第21話
涙が落ち着いてから、私は彼を見た。
「ごめん。一番つらいのはあなたなのに……」
「いいよ。俺よりきっと、君のほうがつらい」
優しい声音に、また涙があふれた。
いつも彼は優しい。
出会ったときもそうだった。
悪くないのに謝る店員さんに、困ったように彼も謝っていた。
悪いのは俺だから。騒がしくしてごめんなさい、と。
その思いやりに、心惹かれた。
「現実的に、生んでくれるなら認知は必要だよ。死後認知の手続きをとろう」
「死後認知?」
「そうすれば俺の財産を受け取れる。不安が少しは解消できるんじゃないのかな」
確かに、育てるにあたっての費用は気になる。
「DNA検査も必要だろうけど、俺とつきあってたときのやりとり、スマホに残ってるよね? 写真とかプレゼントとかも持ってるよね?」
「あるけど……」
「あれがあれば一番いいのにな」
「あれってなに?」
「あれはあれだよ」
「わかんないよ」
「とにかく、弁護士に予約入れて。専門家を入れた方が早いから」
弁護士なんて、その響きだけで抵抗がある。
そして、はっとした。
私は慰謝料を請求される立場だったはずだ。
「本命の彼女も妊娠してるのよね?」
「本命は君だから」
「じゃあやっぱり浮気はしてたの?」
「してない! 俺は君だけだから! そっちもどうにかしないといけないのか」
彼はむむっと表情を険しくした。
「信じていいの?」
「今はこの状態だからどう証明していいかわからない。だけど、本当に、誓って浮気はしてない」
「……そう」
信じたい。だけど、信じる、とは言い切れなかった。
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