第32話


「まだってことは、狙ってたんじゃない!」

 茶髪が叫ぶ。

「私、帰ります。ごゆっくりどうぞ」

 私はそろっと立ち上がった。


「置いていかないで!」

「黙りなさい!」

 ロングヘアに叱られ、江上さんはびくっと震えた。

 私は上着を持って、個室を出た。

 料亭を出ると、カズが待ち構えていた。



 私が家に帰るまで、カズは黙って憑いてきた。

 アパートに着いてから、私は聞いた。


「あの人たち、カズが呼んだの?」

「そうだよ。間に合って良かった」


「なんであの人が三股してるってわかったの?」

「いや、それは……」

 言い淀んだ彼を見て、ピンときた。


「スマホ、盗み見たの?」

「あー……」

 カズは目をさまよわせた。


「だめよ、そんなことしちゃ!」

「君を守るためだよ!」

「だからって」


「それより」

 カズは私の非難を遮って、怒って私を見る。

 カズは怒って私を見る。


「あの男とキスしようとしただろ! 浮気だぞ!」

「あなたはもう死んでるんだから浮気じゃないわ」


「妊娠してるとわかってる女性を誘うなんて普通じゃないぞ! 最低すぎるだろ!」

「もういいの、放っておいて」


「放っておけるわけないだろ! 男なら誰でもいいのか!」

 言われて、私は彼をにらみつけた。

「誰でもいいのよ」

 彼は息を呑んで私を見つめ返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る