第3話 美濃の蝮と飛騨の山師①

六月。美濃稲葉山城


「お初にお目にかかります。この度飛騨守に叙任されました内ヶ島氏理と申します。あぁ、ここ稲葉山は山城様が城にございます。某のような官位しか持たぬ孺子に過ぎぬ身に上座を譲られても困ります故、上座には山城守様がお座り下さい」


「……美濃守護代斎藤山城守利政にござる。不肖の身なれど、この度は飛騨殿のお言葉に甘えさせて頂きます」


突如として飛騨から客人が現れた。


最初は三木か誰かかと思ったのじゃが、まさか白川の内ヶ島とはな。


本来ならば、飛騨の中でも越中や加賀に面した山間部を治めるだけの木っ端国人如きと話すことなどないのだが、それが従五位下の官位を持つ飛騨守となれば話は別。


さらには正式な国持衆である以上、幕府の序列の上でも向こうが上なのだから、家臣に任せる訳にもかぬときた。


戦であれば鎧袖一触で踏みつぶせるであろうが、外交の上では面倒な相手よ。

まぁ、上座をこちらに譲るくらいだから彼我の実力差は理解しているのじゃろうて。


しかし、自らを孺子とうそぶくにしては儂に怯える様子も見せぬな? 

これは儂を知らぬのか、それとも儂を舐めておるのか。


……試して見るか。


「して、この度は何用ですかな? いや、口上にて飛騨守への就任と家督を相続されたとの御挨拶とは伺っておりますが、本来であればそれはこちらが祝いの使者を送らせて頂くこと。にも拘わらずそちらから、それも、わざわざ御身が出張ると言うからには、何か某に含むところがあるのでしょう?」


さぁ、どう出る小僧? この儂を前に偽るか? はたまた本心を語るか? 

その身の内にある欲はなんじゃ? 儂を利用して何を引き出そうと見立ておるか?

朝廷や幕府から官位官職を得たからと調子に乗ったか?


なんにせよ、軽々に儂の前に現れたが貴様の運の尽きよ。

その器、見定めさせてもらうぞ。



~~~



ふむ。これが美濃の蝮、か。

話には伝え聞いていたが、確かに一廉の人物よ。


儂に発した威圧も、見事と言う他ない。


……だが、所詮しょせんは美濃の梟雄。


過日の、天下をその手に掴む直前まで戦い続けた前右府の放っていた威と比べれば、温い。

白川郷を狙って侵攻してきた不識庵が率いる軍勢が発する圧と比べれば、軽い。

美濃守護である土岐を追放して一国を奪わんとするその毒も、天下を掠め取らんとする羽柴筑前のそれと比べれば、弱い。


あぁ、いや、それでも間違いなく儂などより余程の大物。

そもそも蝮がその気になれば、今年中にでも三木と組んで、白川郷を落とすこともそう難しいことではないのだ。


そう、本来であれば彼は儂が軽々しく相対できる相手ではない。

そんな相手に油断をするなどとんでもない。

儂は己が下駄を履いているだけだと言うことを、努々ゆめゆめ忘れてはならんのだ。

……己が履いている下駄の高さを利用することを忘れてもいかんがな。


「えぇ、無論含むところが無い。などとは申しませんとも。山城様もお忙しいでしょうから前置きは省させて頂きますが、よろしいか?」


「……ほぉ」


「……山城様?」


「あぁいや。前置きを省くのでしたな。飛騨殿が望むのであれば無論構いませぬぞ」


「左様ですか? では話を進めさせて頂きます」


「お頼み申す」


今の間はなんだ? 今の、会話とも言えぬ会話だけで何かを掴まれたか? 

やはり蝮は侮れぬ。

この分では出来るだけ隠し事はせぬ方が良さそうだな。


「では失礼して。此度稲葉山を訪れましたるは、第一に山城様に某の顔を覚えてもらうことにございましてな。名だけでなく顔も知って頂けました方が、頼みごとはしやすいですから」


「それはそうでしょうな。儂とて顔を知らぬ者のために親身に成ろうとは思いませぬ故」


儂の言葉を受けてしたり顔で頷く姿はまさしく好々爺。

とてもではないが日頃から『顔を知らぬ方が呑み込み易い』と嘯く蝮には見えぬ。

だが、この顔は擬態ぞ。

先ほどの威を発したあとでは意味が無いぞ?


……いや、これはこちらに『擬態は見破っているぞ』と思わせる為に、わざと見せている可能性もあるか。


裏と思えば表、表と思えば裏。面倒なことよ。

しかし、その面倒を相手に押し付けることが出来るのは、貴様だけではないと言うことを教えてやろう。


「そうでございましょう? 後は、純粋に山城様のご機嫌取りのために罷り越しました次第」


「ほっ。……随分と素直なことですな」


「某程度では山城様程の御方を誤魔化すには足りませぬ。ならば素直になるのが一番話が早いと愚考しております故」


何を言っても裏を疑うのが性分の者には、敢えて裏を作らぬ方が良い。


こう謂った連中は、さらけ出せば曝け出すほど、勝手に裏を巡らしてくれるのだから、な。


「赤心、ですか。確かにそれも外交に於ける一つの方策ではありましょうな……で? 飛騨殿の本音は奈辺におありか?」


やはり信じぬか。まぁそれも無理はあるまい。

なにせ蝮からすれば、儂はこの歳で公方に金をばら蒔き、官位を得ることに成功した者。その行動を警戒するのは当然のこと。


「さて、本音と言われましても」


むしろそうでなくてはな。

儂の行動を疑い、猜疑心を掻き立てて、大きく見積もってもらわねばこちらが困る。


「……最初に語られた『含むところ』とやらをお聞かせ願いたい。そう申しております」


儂が韜晦とうかいしようとしているのを見抜いたか、やや苛立った様子を見せた蝮は自身が抑えていた威を再度発し、儂を威圧してきた。


……これまでだな。


もう少し行けるかと思ったが、どうやら蝮はこれ以上儂とたわむれるつもりはないらしい。


これが蝮の底なのか、それとも敢えて底のようなモノを見せているのかは儂にはわからんが、これ以上は不興を買う。


元々対等の関係でもなし。


ここが潮時と判断した儂は、頭を下げながら、己の腹案を語ることとした。


「では単刀直入に申し上げます」


「……」


「山城様。どうか飛騨を治めて頂けないでしょうか?」


「ふむ。やはり貴殿の狙いは某に飛騨を治めさせることでし……はぁ?」


儂の言葉を聞いた蝮が『思わず』といった風ですっとぼけた声を挙げると、これまで儂にかかっていた威圧も消えた。


己が予想すらしていなかった提案を聞かされ、演技ではなく、本当に呆けたような顔をしている蝮の姿を認めた儂は、この度の交渉で勝ちを拾えることを確信したのであった。

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