチンへと入っていく。やがて料理が完成し、雫季はそれを私の前に差し出した。
「お待たせしました、苺のパフェです。」
目の前に現れたのは、まるで宝石を散りばめたような美しい苺のパフェ。私はそれをスプーンですくい、口に入れる。その瞬間、言葉を失った。
「美味しい…!」
それは、これまで食べた事のない、繊細で奥深い味わいだった。苺の甘酸っぱさとそれを引き立てる他の素材のハーモニーが絶妙で、雫季の情熱と愛情が込められているのが伝わってきた。
「これ、凄く美味しいよ!流石だね、雫季。」
「喜んで貰えて良かった。」
私は満面の笑みを浮かべて感謝を伝えると、雫季は照れ臭そうに微笑んだ。食事が終わると、私達は別れてからのそれぞれの生活や夢に向かって歩む中で経験した苦労を語り合った。
「そっか、雫季もあれから大変だったんだね。」
「まぁな。念願の店を持つ事が出来たものの、まだまだ未熟だと痛感したよ。末永く愛される店にする為には、常に新しい料理を追求して、お客さんを飽きさせない努力を続けなければならない。」
「私も…夢だった歌手になれたものの現実は厳しくて、人気が出ずに悩んでいるの。この状況が続けば数年後には活動を諦めざるを得なくなるかもしれない。」
「お互い、新たな夢に向かってるって事だな。」
夢を追いかける二人は互いに共感し、支え合える存在だった。その時、雫季は少し緊張した面持ちで私に言った。
「唄寧。俺達、またやり直さないか…?」
その言葉を聞いて、私は驚きで息をのむ。そして、目の前の雫季の顔がスローモーションのように近づいてくる。
「雫季…?」
「今度は…今度こそ、お互いの夢を一番近くで応援し合いたい。お前のそばにいたいんだ。」
彼の言葉が、私の心の奥底に染み渡る。
しかし私は、迷いを断ち切る様にきっぱりと首を横に振った。
「ごめんね、雫季。その気持ちには応えられない。」
「…理由を聞いて良いか?」
雫季は私の出した答えに内心動揺を隠せないでいたが、それでも平静を装い、努めて穏やかな口調で尋ねる。
「私はこれからもずっと貴方の夢を応援し続けたいの。勿論、自分の夢も。そばにいたいのは私も同じだよ…でもそれは違う形でも出来る。私達は友達としてお互いの夢を応援し合えるはず。それが私にとって一番大切な事なの。」
雫季は暫く考え込んでいたが、やがて静かに頷く。その彼の表情には諦めではなく、何処か清々しい光が宿っていた。
「分かった。お前の気持ち、ちゃんと伝わったよ。」
雫季は、お互いの夢に向かう未来の為に、再び私の言葉を受け入れてくれた。やがて私達は友達として付き合う様になり、雫季のレストランは私にとっての憩いの場となった。互いの夢を応援し、支え合いながらそれぞれの道を歩む。
友情という名の絆で繋がれた私達二人の未来は、輝かしい光に満ちている。
再会は夢のスパイス。 紫桜みなと @hayanin
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