鉱山(やま)の氏理 ~帰雲の彼方に~
仏ょも
第1話 バッドエンドは突然に
天正十三年(西暦1585年)11月29日。飛騨国白川郷・帰雲城。
この日、明日に迫った金森長近との和睦の席に参加する為、白川の地を治めていた内ケ島一族の面々が一堂に会し、卓を囲んでいた。
「……口惜しいことだが、それでも家は残る。まずはそれに満足しようぞ」
「「「……はっ」」」
佐々成政め。
戦に敗れ討ち死にすると言うならまだわかる。
かの柴田修理が如く皆が討ち死にするまで抵抗したと言うのなら、流石は織田の忠臣と褒め称えもしよう。
しかし、だ。
討ち死にもせず、余力がある内に降るとはなんだ?
その程度の覚悟ならば、そもそも何故羽柴筑前と矛を交えた?
いや、普通の国人ならそれも良いのだ。
しかし貴様は筑前を織田の天下の簒奪者とし、不倶戴天の敵とする。そう吠えたのではなかったか?
そもそも降伏する腹積もりがあるのなら、何故儂らを援軍として呼び出した!
これまでの付き合いもあったが故に我らも合力したと言うのに、結果は儂の留守を突かれてこの様よ!
奸臣の内応によって城を落とされ、蓄えておった財貨の全てを奪われた今、儂らに残されたのは僅かな民と産出量に陰りが見えてきた鉱山のみ。
いや、山の産出量については、織田との繋がりが有った時分に学んだ南蛮吹きと言う新たな手法がある故なんとかなる。
今後飛騨周辺で戦が無くなると見込めるのなら、これまで満足に試せなんだその手法を存分に試し、これまで以上の金を算出することも不可能ではないからな。
……問題は奸臣のせいで羽柴筑前や金森長近に白川郷に於ける金を算出する山の位置や、その数を知られたこと、よ。
そもそも羽柴筑前が儂らを生かすのは山を掘らせる為。
故に今後は、逐一金の産出量を調べ上げられ、厳しく取り立てられることとなろう。
糞ッ! 返す返すも佐々の降伏が痛い!
大体、勝てぬなら、せめて城を枕に討ち死にすれば良かったのだ。
然すれば儂らにも今少しの猶予が出来、その時を以て財を隠すことも出来れば、金森の軍勢に抗することで内ヶ島の名を示すことも出来たと言うのにッ!
……いや、結局は羽柴筑前が勝てると見立てられなんだ我が不明が原因か。
「はぁ」
「父上……」
己の不甲斐無さを憂う思いが顔に出ておったのだろうな。
息子の氏行が心配そうな顔をして儂を見ておるわ。
いかんな。まだまだ子供と思っておった氏行にこのような顔をさせるとは。
「氏行よ。我ら国人にとって、家を残すことこそ何よりの大事。戦に負けようとも生き延びることが出来たなら、それは負けではない」
ここで意地を張って腹を切ろうとも、笑うは
他は良い、しかし彼奴に見下されることだけは我慢出来ぬ!
「……はっ」
ふっ。自分で言っておきながら随分な言い草とは思う。
氏行も、周囲の者共も揃いもそろって微妙な顔をしておるわ。
どうせ儂の言葉などただの負け惜しみにしか聞こえんのだろうよ。
だがな、儂らは所領安堵の上で生き延びることが出来たのに対し、三木は所領を没収された上で京へと移されると聞く。
ならば、国人として見れば我らの勝ちとも言える
京に行くとは言え、大名としても国人としても立場を失う三木と比べれば雲泥の差よ。
……そう思って己を慰めるが、今後の事を思えば己の中に不安と一抹の寂しさが有るのは拭えん事実。
「……あぁ。儂は何処で間違えたのじゃろうなぁ?」
上杉に呼応した三木との戦の際に、織田を巻き込まなんだことか?
それとも世の流れを見極めることも出来ず、独立を保とうとしたこと自体が間違いであったか? 今更詮無きことでは有るが、もしも早々に織田に降り、その庇護を得ておればこのような事にはなっておらなんだやもしれぬ。
いや、三木はもっと前から……そう。奴らは天文の末や弘治の時分(1555年~1558年)には姉小路家を乗っ取り、飛騨守としてその立場を築いておったな。
その立場があったからこそ蝮も前右府もアレを特別扱いしたのだ。
ならば白川郷に閉じこもっていた儂らにはどうにも出来ぬ、か。
「悔しいのぅ。悔しいのぅ」
前右府や羽柴筑前を見誤ったことではなく、若き日に何もしておらなんだ己に腹が立つ。
若さ故の過ち。とは言わぬ。ただ視野が狭かったのだ。
内ヶ島家の当主として白川郷を守ることは重要だ。
しかし、その為に必要なことはただ白川郷に篭るのではなく、外に目を向け、己が足で外に踏み出すことだったのだ。
その程度の事が分からなかった、過日の己の不明に腹が立つ。
――もしも過去に戻れたなら……最近はそのような夢想に逃げることも多くなった。
もしも、もしも過去に戻れたのなら、最初は三木による飛騨守就任や、姉小路家の簒奪を防ぐために動いただろう。
なにせ我らは生れからして京極家の家臣にすぎぬ三木などとは違うのだ。
儂らの祖である季氏様は
故に、じゃ。我らこそが三木などよりも飛騨守に相応しい家柄と言える。
連中による姉小路家の簒奪と飛騨守就任さえなければ、美濃の蝮も娘をやろうとは考えぬし、蝮の娘を娶ることが出来なければ三木如きが前右府に特別扱いされることもなかったはず。
そうすれば、あの、親族衆として上段に座り、満面の笑みで見下して来る不快な頼綱の面も見ずに済んだのだ!
……そう、全ては天文、弘治の時分に決まっておった。
あぁ口惜し哉。
今更それを理解したとて、なんになろう。
酒の力を借りて夢想する以外に己を慰める方法が無い。
あぁ、あぁ、何故儂はあの時に外へと目を向けなんだ!
「父上、もうその辺で……」
「氏行よ」
「はい?」
「……不甲斐無い父で済まぬ。このような家を継がせることになって済まぬ」
農民の子が天下に手を伸ばすと言う激動の乱世。
儂とてやりようによってはもっと大きくなれたはずだった。
にも拘わらず、儂に先見の明が無かったが故に内ヶ島はこの体たらく。
あまりの不甲斐無さに先達にも合わせる顔が無いわ。
「……そのようなことをおっしゃいますな。そもそも『国人は生き残れば勝ち』なのでしょう? ならば父上は負けておりませぬ。この氏行、父上が残した内ヶ島の家と白川郷をこれまで以上に栄えさせて見せましょうぞ!」
儂が己の不明を悔いていると、氏行がそう言って笑いかけてくる。
……あぁ。儂は息子の器量すら見抜けなんだか。
家の当主としても、父としても愚かであったが、それでも優秀な息子に家を継がせると言う、最低限のことは出来た、か。
ならば儂がすべきは一つ。
「よくぞ申した! 明日の和睦が為れば儂は隠居し、お主に家督を譲ろう!」
「父上!?」
「氏行よ。己の不明によって生じた汚名は全て儂が背負う。今後、羽柴筑前らとの折衝も儂がしよう。必要なら腹も切ろう。だからお主は内ヶ島の家を継ぎ、より大きく、より栄えさせるのだ!」
「……そこまでのお覚悟を」
これが不甲斐無い儂に出来るせめてもの
「受けてくれるな?」
「はっ! 未だ未熟なれどこの氏行。父上のご期待に応え、先達の方々にも恥じぬ当主となるよう尽力させて頂きます!」
「よくぞ申した! 皆、聞いたな?」
「「「「はっ!」」」」
「よし、では新たな当主と、今後の内ヶ島の家の繁栄を祝って……宴じゃ!」
「「「「おぉ!!」」」」
「存分に呑め! 食え! 舞え! 歌え! なぁに、明日の和議はお主らに頭を下げさせぬ。儂一人で頭を下げてやるわ!」
「いやさ、殿! 農民の家臣である金森某などに殿が頭を下げる必要などございませぬぞ!」
「ふっ。氏勝も言うようになったのぉ! 時慶よ、これからは若い者の時代やもしれぬなぁ?」
「ハハッ。なんのなんの。某とてまだまだ若い者には負けませぬぞ!」
「時慶。某がお主に比べて若輩なのは認めるが、私とて年寄りに負ける気は無いぞ? のう氏勝」
「はっ! おぉそうだ。この機に父上も隠居なされてはいかがでしょう?」
「おぉ若も言うようになりましたなぁ? そして氏勝! 貴様が家督を継ぐなど一〇年早いわ!」
「「「ハハハ」」」
儂のせいで辛気臭い雰囲気となっておったが、氏行の器量はそんなものすら吹き飛ばしたか!
うむ! 酒が美味い!!
―グラッ
……む? ちと飲み過ぎたか? 少し周囲がグラついて来たような?
まぁ宴が始まる前からチビチビと飲んでいたし、本格的な宴が始まってからも結構飲んだからな。皆の前ではああ言ったが、流石に和議の席で酒の臭いを残すわけにも行かぬ。
――グラグラッ
うーむ。また揺れておる。やはり飲み過ぎたようだな。
いやはや若いころならこの程度で酔う事などなかったが、やはり歳か。
かと言ってここで中座して若い者たちの勢いに水を差すのも無粋よな。
暫くは酒を飲む振りをしておこう。
いや、それとも、どうせなら舞いでも舞うか?
儂が率先して舞えば次に続く者も出て来るやもしれんし、場も盛り上がろうて。
うむ。そうと決まれば早速……
「氏行の家督継承と内ヶ島家の繁栄を祝い、一指し舞いを披露いたすとしようか」
「おぉ、殿が舞われますか?」
「うむ! 気が向いたらお主らも共に舞えぃ」
「それは殿の舞いの出来次第ですなぁ!」
「はっ! 言いよるわ! ならばその老いた
「いや、殿は儂と同い年ではござらんか!」
「やかましいわ!」
「父上と同い年の殿が舞。とくと拝見させて頂きまするー」
「おう! 氏勝もよう見ておけい!」
ふっ。わざわざ盛り上げ役を買って出てくれた、か。この山下親子こそ儂らにとって鉱山などよりも大切な、掛け替えのない財貨よな。
―――グラグラグラッ
おっと……流石に酔いが回っている中で急に立ち上がれば足元も揺れるか。
しかし随分と酔ったようだな。これでは手並みを観覧している者共に無様を見せるやも……いや、その方が良いか。儂にとっては今更だし、儂が無様を晒すことで氏行への期待が高まるならそれに越したことは無い。
「殿! 何を舞われますかぁ?」
「安心せい! 貴様ら無骨者にもわかる舞よ!」
ふふふ。さぁ、者共、道化の舞をとくと見よ!
「人間僅か五〇年~下天のうちをくらぶれば~」
前右府が好んだが故に、織田と関わりのある者であれば誰もが知る舞、幸若舞敦盛。
これなら無骨な者達も理解出来ようて。
儂も、すでに四八。あと二年で五〇となるが、儂が死ぬまでに氏行が何処まで成長できるか……。
「夢、幻の~如く~也~」
夢、うむ。そうだ。夢だ。
息子に託した夢。これを幻にしないためにも、儂はまだ死ねん。
「ひとたび生を受けながら~」
これまでの生を無意味なものにしない為にも。
「滅せぬものの~ある~べきや~」
滅する前に為すべきことを成す。儂はそう決めたのだ!
―――氏理の舞う決意の舞いを見た者達は、一斉に拍手を送ろうとした。
しかし、そのとき悲劇は起こる。
グラグラグラグラグラッ!!
(む、これは……酔い、ではない!)
突如として襲い掛かってきた大きな揺れに、氏理はようやく己が揺れているのではなく、周囲が揺れているのだと理解する。
グラグラグラグラグラグラッ!
「ち、父上!」
「殿ッ?!」
大きな
グラグラグラグラグラグラッ!
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
「「「「う、うわぁぁぁぁぁ!!」」」」
「なんとぉぉぉぉ!」
地震により発生した土砂崩れが帰雲城を襲う!
さらに揺れによって地盤も崩れていたこともあり、宴の場となっていた帰雲城は上と下の両方からの衝撃であえなく崩壊してしまう。
―――帰雲城の崩壊から数刻後。
「うっ……何が……」
瓦礫に挟まれながら、なんとかそう口にするのは、あの宴の場にあって一人立っていた氏理であった。
「……我が城が、内ヶ島の城が……」
全身を襲う痛みに堪えて周囲を確認した彼が目に出来たのは、一面の土、土、土。
酔いが醒めた今、地震によって居城が崩壊したことを悟り、呆然とする氏理。
「くっ! そうだ、氏行はどうなった?!」
だが、呆然としている時間は長くはなかった。全身から感じる痛みで強制的に我に返った氏理が探すのは、己が腹を切ってでも守ると決めた後継者。
「氏行ー! 氏行ー!」
無事なら返事を、否、返事が出来なくても無事ならそれで良い。
そう望んで声を出す氏理だが、その声に応える者は居ない。
「時慶ー! 氏勝ー」
これまでも、そしてこれからも股肱の臣として内ヶ島家を支えるであろう山下親子。彼らがいてくれるからこそ、自分は迷いなく氏行に全てを託すことが出来るのだ。
そんな両者も、氏理の声には応えない。
「氏則ー! 氏房ー! 氏親ー! 常尭ー!」
兄弟も。娘婿も、誰も応えない。
「あぁぁぁぁ! 何故だ! 何故このようなことになるッ! 儂が、儂が何をしたと言うのだ! 」
護るべき家も、これまで過ごしてきた城も、引き継がせるべき後継者も。
そのすべてを奪われねばならぬような悪行を自分が仕出かしたとでも言うのか?!
己の体に残った最後の力を振り絞り、氏理は天に向かって怨嗟の声を挙げる。
誰かが「そんなことは無い」と言ってくれることを願いながら。
誰かが「自分が跡を継ぐから大丈夫だ」と言ってくれることを願いながら。
氏理は淡い期待を込めながら、周囲に届くように精一杯声を張り上げる。
だがそんな氏理の淡い希望は叶うことはない。
「う……き……せ、めて……お主……けで……無事……って……」
誰もその呼びかけに応える者が居ない中、この日、一人の男が絶望と怨嗟の念を残してこの世を去ることとなった。
男の名は内ヶ島氏理。
姉小路や上杉を相手にしても一歩も引かず、最期まで飛騨国白川郷を統べていた男であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。