20:先輩の背中が広すぎる!

「えっ、針谷さんもレイドボスなんですか!?」


 5分後。

 ようやく落ち着きを取り戻したわたしが素っ頓狂な声を上げると、ボロボロになったうさぎのぬいぐるみ──正真正銘本物の針谷さんは、綿の詰まった短い腕を腰に当てて盛大にため息を吐いた。


「そうよ。まさか知らなかったの?」

「し、知りませんでした……」

「そもそも、CFOのレイドボスには、みーんなリリィたちみたいな『中の人』がいるからね。流石にゲーム内で会ったのは初めてだけど」


 全く気付いていなかったが、よくよく考えてみれば確かにそうだ。これだけレイドボスがいて、《冥々の眠り姫》だけに中の人がいるはずがない。


 ……いやちょっと待てよ。


「じ、じゃあ、もしかしてここのエリアって……」

「そうよ。この『忘れられた都』はリリィのレイドエリア」


 さあっと血の気が引いていく。そ、そんな大事なエリアを、わたしは素材採取のために荒らし回っていたのか……!


 全く気付かなかった。なんなら「こんな凝ったエリアあるんだなあ〜」くらいに思っていたけど、そりゃこんなとこ作るならレイドエリアに決まってる……!


 途端に自分の行いが恐ろしく思えて、わたしは地面にめり込む勢いで土下座した。


「きゃーっ!? 何してるの!?」

「すすすすすずみ゙ま゙ぜん゙っ! 針谷さんの大事なお城をわたし、わたしーッ!!」

「いや別にいいわよ! 壊れたわけじゃないし、お城にへばりついてる結晶も1日経ったらなんか復活してるから! だから頭上げなさいってば!」


 綿が詰まった柔らかな手でぐいぐいと頭を持ち上げられ、おそるおそる視線を上げる。うう、ふわふわで気持ちいいおてて……。


 ボタンでできた瞳も、こう見るとなんだか慈愛に満ちているような気がする。ぐずぐずと泣きながら、わたしはぽつりと呟いた。


「ぐずっ……そういえば針谷さんのアバター、ぬいぐるみなんですね……」

「そうよ。リリィは全然気に入ってないんだけどね」


 リリスの生まれ変わりを自称しているくらいだから、魔女とかそれこそ悪魔みたいな見た目の方がイメージに近くはあるけれど、実際の針谷さんはくたくたのぬいぐるみである。


 長い耳だけはピンと立っているけれど、全体的にほつれていて、基本的に表情も変わらないから静かにしていれば本当にぬいぐるみみたいだ。あとかわいい。


「ポロンの奴、リリィの担当は《継ぎ接ぎの傀儡王》だぽんって言うじゃない? 何それ素敵! って思ったのに、ログインしてみたらこの有様よ」

「や、か、可愛いとは思いますけど……」

「可愛ければいいってわけじゃないでしょ! リリィはてっきりフランケンシュタインの女の子バージョンみたいな見た目になると思ったのに、継ぎ接ぎ要素がぬいぐるみってどうなのよ」


 表情こそ変わらないものの、針谷さんが中に入っているからか、ぷんすかと頬を膨らませているのが容易に想像できる。……なんか、針谷さんも針谷さんで苦労してるんだなあ。


 ムキムキの二児の父を期待してログインしたらフリフリの幼女だったわたしと似たようなものだろう。……レイドボスの中の人って、みんなこんな感じで運営に振り回されているのかもしれない。


「って、そんなことより!」

「ひゃいっ!?」

「わらびは何でこんなところまで来て素材集めなんかしてるの? あなたのレイドエリアって随分北の方よね?」


 そういえば、まだきちんと説明していなかった。


 ということで、温泉街計画のこと、モンスターたちと協力して開拓していること、でも素材が足りなくて困っていることを掻い摘んで話すと、針谷さんはボタンでできた目をきらきらと輝かせた。


「温泉街!? いいなあ、リリィも入りに行っていい!?」

「も、もちろんですけど……」

「やったぁ! リリィ、温泉は大好きだけど外には出たくないから困ってたのよね。家にいながら温泉に入れるならこれ以上のことはないわ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる針谷さんは大変可愛らしいが、でもぬいぐるみって温泉に浸かっても大丈夫なのだろうか。綿とか水吸って重くなったりしないかな……。


「いいなぁいいなぁ、じゃあリリィも素材集め協力してあげる!」


 温泉街をぬいぐるみが歩いてる姿も想像したらだいぶシュールだなあ……とぼんやり思っていると、針谷さんがドンと胸を叩いて言った。


「えっ、ほ、本当ですか……!?」

「もっちろん! どうせプレイヤーも来なくて暇だもの。あと足りない素材はなに?」


 頼もしすぎる申し出である。ありがたく調達に困っている魔法石のことを話すと、針谷さんはふむふむと頷いた。


「魔法石ね。それならリリィ、βテストの時に見つけたことがあるから知ってるわ」

「そうなんですかっ!?」

「もっちろん! リリィは先輩だからね、後輩を導くのは当然のことだわ」


 見た目はぬいぐるみなのに背中が大きすぎる。

 もう一生着いていこうかと感涙しそうになっていると、針谷さんは短い腕を天に掲げ、「来なさい!」と声を上げた。


「え、えと……これは?」

「見てなさい。今来るから」


 何がだろう。そうあたりをキョロキョロしていると、突然、魔法陣が地面に浮かび上がった。


 すると、次の瞬間、どこからともなくスケートボードが出現する。

 それもまあまあな大きさで、わたしと針谷さんくらいのサイズ感であれば二人は乗れそうだ。


 針谷さんはそのスケートボードに片足を乗せると、こちらを振り返り、綿の詰まった左手をくいくいと動かして言った。


「乗りなさい!」

「……えっ?」

「これ、リリィ専用の乗り物なの。素材が取れるところまで連れていってあげる!」


 な、なるほど……。もしかしてこれが、針谷さんの移動手段なのだろうか。


 わたしで言うところのボーンドラゴンくんみたいな扱いなのかな。だからといってなんでぬいぐるみにスケートボードなんだろう……と思いながら素直に針谷さんの後ろに乗ると、地面を蹴って滑り出しながら、針谷さんが思い出したように言った。


「あ、ちゃんと捕まってなさいよ?」

「えっ、あ、はい……?」

「これ結構速いの。トップスピードになると特にね」


 け、結構速い……?


「えと、どのくらい出るんですか……?」


 その言い回しに嫌な予感を感じて尋ねると、針谷さんはあっけらかんとした口調で言った。


「時速300キロは出るわ」

「さささささささんびゃく!?」

「さあ行くわよ、『I am that I am号』! 雪山にゴー!」

「ひゃあぁーっ!?」


 そこまでの速さなんて聞いていない。わたしの悲鳴なんてお構いなしに、スケートボードはごごごごと不穏な音を立てて加速し始めた。し、死ぬ……!

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