第50話 遠征軍合流


 司が桃弥たちを訪ねて、約1ヶ月半が経過し、遠征初日を迎えた。

 

 冬の寒さもすっかりなりを潜め、暖かな日差しが降り注ぐ。とはいえ明け方や夜はまだまだ肌寒く、薄着で寝ては風を引いてしまうことだろう。


 遠征軍は関東五大勢力が連名で招集しているだけあって、戦闘員だけで千人以上集まっていた。サポート組も含めればその数は優に二千を超える。これほどの戦力が一堂に集結するのだ。誰も負けるとは考えていない。


「基本的な作戦立案はこの作戦本部で行います。つまり、ここに居るメンバーが今回の指揮系統の頂点となります」


 関東五大勢力のトップを集めた天幕で、司界人は音頭を取り議論を進めていた。その場に集まるのは、精鋭中の精鋭。関東でも指折りの実力者たちだ。

 

 『人類解放戦線』総司令――炎帝・司界人つかさ かいと

 『枡花』代表――剣姫・天花寺波留てんげいじ はる

 『我道会』師範――人類最強・百目鬼大河ももめき たいが

 『都民保護協会』会長――女狐・栗山美香くりやま みか

 『英雄の集い』第一席――蜃気楼・泉翔悟いずみ しょうご


 それぞれの背後には副官が一名控えているが、意見をする立場ではなく、あくまで補佐である。


「また今回の作戦は五大勢力だけではなく、残存の中小コミュニティからも協力を得ています。ですので、指揮系統は明確にしておきたいと思います」

「基本的に五大勢力を柱に組み立てていくのがいいだろう。小さいコミュニティを我々の指揮下に組み込んだ方が、いざという時にも対処しやすい」


 司の言葉に、剣姫・天花寺波留が応じる。それにより議論は活性化し、各々が自身の考えを言葉にする。


「戦利品、宝珠の分配はどうしましょう? 中小のコミュニティも参加するとなると、それで揉めたりするのが心配ですね」

「んなモン、一々取り決める必要もねぇだろ。倒した奴が貰う。単純に行こうぜ?」

「でもそうなると、サポート組に不満が溜まるんじゃないかな? それに、それだと戦闘員が多い勢力が有利すぎる。大河さんの所はいいかもしれないけど、栗山さんとか天花寺さんの所は割を食うことになるよね? 五大勢力の間に格差が生まれるのは良くないと思うよ」

「ッチ、弱ぇ奴って面倒くせねぇな」


 都民保護協会の栗山美香が、戦利品の分配に対する懸念を口にする。協会はもともと五大勢力の中でも戦闘員の数が少なく、今回の遠征でも他の勢力より一段格が落ちる。代わりに今回の遠征物資の大半は都民保護協会から提供されている。


 そういった事情もあってこの遠征軍が成り立っているのだ。そのことを泉翔悟が指摘すると、百目鬼大河は嫌気がさしたように舌を打ち、顔をそむける。


「泉さんの言う通り、五大勢力間で差が生じるのは不和に繋がりかねません。ですので、戦利品は我々の間で平等に分けましょう。それをさらに、各勢力が傘下のコミュニティに分配する、というのはどうですか? その際の分配の基準は、各勢力で設けていただいて構いません」


 周囲の意見をまとめ、司が提案する。周りを見渡すと、概ね同意の首肯が見られた。しかし、百目鬼大河だけ不満を口にする。


「その中小のコミュニティってのをお前らで分けるなら構わねぇぜ。オレ様は雑魚の面倒を見る気はねぇ」

「そんなわけに行くか、阿呆が。もう少し考えてから発言しろ」

「あぁ? 誰にモノ言ってんだ、波留?」

「馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな、下種が」


 百目鬼大河の発言に天花寺波留が食いつき、まさに一触即発。さすがに見ているわけにもいかず、司が止めに入る。


「お二人ともその辺で。百目鬼さん、さすがに『我道』だけ特別扱いというわけにはいきません」

「知るかよ、テメェらの事情なんざ。オレ様はやりたいようにやる」 

「百目鬼さんにとってもメリットのある話だと思いますが? 在野の勢力とはいえ、中には相当の実力者もいます。純粋な戦力としても期待できます。それに『我道』はサポート人員が他と比べて少ないですし、他のコミュニティを取り込んだほうが――」

「ゴチャゴチャうっせぇんだよ」


 会話を遮り、百目鬼は司に詰め寄る。一瞬にして周囲に緊張感が走り、司の後ろに控える京極が一歩前に出る。しかし、それを司は片手で制止する。


 百目鬼、司両者の距離が縮まる。大柄な百目鬼は両ポケットに手を突っ込み、司を見下ろす。対する司も、全く恐れず正面から百目鬼を見上がていた。


「弱ぇくせにしゃしゃり出んな、司。オレ様は雑魚サポートなんざ要らねぇ」

「百目鬼さん。貴方が強いのはよく重々わかっていますが、今回の遠征はそんな生易しいものではありません。今の内にその考えを改めることをお勧めします」

「あぁ? 随分と偉そうじゃねぇか、司。オレ様の何を改めろって?」

「自分が最強だと思い上がるその態度を改めろと言っているのです」

「テメェ……」


 百目鬼は青筋を浮かべながら司に手を伸ばす。その手が司に届き、胸ぐらを掴み上げた瞬間。天花寺、泉、京極の3名が百目鬼を囲む。


「そこまでだ、百目鬼」

「遠征前に揉め事は勘弁かなぁ。司さんもあまり煽らないでよ。らしくない」

「……テメェら」


 流石の百目鬼も天花寺と泉、司の3人を同時に相手するほど驕っていない。掴み上げた司を睨みつけると、その手を放した。


 一方の司は、先ほどから表情ひとつ変えずに襟元を整える。


「お見苦しいところお見せして申し訳ありません。ですが、先ほどの発言を撤回するつもりはありません。百目鬼さん」

「あぁ?」

「私はあなたを最強だとは思っていません。これは挑発ではなく本心です」


 澄まし顔でとんでもない爆弾発言を投下する。しかし、司は百目鬼が言葉を発する前にこう続ける。


「貴方に、本当の最強をお見せしましょう」


 ◆


 少しひらけた空き地。以前は広場として利用されていたであろうその場所は、かつて人々が通い詰めていた面影はなく、荒み果てていた。


 そんな場所に今、武装した100人以上の戦闘員が集まっていた。


「すっげぇ。俺、こんなに人が集まってるの半年ぶりに見た」

「な。まだこんなに生き残ってたとは。人間ってすげぇ」

「まだまだこんなモンじゃないっしょ。五大勢力は集合場所が別らしいし、この10倍はいるんじゃない?」

「てか関東五大勢力勢ぞろいって、まじのまじでやばいじゃん、今回の遠征」

「大丈夫かなぁ。東海って全然情報出回らないから結構やばいとこなんじゃない?」

「つっても負けはねぇだろ。百目鬼さんと剣姫もいるし。俺、この前生で剣姫を見たけど、あれはやべぇわ」

「ねぇ。あんた名前は? おれは――」


 集められたのは小コミュニティの戦闘員。今回の遠征に参加するメンバーだ。五大勢力には遠く及ばずとも、いっぱしの戦闘員。それも半年もこのいかれた世界で生き残った人たち。むしろ、大勢力の傘下に入っていない分、より過酷な戦闘を経験している精鋭とさえいえる。


 そんな彼らのもとに向かう十名ほどの集団。五大勢力のトップたちである。


「おい、来たぞ」

「あれが五大勢力の代表たちか。流石に貫禄がちげぇな」

「ッチ、待ちくたびれぜクソが」


 全員が全員いい感情を持っているわけではないが、それを表に出すほど子供でもない。少し慌ただしい空気が漂う中。突如、大地が隆起する。


「「「「「っ!?」」」」


 広場のアスファルトが徐々に形を成し、全員を取り囲む巨大な壁とかした。


「なんだっ、これ!?」

「え、特殊能力? でもどうして?」

「俺たちを嵌めたのか!? 司界人!!」


 急なことに、当然全員取り乱す。そして、一部はこの遠征の発起人である司の策略を疑う。しかし、司本人と言えば、困り顔で百目鬼の方を見ていた。


「百目鬼さん。挨拶にしては些か派手過ぎませんかね」

「黙れ。テメェの切り札が逃げねぇように囲っただけだ。怖気づかれても困るしよ」

「このような壁で彼は閉じ込められないと思いますが」

「……その大言壮語。あとできっちり責任取ってもらうぜ」

「どうぞご随意に」


 そんなやり取りの後、百目鬼が一歩前へ出る。


「亘桃弥ってのはどこのどいつ、コラァ!!」


 鼓膜を劈く声で吠える百目鬼。その轟音に、皆が耳を塞ぐ。


 広場で彼の怒号が木霊する。待つこと数十秒。しかし、一向に名乗り出る者はいない。


「……おい司、テメェふざけてんのか?」

「ふむ。亘さんはまだ到着していないようですね」

「……オレ様の忍耐力を試してるつもりならやめとけよ。今にもテメェをぶち殺しそうだ」

「それは恐ろしい」


 どこ吹く風の司に、青筋を浮かべる百目鬼。一触即発。息を吞むやり取りの中、壁が破られる。


 ドッカン!!


「「っ!??」」


 舞い上がる土煙の中、三人の男女が壁の穴から侵入する。


「うるさ。鼓膜飛ぶかと思ったぞ」

「でもおかげさまで、集合場所がすぐわかりましたよ」

「……桃弥、方向音痴?」


 土煙が晴れる前に、その声色から侵入者を判断した司は笑みを浮かべる。


 亘桃弥、水篠月那、七草陽葵。遠征軍合流。

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