18:レイドボス、初めての交流(?)
ふわりと頬を撫でる風に、フリルのドレスがひらりと踊る。
眼下に広がるCFOの大地を見下ろしながら、わたしは小さく息を吐いた。ボーンドラゴンくんの背中──というか背骨の上は相変わらず乗り心地がよくて、雲の上を散歩しているような不思議な浮遊感がある。
「うーん……でも結局どこで手に入るんだろう」
温泉街建設に必要な特殊素材のことを考えながら、ぼんやりと空を眺める。魔力を帯びた宝石に、氷の魔法石、炎の魔法石。
沈黙の森だけでは絶対に手に入らない素材ばかりで、正直お手上げ状態だ。
「見当もつかない……誰かこういうのに詳しい人とかいないかなあ」
そう呟いたとき、ふいに閃いた。
そうだ。すっごくいいあてがあるじゃん。
「『プレイヤー』に聞けばいいんだ……!」
なんで今まで気づかなかったんだろう。このゲームのことに一番詳しいのはプレイヤーに決まってる。攻略情報だって共有してるし、きっと素材の入手先なんて常識レベルで知ってるはずだ。
我ながらの機転に思わず頬を緩め、ボーンドラゴンくんの背骨を優しく撫でる。「ぎゅぅ」と嬉しそうに鳴いてくれた。
「ねえ、花の街まで行ってくれる? できれば人気のない場所に降ろしてもらえるとありがたいんだけど……」
お返事代わりにもう一度「ぎゅぅ」と鳴くと、ボーンドラゴンくんは大きく旋回し、遥か彼方に見える石造りの街へ向かって飛んでいく。
骨だけの翼が静かに羽ばたいて、わたしたちは雲を切り裂きながら空の旅を続けた。
◇◇◇
花の街の郊外、人通りの少ない場所に降り立ったあと街を訪れると、わたしは改めてその変貌ぶりに目を見張った。
「わあ……すっごい変わってる……」
久々に訪れた花の街は、βテストの時とは比べものにならないほど活気に満ちている。
石畳の大通りには色とりどりの露店が立ち並び、呼び込みの声が響く。
軒先には様々な職業の看板が掲げられ、鍛冶屋の金槌を叩く音や、料理人たちの威勢のいい掛け声が街全体を包んでいた。
そして何より──人、人、人だ。
βテスト時には多くても百人程度だったプレイヤーが、今や何百人もの規模で街を闊歩している。パーティーを組んで冒険の相談をする集団、露店で値段交渉に熱中する商人、広場でギルドの勧誘をする人たち。
まさに生きた街って感じで、見ているだけでもわくわくしてくる。
「よ、ようし……まずは街を見て回ろう」
とはいえ、いきなりプレイヤーに話しかけるのはハードルが高すぎる。……モンスターたちと気楽に話せていたせいで忘れかけてたけど、わたし引くぐらいコミュ症だし。
まずは雰囲気に慣れるために、街をぶらぶら歩いてみよう。
そう意気込んで大通りに足を向けると、途端に賑やかな喧騒に包まれた。
レンガや木組みの建物で溢れ、そこかしこに設置された花壇が美しい花を咲かせる花の街は、石畳で舗装された地面も相まって、温かな雰囲気に満ちている。
左手には「ポーションの素材、安く売るよ〜!」と威勢よく呼び込む素材屋。
右手では「貴重なプラチナを使用した装備、入荷しましたぁ!」と声を張り上げる武器屋。
奥の方では楽器を奏でるプレイヤーの周りに人だかりができていて、更に向こうには、花の街の観光名所でもある大きな古城が立っていた。確かあの城は、ギルドの設立や結婚システムの届出なんかを受け付けてくれる場所でもあったはずだ。
「うわあ……いいにおい……」
そんな中、ふわりと鼻をくすぐったのは香ばしい匂いだった。
匂いの方向を見やると、角の向こうで湯気を上げる屋台が目に入る。手作りの看板には「名物! ジューシー串焼き」の文字。
……ち、ちょっとくらいなら、いいよね?
わたしは小さな足でてててと駆け寄ると、屋台の前でもじもじと立ち尽くした。
「いらっしゃい! 可愛いお嬢ちゃんだねえ!」
屋台の主人──恰幅のいい中年男性のNPCが、人懐っこく声をかけてくれる。
「ぁ、え、えっと……く、串焼き、ひとつ……」
「毎度あり! うちの串焼きは絶品だよ〜!」
差し出された串焼きは、こんがりと焼けた肉に甘辛いタレが絡んで見るからに美味しそうだ。
早速ひと口かじってみると、口の中に肉汁と香ばしさが広がった。
「おいしい……!」
このリアルと相違ないどころかリアルより敏感になっている気さえする味覚システムは、CFOの売りの一つだ。
タレは舌に触れた瞬間香辛料の香ばしさが広がり、ジューシーな肉は、ラビの小さな歯でも簡単に噛めてしまうほどやわらかい。
加えて肉汁がニンニクの風味と合わさって圧倒的な背徳感を生み出していて、だらしなく頬が緩んだ。お、おいしすぎる……!
「うんうん、そんな顔で食べてもらえると作った甲斐があるってもんだ!」
屋台のおじさんが満足そうに笑ってくれる。へ、変な顔してたかな……。NPC相手とはいえ恥ずかしい。
でも、この串焼きは本当に絶品だった。噛むたびに溢れる肉汁と、表面のカリッとした食感。お肉の種類もよくわからないけど、きっと高級な部位を使ってるんだろうなあ。
「なあ、聞いたか? 攻略ギルドの話」
そう串焼きに夢中になっていると、ふと近くから声が聞こえてきた。
攻略ギルド。
その名前に、もぐもぐと咀嚼するわたしの口がぴたりと止まる。
声のする方向を見やると、男性プレイヤーが二人、何やら話し合っている。
距離は離れているが、レイドボス補正で聴覚が強化されているわたしには、彼らの会話がはっきりと聞こえた。
「この間リーベルの街を開放したばっかだっていうのに、もうアクロポリスの開放戦にも挑んでるってさ」
「アクロポリスって、第三の街?」
「そうそう。ほら、アクロポリスってβテストだと大きな商港がある街だったらしいじゃん? もしβの時と同じなら、物流も活発になって一気に経済の中心地になるんじゃないかって話」
第三の街、アクロポリス。
その名は、βテスト経験者であるわたしにも馴染みのある名前だった。
アクロポリスは彼らの言う通り大きな商港がある港湾都市で、確か、βテストの時はCFO最大の広さを持つ街だったはずだ。
その特徴は、なんといってもその商港。
大きな商船が何隻も泊まれるほどの規模があるそこは、ギルドや店単位の物流に最適で、βテストの時もアクロポリスが開放されてから一気に経済が加速したのだ。
「へえ、なら向こうで店開けばいい商売になりそうだな。攻略ギルド様々だ」
「本当にな。俺らみたいな鍛冶屋にとっては神様だよ」
それが開放されるのは喜ばしいことなのだろうけれど、……でも神様かあ。
串焼きを食べながら、ぼんやりと考える。
確かに攻略ギルドは強い。ステータスはもちろん、プレイヤースキルが段違いで、SNSを見ていても人気が高いのがわかる。……この間なんてファンアートみたいなの描かれてたし。なんならファンアートタグまでできてたし。
それに加えて新しい街を次々と開放もしてくれるから、他のプレイヤーにとっては頼もしい存在なんだろう。
でも、βテストの時の彼らを知ってるわたしとしては、どうにも複雑な気持ちになってしまう。……あの時みたいに他のプレイヤーを邪険に扱うことがなければいいんだけど。
「おっ、ロリじゃん」
そんなことを考えていると、今度は別の方向から声が聞こえた。
顔を上げると、近くの露店に並んでいた男性プレイヤーたちが、こちらを見て何やらひそひそと話している。ロ、ロリ……。いや見た目はそうだけど。
「マジだ。銀髪かわい〜」
「キャラクリって確か身長制限なかったっけ? あんな小さい子も作れんの?」
否、作れない。
というか作っていない。わたしとしてはアダム・タカハシとして生きる気満々だったんだけど、大人の事情で幼女である。
……というか、このゲーム身長制限とかあるんだ。
確かに顔が幼いアバターはいても身長が極端に低い子はいないなあと思ってはいたけど、ある程度下限があったのか。……まあだから余計にちっちゃいラビが目立つんだけど。
「さあ。でも他のロリアバターとは比べもんになんないレベルで可愛いよな」
「な。普通にNPCじゃね? あんな服見たことないし」
その通り、わたしはNPCだ。なのでできるだけそっとしておいてくれるとありがたい。人こわい。
と、わたしが森を出てここに来た理由を早速捨て去りかけていると。
「あー、NPCか。いいな〜、パンツ見てえ」
ぎょっとして串焼きを持つ手が止まった。
い、今、なんて……?
思わず見やると、男性プレイヤーたちと目が合ってしまった。彼らは慌てたように顔を寄せ合う。
「あ、ヤベ、聞こえてた?」
「いや大丈夫だろ。NPCだし」
「それもそうか」
ハハハ、と笑い合うプレイヤーたち。こ、こんな人もいるんだ……。
「き、気持ち悪いです……」
ドン引きしてつい本音が漏れてしまった。
あっまずいと思ったその瞬間、男性プレイヤーたちがぽかんとした表情でわたしを見る。やべ。
串焼きを握りしめたまま、わたしは慌ててその場から逃げ出した。背後で何か騒がしい声が聞こえるけど、もう振り返りたくない。
「辛辣ロリ!! クソ可愛い!!」
「なんだあれ! どこのNPC!? 新キャラか!?」
こ、こんなことするために街に来たんじゃないのに……!
涙目になりながら人込みの中を駆け抜け、わたしは必死に逃げ続けた。やっぱり人がたくさんいるところは苦手だ……。
「……うぅ」
でも逃げてばかりもいられない。温泉街、作るって約束しちゃったし……。
とにかく今は素材を集めるための情報収集だ。
角の向こうに身を隠し、荒い呼吸を整えながら、わたしは改めて決意を固めるのだった。
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