26:レイドボス、交渉を始める

 そうと決まれば、まずは在庫の確保だ。


 わたしは早速カスタマイズウィンドウを開くと、沈黙の森が誇る木材採取マシーンこと「木こり号ねこまる」の増産に取り掛かった。


 操作はいたって簡単だ。ねこまるの背中にちょこんと乗った「ラビぬい」が背負うパネルに、採取したい範囲を入力するだけ。あとは指定エリア内の木を根こそぎ刈り尽くすまで、ねこまるが自動で働き続けてくれる手はずになっている。


 自動化ラインを確立したところで、次は作成した〈温泉街〉のレシピセットを改めて確認する。

 必要な素材をメモに書き出してみると、沈黙の森では採取できない素材もそれなりにあることがわかった。


 けれど、決して集められないわけじゃない。他のエリアに行けば手に入るものばかりだ。

 わたしはメモを懐にねじ込むと、専用の笛でボーンドラゴンくんを呼び出し、フリフリのドレスを押さえながらその背に飛び乗った。


「よぅし……行こっか」


 善は急げだ。骨だけの背中にまたがり、わたしは早速、素材調達と交渉のために他のエリアへと出立した。



 ◇◇◇



 ということで、まずわたしは水鏡みずかがみの湿原というエリアに向かった。


 ここでのお目当ては、この水辺に自生している『月光の織り草』という植物である。美しい深緑色をしていて、真っ直ぐに伸びた茎から、ほのかに清涼の香りが漂う植物だ。


 見た目は現実世界のイグサによく似ていて、〈温泉街〉のレシピセットにある『お食事処』や『屋根付き休憩所』といった建物のクラフトで大量に要求されていることから見ても、恐らくは畳や円座を作るための素材になるのだろう。


 そうして降り立った水鏡の湿原は、息を呑むほど美しいエリアだった。


 見渡す限りにぽつぽつと広がる浅い水面が、空の色をそのまま映し出している。まるで空を歩いているような錯覚に陥るほどだ。


 水面からは無数の蓮が顔を出していて、その合間を、青白い光を放つ小さな蛍のようなものがふわふわと漂っている。遠くに見える不自然なほどに真っ白い木々は、柳のように枝を垂らしていて、その枝先から淡い紫色の花が滝のように流れ落ちていた。あれはきっと、魔力の込められた木なのだろう。


 幻想的、という言葉がこれほどぴったりくる場所もない。


 それ故、ここを統べるレイドボスがどんな人なのか恐ろしくてたまらなかったのだが、湿原の奥地で蓮の葉にあぐらをかいていたその人は、なんというかこう……異様に明るい人だった。


 いや、見た目は本当に幻想的なのだ。

 まさに水の精霊って感じ。ショート丈の青いドレスは動くたび波のように揺れて綺麗だし、すらりと伸びた足も、透き通るような色をした髪も、エルフのように尖った耳も、彼女がヒトでないことを如実に表している。


 ただやっぱり暇を持て余していたようで、わたしが「《冥々の眠り姫》です」とオフ会みたいな自己紹介をしただけで、


「うわぁーっ! やっと人に会えたぁっ!」


 と歓声を上げ、


「マジ暇で死ぬかと思ったっすよ! レイドボスっつってやってることただの待ちぼうけじゃん? あたし普段一人だとスマホ見るくらいしかしないのにさあ!」


 と、こちらの反応などお構いなしにマシンガントークが炸裂する。


 わたしははたと気付いた。

 これは……ぎゃ、『ぎゃる』……!!


 わたしみたいな陰キャとはまるで関わることのない天上人……! 教室だといつも中心にいて、キラキラしてて、卒業式でも友人はもちろん後輩となぜかやってきた先輩及び涙ぐむ先生たちに囲まれ、家に帰りたいわたしの通路を悪意なく塞ぎ人生レベルの違いに絶望してしまうような、わたしとは住む世界が違う人種……!


 IQが30違うと会話は成立しないと言われるように、人生レベルが30以上違うわたしとギャルとでまともなコミュニケーションがとれるわけがない。


 と、それだけでだいぶ尻込みしてしまったのだが、繰り広げられるマシンガントークを聞くに、どうやらギャルさんはわたしと同じようにエリアカスタマイズで遊んでいたらしい。


 しかし木材の不足に悩んでいるとこぼす彼女にどうにか物々交換の話を持ちかけると、ギャルさんは


「ゴスロリ先輩、それガチやばいっす……神っすか……?」


 と目を輝かせて応じてくれた。……せ、先輩……。


 人生で初めて呼ばれたその響きに、わたしは「木材ならいくらでもあげるよ!」と言いそうになるのを必死で堪えた。あとゴスロリ先輩ってなんかのじゃロリみたいでいいなって思いました。




 精霊系ギャルさんと別れたわたしは、次に翠錆すいしょうの古代遺跡というエリアに向かった。


 ここで採取できるのは『古代のバネ』という素材だ。レシピによれば、自動ドアやエレベーターといった、魔力を使用しない機械類に必要な部品らしい。


 そうして訪れた古代遺跡は、ギャルさんが担当する湿原とは、また雰囲気の違う場所だった。


 視界を埋め尽くすのは、圧倒的な緑と、無残に崩れ落ちた石造りの建物たち。


 頭上を覆う一本の巨大な樹木の隙間からは、木漏れ日がスポットライトのように降り注ぎ、苔むした石造りの廃墟を照らし出している。


 かつては壮麗な神殿や塔が立ち並ぶ、高度な文明都市だったのだろう。

 けれど今は、屋根が抜け落ちて空を仰ぐ回廊や、壁が砕けて断面を覗かせている塔など、建物の大半が原形を留めないほどに破壊されている。


 地面には、かつて柱や彫刻だったであろう石材が瓦礫となって散らばり、その全てを苔が覆っていた。


 そしてとにかく足場が悪い。割れた石畳や崩れた階段を、ドレスをたくあげながら進んでいくと、半壊した石壁に高速で頬擦りをしている人影が見えた。……何してるんだろうあれ。


 一瞬見えてはいけないものが見えてしまっているのかと思ったが、顔を苔まみれにしながら頬擦りするあの人が、たぶんこのエリアのレイドボスだ。


 わたしの見た目が幼女ということを差し引いても随分と背が高い。身に纏う軍服からしてモチーフは軍人なのだろうが、ここでわたしはごくりと唾を飲んだ。


 ……お、おとこのひとだ……。


 いや、そりゃ今まで出会ってきたのが女の子ばっかだったってだけで、男性のレイドボスもいるにはいるんだろうけど……! でも異性というだけでコミュニケーションの難易度は跳ね上がる。


 だってわたしがまともに関わったことがある男の人ってお父さんか先生くらいだし。……いや先生もまともに関わってたかどうか怪しいけど。


 でも話しかけないことには交易も始まらない。それでも怯えはなくならないもので、自分でもびっくりするくらい小さな声で「あのぅ……」と声を掛けると、軍服さんはこちらを振り返ったあと、顔にへばり付いた苔を音速で振り払い、


「初めまして、小さなレディ」


 跪いて挨拶をしてくれた。

 それだけでコミュニケーション弱者のわたしは死にそうになったのだが、なんとこの軍服さんも、暇を持て余してエリアカスタマイズで遊んでいたらしい。


 だが紙とペンを用いることでオリジナルのレシピを作成できることは知らなかったようで、実演してみると、それまでの丁寧な口調とは一転して、興奮気味に「素晴らしい!」と叫んでいた。普通にめちゃくちゃびびった。


 そしてそんな軍服さんもまた、木材不足にあえぐ一人だったらしい。

 このエリアに生えている木といえば、遺跡全体を覆う巨大樹くらいなのだが、どうやらあれは背景オブジェクト扱いらしく、素材として採取できる仕様にはなっていないようだ。


 加えてオリジナルレシピも作れるとなれば大量の木材が必要不可欠なわけで、渡りに船とばかりに木材と『古代のバネ』の交換を申し出ると、こちらも交渉はあっさりと成立した。


 帰り際、ふとこのまま去るのも気まずいなあと思い、


「そ、その、お洋服……す、素敵、ですね……」


 とぼそぼそ言うと、軍服さんは頬を緩め、


「そうだろう?」


 その場でくるりとターンをしてみせた。

 マントがふわりと風に揺れて素敵だ。ぱちぱちも控えめに拍手をすると、軍服さんはマントの端をつまんで、


「別にスカートが嫌いなわけじゃないんだけど、リアルだと男物を着ることも少ないからね。せっかくの機会だし、アバターの身体付きを男性に寄せてもらったんだ。まったく良い時代になったものだよね」


 と言った。わたしは衝撃で悲鳴を上げた。



 ──とまあ、こんな具合に、今のところ先攻逃げ切り作戦は驚くほど順調だ。


 相変わらず人との会話は苦手だし、上手く喋ることはできなかったけれど、不幸中の幸いだったのはこの見た目だ。幼女アバターのおかげか、言葉に詰まっても白い目で見られることがなかったのだ。


 それにギャルさんと軍服さん2人ともクラフトに熱を入れていたからか、わたし自身に大きな興味を持たれなくて助かった。おかげで会話もいくらか楽だったし、コミュ症のわたしでもなんとか話すことができたのだ。


「えーと、最後は……」


 呼び出したボーンドラゴンくんの背に乗りながら、改めてメモを取り出す。


 これで必要な素材はあらかた揃ったが、まだ足りないものがある。『炎の魔法石』だ。


 温泉を作る上で、氷の魔法石と炎の魔法石は欠かせない素材である。氷の魔法石は塔子ちゃんが譲ってくれたものがあるから良いとして、炎の魔法石の方は採取ができるエリアのレイドボスに話をつけなければならない。


 ひとまずこれが最後のお仕事だ。

 わたしはきゅっと拳を握ると、小さく小さく息を吐いた。


 ……この直後に、わたしの計画を粉々に打ち砕く災害のような人物が待ち受けているとも知らずに。

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