12:開拓拠点、完成っ!

 翌日。

 お昼前にログインしたわたしは、目の前の光景に思わず目を疑った。


「な、何この大群……!?」


 昨日までとは比べ物にならない数のモンスターたちが、わたしの家の建築現場に集まっている。


 ガルドさんよりは少し小柄ながら、しかし屈強なオーガたちが巨大な木材を軽々と運び、ゴブリンたちはハンマーを片手に走り回っている。


 カーバンクルたちはバケツリレー方式で屋根上に煙突を作るための石を運び、ミイラがしゅるしゅると包帯を伸ばして素材を仕分け、スライムがその合間を縫うようにしてレンガを運搬していた。


「ガルドさん! どどどどうしたんですかこれっ!」


 まるで一大建設プロジェクトの現場だ。


 少なくともわたしの家を建てるためだけに召集していい人材ではない。慌てて現場監督のように指示を出していたガルドさんに駆け寄ると、彼は気持ちのいい笑顔を浮かべた。


「おお主様、おはようございます! 昨晩、森中の奴らに声を掛けましたら、みんな建築に興味があるって言うもんで。せっかくですから全員連れてきたんです」

「いやいやいや多すぎますよっ! わたしの家ひとつにかけていい人数じゃないです!」

「つっても、みんなやりたいって希望したもんで」


 いや確かに、昨日仲間を呼ぶとか言ってたような気がするけど……! でもこの数は流石に申し訳ない。こんなの町で唯一のコンビニを建てるとかじゃないと許されない熱量だ。


「大丈夫ですよ。みんな、主様の役に立ちたいんです」


 そう笑い、ガルドさんはてててと駆け寄ってきたカーバンクルに指示を飛ばした。……役に立ちたい、かあ。


 働き手が一気に増えたおかげで、建築は昨日と比べ物にならないスピードで進んでいる。


 あっという間に形になっていく我が家を眺めながら、わたしは小さく息を吐いた。……ガルドさんはああ言ってくれてるし、モンスターたちも楽しそうに建築してるけど、でもわたし、まだ彼らのために何もしてないんだよな。


 わたしがここを統治して、森を荒らすプレイヤーから守ってくださるおかげで暮らしていける……みたいなことは言われたけど、でも具体的に何かしたわけじゃないし。


 プレイヤーから森を守るっていったって、そもそもゲームが始まってまだ3日しか経ってないもん。わたしが守っているんじゃなくて、プレイヤーのレベルが足りなくて近づけないだけだ。


「……なんか、申し訳ないなあ」


 せめて、何か彼らのためにできることがあればいいのに。……と言っても、わたしには建物のレシピを作ったりすることしかできないんだけど。


「あ、いや、……もう一個あるか」


 あとできることと言えば、〈白骸フロストグレイヴ〉をかけて道具を強化して回ることだ。


 ボーッとしているわけにはいかない。わたしは小さな足で駆け出し、片っ端からモンスターが扱う道具にスキルを施した。


 建築は順調に進んだ。


 みんな思いのほか熱中しているらしく、時間が経つにつれて連携がされ、作業が効率化し、加えて興味を持ってやってきたモンスターも巻き込んで増員。


 わたしの開拓拠点となる家は仕上げの段階に入り──そして、月が森を照らし始めた頃。


 ガルドさんが、最後のレンガを壁にはめ込み、高らかに声を上げた。


「──できた! 完成ですぜ、主様!」


 その声に、モンスターたちがわっと歓声を上げる。


 目の前には、わたしが紙に描いた通りの、温かみのあるレンガ造りの家が建っていた。


 大きさは、一般的な民家より少し小さいくらいだろうか。

 正面には木製の扉が一つある。扉の左右に丸い出窓がついていて、各壁にも大きな窓が一つずつ。


 赤い三角屋根からは石造りの煙突が伸びて、庭には倉庫にアクセスできる大きな木箱がついていた。完璧だ。


「す、すごい……! できちゃった!」

「やりましたなあ、主様!」

「は、はい……! ガルドさん、みんな、本当に、ありがとう……!」


 込み上げてくる達成感に、声が少しだけ震える。


 周りを見渡せば、ゴブリンもオーガも、スライムでさえも、みんなでお互いの肩を叩き合ったり、ハイタッチをしたりして、完成を喜び合っていた。


 カーバンクルたちなんて、手を繋いで輪になり、きゃっきゃと楽しそうに家の前を回っている。まずい可愛い悶え死ぬ。


「あるじ様、あるじ様」


 危うく萌え殺されそうになっていると、服の裾をちょいちょいと引かれる。

 振り返ると、ちっちゃいわたしより更にちっちゃい子どものゴブリンが一匹立っていた。なんの用だろう。


「えと、どうしたの……?」

「あるじ様、たのしかった! 次もやらせてね。今度はさ、もっとおっきいの!」


 きゃっきゃと楽しげに笑うゴブリンの言葉に、周りのモンスターたちも「おう!」「またやろう!」と口々に同調する。


 その声色が温かくて、わたしはきゅっと両手を握った。

 ……そっか。みんな、義務で手伝ってくれたわけじゃないんだ。


 この「開拓」を、楽しんでくれてたんだ。


「次、かあ……」


 完成したばかりの家を見上げ、ぼんやりと呟く。


 一人では決して見ることのできなかった光景だ。


 胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じながら、わたしは、この森で次に創り出すべきもののことを早くも考え始めていた。


「大きくて、みんなの役に立てるもの……」


 レシピは無限だ。なんだって作れるし、なんだってできる。わたしたちはこの森を、どんな街にだってできる。


 じゃあ何がいいんだろう? はしゃぐモンスターたちの声を耳に入れながら、わたしはただ、出来上がった家を見上げていた。



 ◇◇◇



 家の完成をひとしきり喜び、ログアウトした頃には、時刻は既に0時を超えていた。


 持て余している大きなベッドの上でヘッドギアを外し、Tシャツにハーフパンツというラフな格好でごろりと寝返りを打つ。次の建築、どうしようかなあ。


「次……次かあ。そういえば、家を建てたあとに何を建てるかってまったく考えてなかったな」


 建てたいものはたくさんあるけれど、どれから手を付ければいいかまったくわからない。森を発展させると約束したからには、森のためになるものをつくりたいんだけど。


 ……うーん、でもこういう時は市場調査だよね。


 ということで支給されたスマホを開き、CFOの公式攻略サイトにアクセスする。

 掲示板をタップすると、公式が作成したスレッドからプレイヤーが建てたものまで、さまざまなスレッドが並んでいた。


「まずは需要を知らなきゃ。世間一般の人が何を求めてるかってのが大事だもん」


 えーっと、どれどれ……。


『最強職業は錬金術師で決まり!Part.52』

『【獣人禁止】美少女アバのスクショを貼るスレ Part.15』

『ガチでパンツ覗く方法教えてください。冷やかしいらないです』

『ネカマしてたらレアドロ搾り取れたw』

『【通報推奨】悪質ネカマ報告スレ Part.2【アイテム強奪】』

『キャラクリ本気でやってない奴がいるとパーティーの士気下がるよな』

『スキルツリー派生検証スレ その21』

『このゲームの真実に気付いてしまったんだが』


「……う、うーん……」


 さ、参考になりそうなスレッドがまるで存在しない……。まったくひどいインターネッツだなあ。


 いやでもプレイヤーの声を聞けば何かしらのヒントになるかもしれない。試しに『このゲームの真実に気付いてしまったんだが』のスレッドを開くと、1番最初の書き込みが『結局最強の金策ってネカマじゃね?』という内容だったためすぐさまブラウザバックした。そんな訳なさすぎる。


「せめて、最近のプレイヤーの動向とか知れたらいいんだけど……」


 ここ3日ほど開拓作業で森にこもっていたのもあって、わたしはプレイヤーたちの進捗をまるで把握できていない。


 流石に沈黙の森まで来られるようなプレイヤーはまだいないだろうが、どの街まで辿り着いているのかくらいは知って損もないだろう。


「……うん?」


 とにかく情報を……と掲示板をスワイプしていると、ふと見覚えのある名前を見つけた。


『攻略ギルドについて語るスレ』


 攻略ギルド。

 サービス開始初日にSNSで見かけた、βテストから存在するギルドだ。


 採用は承認制。

 面接と技術試験を突破した者のみを迎え入れるという方針の少数精鋭ギルドで、わたしもβテストの時に……ええと、ちょっとだけ関わったことがある、正直良い思い出がないギルドだ。


 で、これはそのギルドについて話すスレッド……ってことでいいんだよね?


 しかも書き込みの数からして結構盛り上がっているらしい。おそるおそる開いてみると、無数の書き込みが表示された。古いものから目についた書き込みを読んでみる。


『攻略ギルド、第二の街リーベルに初到達!!!』

『サービス開始から2日も経ってないのにヤバすぎる』

『 "リーベル開放" トレンド1位なってるやん』

『 "攻略ギルド" も入ってるぞ!』

『流石最強ギルドだわ。名前売れるだろうなー』


 CFOでは、花の街を除く全ての街は、プレイヤーが足を踏み入れた瞬間に開放される方式となっている。


 しかし、それは単に街を探して一番乗りすればいい、という話ではない。


 それぞれの街の入り口には必ず強力なボスモンスターがいて、それを討伐しなければ街を開放することはできないのだ。


 これは通称『開放戦』と呼ばれ、クリアすれば、街を解放した英雄としてその功績はサーバー史に刻まれる。まさに最高の栄誉だ。──そして今回、その栄誉ある『第二の街』の解放者に、あの攻略ギルドがなったらしい。


 ということはつまり、現在プレイヤーたちの中で最前線にいるのは、例の攻略ギルドということだ。……うう、そう思うと気が重いなあ。


『嘆きの洞窟で見かけたけど攻略ギルドカッコよすぎた。特に剣士の剣さばきがやばい、あれ絶対経験者だと思う』

『攻略ギルドのメンバーが着てる外套って制服みたいなもん? 背中に刺繍されてるエンブレムみたいなのなんだろ』

『ギルドのロゴらしいよ。デザイナーに頼んだのかわかんないけどめっちゃかっこいい』

『攻略ギルド、この間めっちゃプレイヤーに声かけられてたw やっぱ有名なんだなー、全員フルシカトしててかわいそうだったけど』

『冷たいのがいいんでしょ! 攻略ギルドは馴れ合わないから』


「……わぁ」


 書き込みの内容は、ほとんどが攻略ギルドに対する賞賛だ。


 強くてかっこいい、最強ギルド、レイドボス最初に倒すのはこいつら──などなど、まるで彼らを英雄視するような書き込みが並んでいる。


「すごいなあ……βの時とは印象が大違いだ」


 βテストの時の攻略ギルドは、自分たちさえ良ければなんだっていい、の精神を全面に押し出していた。


 狩場は独占、詐欺まがいのアイテム強奪に、よそのギルドハウスを荒らして帰っていったこともあったっけ。


 そのたびβテスターの間では不満が叫ばれていたのだけど、この正式サービス版をプレイする莫大な人数に対して、βテスターはほんの少数だ。


『このギルドβテストの時ヤバかったのになんでこんな持ち上げられてんの? 自分たちの成果のためならなんでもする奴らだったのに』


 だから、おそらくはβテスターであろう人の書き込みがあっても、


『まーたお前かよ』

『さっさと帰れ』

『はいはい嫉妬乙』

『羨ましいなら開放戦クリアしてみればw』


 と、こんな感じでまったく相手にされない始末である。む、胸がキリキリする……。


「……うう、お風呂はいろ」


 携帯の電源を落とし、ベッドから立ち上がる。

 とりあえず、今は開拓だ。……市場調査は見ての通りの結果だけど、頑張ろう。うん。

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