9:開拓は簡単じゃありません
「よぅし。ひとまず採取、がんばるぞっ……!」
倉庫付きの家──もとい今後の開拓拠点を建築するためにも、ここらで気合いを入れなくてはならない。
そんな意気込みのもとフリフリの袖を捲り上げると、わたしは手近な木に目を留めた。
こういうのは景気付けが大事だ。中指と親指で丸をつくり、ぐっと力を込め、大木をデコピンで粉砕する。
足元にあった大きめの石はぴょんぴょんとステップを踏んで粉々にし、わたしの身長ほどもある大きな岩は、
あとは……ええと、粘土か。
粘土は確か、土を掘り起こすことで入手できたはずだ。
ということで手っ取り早くおでこ靴の爪先で地面を抉ると、少々力を込めすぎてしまったらしい。
途端に硬い地面が爆発したかのように弾け、土くれを撒き散らし、半径3メートルほどのクレーターが生まれてしまった。……えーっと、まあ上出来!
「これで必要な素材がそれぞれ50個ずつ……素材集めも大変だなあ」
それに、こうして動き回って気が付いてしまった。……この髪、まあまあ邪魔だ。
普段過ごすぶんには問題ないのだが、こうして素材集めを行うとなると、腰ほどの長さがある銀髪は視界を占領して鬱陶しい。あとせっかく綺麗だから汚したくない。
さっさと結んでしまおう。
わたしは両手を広げると、目を瞑ってスキルを発動した。
「──〈
その詠唱に応えるかのように、周囲の地面が蠢く。
次の瞬間だ。地響きとともに軽い揺れが襲ったかと思えば、まるで獲物に襲いかかる大蛇のように、無数の太い蔓が地面を突き破って出現した。
蔓は咆哮を上げるように大きくしなると、先端をしゅるしゅるとわたしの身体に巻き付ける。
「わぁっ……ふふ、くすぐったいよ」
蔓はわたしの小さな身体をあっという間に持ち上げた。
そのまま数度上下させると、嬉しそうに地面におろしてくれる。か、かわいい……。なんか犬にじゃれつかれている気分だ。
この太い蔓たちは、《冥々の眠り姫》が使用する拘束魔法の一つである。
その名も〈
地面を突き破るほどの威力がある蔓で絡め取り、相手の身動きを封じる効果があるのだが、今回このスキルを発動したのは、拘束力の強い蔓をゴム代わりにするためだった。
「あのね、わたし、ちょっと髪結びたくて……。手伝ってくれる?」
ゴムくらい作ればいいのだが、こっちのほうが手っ取り早いし、何より丈夫だ。
わたしが手を差し出すと、喜んだように揺れる蔓のうち2本が、自らちぎれてわたしの手のひらに収まってくれる。
どうやら協力してくれるらしい。やたらと手に馴染むその蔓で、わたしは自分の銀髪をツインテールに結った。結び目のところに蔓の先端が小さな花を咲かせている。
「うん、快適……! ありがとうね、みんな」
完璧だ。残った蔓たちを撫でてお礼を言うと、蔓たちは誉められた子犬の尻尾のようにうねうねと動き、勢いよく地面に戻っていった。
ようし、これで準備完了。
敵を拘束するための魔法だから、ちょっとホールド力が強すぎて頭皮が引っ張られて痛い気もするけど……まあ許容範囲内だよね。むしろいくら暴れても解ける心配がなくて安心だし。
さて、ここからが気合いの入れどきだ。
早く済ませてしまおうと森の中へ駆け出し、勢いに任せて木を殴る。
岩を砕き、地面を掘り起こし、また木を殴って、木を殴る。
そんな作業を繰り返し、わたしが家を建築するための素材を集め終えたのは、それから2時間が経過したあとだった。
「ぐはぁっ……つかれたぁ…………」
あたりの木を伐採しまくったせいか、いくらかすっきりしてしまった洋館の前で大の字になる。……し、しんどかった……。
レイドボスの身体能力をもってしても骨の折れる作業だった。……うう、もう絶対素材集めは自動化しよう……。こんなの繰り返してたらプレイヤーと出会う前に過労死一直線だ。
けど、悪いことばかりじゃなかった。道中でいろんな鉱石とかポーションの材料になる薬草も採取できたし……!
森の地理にも多少詳しくなったし、素材も集め終わって収穫は十分だ。早速家を作ろう。
ということで洋館の付近に十分なスペースを確保し、カスタマイズウィンドウから〈レンガ造りの家〉を選択する。
素材も十分。
あとはボタンを押せば、ダミーボットのようにぽんと家が出現する──はずだったのだが。
「……あ、あれ……?」
目の前に現れたのは、家そのものではなく、山のように積まれたレンガや木たち──つまり建材だった。
……ええと、いや、もしかして。
「こ、ここから、自分で建築しないといけないの……?」
思わず呆然と呟く。……い、いや、確かにそうだよね。ダミーボットみたいな小さいものならともかく、家がボタン一つで建つわけないよね……。
「でもこれ、どうしたらいいのぉ……?」
建材を前にひんひんと泣き言を垂れる。いや確かに設計図もどきを描いたのはわたしだけど、家の建て方なんて知らないし……!
わたしでもできるならありがたいけど、でもたぶん、レンガを積み木みたいに重ねるだけじゃ壁なんてできないよねぇ……?
「ど、どうしよう……」
途方に暮れたわたしは、目の前の建材の山を前にただ唸ることしかできない。
でもとにかくやってみるしかない。そうレンガをひとつ手に取ろうとした、その時である。
「何してるんだ?」
「ひゃーっ!?」
不意に、背後から低い声がかかった。
飛び上がって振り返ると、青い肌を持つ巨大な影が、不思議そうな顔でこちらを見ている。
──オ、オーガだ……!
わたしの2.5倍はありそうな体躯に、岩のように硬そうな皮膚。膨れ上がった筋肉が腕や胸に浮かび上がり、2本のツノと鋭い牙が、木漏れ日に照らされ不気味に光っている。
オーガ。この森に住まう、モンスターの一匹。
わたしは咄嗟に建材の陰に身を隠した。
「ぁ、あ……え、えっと……」
ど、どどどどうしよう……! 戦う!? いやでもわたしレイドボスだし、分類的には仲間だよね……? そうだよねっ!? 襲ってきたりしないよね!?
パニックになるわたしに、オーガさんは不思議そうに首を傾げた。とにかく、とにかく会話だ。震える声でなんとか状況を伝える。
「ぁ、あの、い、家、建てようと思って……」
「家?」
オーガさんは、指をこねるわたしと建材の山を交互に見比べ、目をぱちぱちと瞬かせた。
「嬢ちゃんが建てられんのか? そんなちっちゃい身体で?」
「た、たぶん……」
「たぶん、ねえ。……全く、仕方ねえなあ」
そう言うと、オーガさんはガシガシと頭を掻き、ドン、と自分の胸を叩いた。
「オレが手伝ってやるよ。こういうの得意なんだ!」
「……へっ?」
喉の奥から間抜けな声が漏れる。……て、手伝う?
うそでしょ。てっきりわたし、た、食べられちゃうんだと思ってたんだけど……。
そんなわたしの動揺など意に介さず、オーガさんは鋭い牙を覗かせながらも人が良さそうに笑う。
それを前に、わたしはただ、とぼけたような顔でぽかんと口を開けることしかできなかった。
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