夕日
御雲-mikumo-
第一の家 1
「「本日の天気はーー」」
「「全国的に蒸し暑い気候となりーー」」
自分以外誰もいないリビングにテレビの天気予報の声が響く。
世の中はいわゆる”ゴールデンウィーク”なるものに突入しているようだが、
あいにく自分にはそのような連休を楽しむ余地はない。
正午が近づいているというのに薄暗く、5月というには蒸し暑いリビングの床にゴロンと寝転がる。
「今日もエアコン、使えないのか…」
両親は、相変わらず留守である
父はおそらく、パチンコでも打っているのだろう。
母は…仕事に出ると言ったきり、3日ほど帰っていない。
どちらもいつものことなので特に問題視することはない。
むしろ自分としては、朝から轟音を立てている隣のビルの工事の方が問題だと思うほどである。
それに父がいなければ痛い思いもせずに済むので万々歳だ。
「壁が薄いのも考えものだな。」
特にすることもなく天井のシミをぼうっと眺めていると
リリリリリン
うちの固定電話が、この時代にしては古い甲高い声を上げた。
出ることができるのは、どう考えても自分しかいなかった。
まあ、この時間帯に電話をよこす相手は大体予想はつくのだが。
「はぁ…」
憂鬱な気持ちをため息とともに吐き出し、固定電話に手をかける。
ガチャッ
「はい」
「あーもしもし?須藤さんのお宅ですかねぇ。私ですね、先日お宅に100万貸したものなんですがね。」
電話を取るとすぐに聞こえてくる猫を被ったようなしわがれた声。
”須藤”というのは自分の苗字である。なんとも威厳がありそうな名字である。
…実際のところないのだが。
ちなみに、電話先はおそらく、この間父が金を借りた闇金だろう。
「あーすみません。両親は今出かけてまして。」
「あーまた?しょうがないねぇ。またかけるって言っておいてもらえますかねぇ」
「はあ、わかりました」
なぜ自分に言うのか。という文句は飲み込んでおく。
「よろしくお願いしますよ。こっちも1ヶ月待ってるんですから。それでは。」
ガチャッ
プープー…
「きられた…」
待たれても困るのだが…という言葉も飲み込んでおく。
まあ、電話先の相手も金がないと生きていけなのだから催促するのも当たり前だろう。
この世は金があれば勝者とされ、なければ社会的地位など存在しなくなるのだ。
醜い世の中になったものだ。
そんな世の中になってまでなぜ人々は笑顔を貼り付け、人前で良い顔をし、他人の尻を持つことによって
自身の地位を守ろうとするのだろうか。そこにもはや自身の地位など存在しないというのに。
自分の父親も例によってそうである。
ここまで語ってはいなかったが、自分は父親に所謂”虐待”というものをうけている。日頃から飛び交う罵声に、拳。他人には見えない位置を殴ってくるのが実に隠匿である。おかげで年がら年中長袖生活で気が滅入りそうだ。
そんな父も外では心優しくおおらかで、笑顔が素敵な人と好評だそうだ。この話を近所のおばさんから聞いた時は気が動転する思いだったものである。そんな状況の自分を唯一人助けて”くれそうな”人間の母はというと、残念なことにこちらも実に隠匿な人間である。
こっちはどちらかというと”嘘つき”という部類であるのだが、そんな母の言うことは大体が虚勢か嘘だ。実際、属性が”嘘つき”であるのだから当然だろう。まあ人間は元来嘘をつき続ける生き物であるのだから、母は至極一般的な人間なのかもしれない。さて、話を戻しそんな母のついてきた嘘はというと…
「お母さんはあなたの味方だからね」
「お母さん、これからお仕事行ってくるね」
「お母さんは、あなたのことが大好きよ」
ざっと例を上げると、まあこんな感じである。
実際のところ母は仕事には行っていないし、自分がいなければ、さっさと父と別れて別の男のところに行くことができるのにと思っていることも、自分は知っている。
大いに人間らしい私情と欲にまみれた嘘で大変結構である。
時刻は午後1時。いつの間にか1時間近くも経ってしまった。
もうすぐ父は返ってくる頃だろう。
いつも見ている競馬が始まる時間だ。
「はあ…」
重苦しいため息を再びつき、ふたたび床に寝転がった。
段々と眠気が襲ってきて、自分の意識はそこで途切れた。
夕日 御雲-mikumo- @Yus6969
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