行列のループするラーメン屋さん
ちびまるフォイ
こんな らーめん に まじに なっちゃって どうするの
「うわっ……すごい行列……」
人気店の口コミに誘われてやってきたが、
すでに目的の店にはすごい列ができていた。
まだ開店前だというのに。
周囲はラーメン激戦区でいくつものラーメン点が連なっている。
行列ができているところ、そうでないところ。
その差が繁盛具合を無情にあらわしている。
「と、とにかく並ぼう」
行列の最後尾に並んでスマホをいじって時間つぶし。
時間泥棒であるスマホすらもさじを投げるほどの時間。
立ちっぱなしで動かない行列に並ぶのはしんどい。
「はあ……早く食べたいなぁ……」
こういう形式の拷問があってもおかしくない。
それほどまでに辛く苦しく長い時間だった。
店が開店しても行列はなかなか進まず、
後ろにはますます行列が大蛇のごとく伸びてゆく。
「まだかなぁ……」
自分の前と、前々の人を小突いてトラブルを起こし
前にこっそり移動してやろうかという悪魔の考えすらよぎる。
限界ギリギリになったとき、ついに店の入口が見えた。
「ああ……ついに食べられる……!!」
砂漠でオアシスを見つけたような気持ちになる。
頭にタオルを巻いた店主がやってきた。
「お客さん、いらっしゃいませ。何名様で?」
「1名です。ああ、長かった」
「……ところでお客さんにだけ話すんですが」
「な、なんでしょう?」
「特別メニュー、食べたくないです?」
「え?」
「普段は客に出してないんですが特別です。
もう一度、行列に並び直せば提供します。
でもここで店に入れば普通のメニューから選んでください」
行列を振り返る。
すでに自分が並んでいたときよりも列は長い。
「特別メニューって……美味しいんですか?」
「そりゃもう。うちで出しているラーメンなんかよりずっと」
「本当ですか?」
「間違いないです」
「……」
「どうします?」
「な、並びます! もう一度!!」
こうして再び列の最後尾へと並んだ。
また長く苦しい暗黒の時間がはじまる。
「ガマンだ……ガマン。
これを抜けた先にとびきり美味しいラーメンがある……!」
すでに空腹で胃に穴が空きそう。
隣のラーメン屋なんかは列ひとつない。
手っ取り早く空腹を満たそうとする弱い自分をぐっとこらえる。
「せっかくここまで並んだんだ……!
他の人が食べられないような特別メニューを食べてやる!」
ここからは気持ちの戦いとなった。
空腹と折れそうになる心を何度もラーメンで叩き直す。
これに耐え抜いた先に待っているのは自分史上最高のラーメン。
他の店では得られない経験が待っている。
思い出に残る一杯の前には過酷な修行を超えなければならない。
下唇をかみながら待ち続け、ついに行列の先頭に位置づける。
「ついに!! ついにここまで進めた……!!」
すでに達成感で泣きそうになったとき、
前歯を全部金歯にした人がやってきた。
「ハイ、こんにちは。あなた、ここに並んでますか?」
「ええ、そうですけど」
「ワタシ、この店ずっと気になってました。
でも来てみるとびっくりする行列ネ」
「はあ……」
「だからそこゆずってくだサーーイ。
お金ならこのジュラルミンケースにありマス」
どっかの資産家はケースを開けて札束びっしりの中身を見せた。
「アナタ並び直した姿も執事が見ていました。
あなたが得た特別メニューの権利は値千金。
これだけのお金で買い取る価値のあるものデーース」
ラーメン1杯を捨てるだけで億万長者になれる。
選ぶべき人生の結論は決まっていた。
「譲るわけ無いだろ! ばーーか!!」
「ワッツ!?」
「なんでも金で買えると思うな!
俺がここに頑張って並んだ権利はゆずらねぇ!」
「クレイジー! ホワイ!?」
ジュラルミンケースを蹴り上げて資産家を列から弾き出した。
将来後悔することになるかもしれないが、これでよかった。
だってもう先頭だから。
「いらっしゃいませ。お待たせいたしました」
「待ち焦がれました!! やっと、やっと食べられるんですね!」
「もちろんです。特別メニューですよね。
美味しさは私の保証つきです。さあどうぞ」
「うおおお! 待ってました!!」
期待で四肢が飛んでいくんじゃないかと思うほど楽しみ。
空腹はすでに一周して、空腹の向こう側まで来ている。
この空きっ腹に特別メニューなんか放り込まれたら……。
自分は美味しさと幸福感で死んでしまうかもしれない。
でもそんな死に方もいいなと思う。
「へいお待ち!! 特別メニューです!!!」
どんぶりがカウンターに置かれる。
手に取るとみょうに軽い。
「いっただきます!!」
どんぶりの中を見た。
そこにはスープも麺も何も無い。
ただ食券が1枚だけが入っていた。
「この食券は……?」
食券を箸でつまんで店主にたずねる。
店主は最高にいい笑顔で答えた。
「隣のラーメン店の食券です!
うちで出すラーメンなんかより、ずっと美味しいんですよ!!」
その日、初めてラーメンどんぶりを投げつける経験をした。
行列のループするラーメン屋さん ちびまるフォイ @firestorage
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