呪いは廻る

粘着物質X

呪いは廻る

 とある世界の賑わっている酒場の隅っこで冒険者パーティーが話をしていた。

「くそっ!報酬がこんだけしかねぇ!」

 剣士の男がいらだった様子で報酬の入った袋を机に強くたたきつける。

「仕方ないでしょ!あんたが毛皮を雑に処理したから報酬減らされたんじゃない!」

 魔法使いの女がこれまたいらだった様子で剣士に言い返す。

「こうなっちまったもんはしょうがねえ。それよりギルドの受付の野郎、執拗にあの荷物運びのこと聞いてきやがったが…絶対俺らのこと疑ってるよな。」

 盗賊の男は暗い表情で少し声を小さくして言う。

「あぁ、確かにしつこかったな。まあでもあいつが自分でどっか行ったって言ったらそれ以上聞いてこなかったんだし気にしなくていいだろ。」

 このパーティーは4人組”だった”。ダンジョンでは剣士と魔法使いが魔物を倒し、盗賊が罠を解除。

 そして、荷物持ちが倒した魔物から討伐の証明になる部位をはぎ取る。

 これがこのパーティーの日常だ。この世界では決して珍しくない、よくいるありきたりなパーティー。

 そんな彼らは今日、大きなミスを犯した。

 己の力を過信してしまった。



 普段ならダンジョンの2層目で魔物を討伐し指定された部位を回収してギルドに持っていく。

 これ以上のことはしなかった。

 しかし、繰り返す日常に嫌気がさしていた剣士は提案した。

「3層目に潜ってみないか?」と。

 パーティーのだれもが程度の差はあれど、この日常に嫌気がさしていた。

 いや、彼は、彼だけは違った。

「い、いや、危ないですよ、い、いつも通りギルドに戻って報告しましょうよ。」

 そう荷物持ちの男はびくびくしながら言った。

「うるせぇ!てめぇは皮剝いでるだけなんだから黙ってろ!」

 剣士は自分の意見が反対されたことにいら立ち、荷物持ちを蹴り飛ばす。

「そうよ!魔物を倒せないあんたが文句を言う資格があると思ってんの?」

「お前は今の生活に満足してるかもしれねぇが俺らはな、先に進みてぇんだよ。」

 盗賊と魔法使いも剣士に同調し、荷物持ちに軽蔑した目を向ける。

「で、でもあの魔物が出たら」

「しつけぇよ!いいかげん黙って荷物運んでろ!」

 彼の必死の抗議もむなしく皆は3層目へと足を運んだ。

 彼らのいるダンジョンの3層目はほとんど2層目と変わらない。

 しかし、一つ大きく異なる点があった。

「おい、おいおいおいありゃなんだ!?」

「ダンジョンの主よ!私たちじゃ倒せない!」

 3層目にはダンジョンの主と呼ばれる大蛇の魔物が存在する。

 2層目に出てくる魔物よりも圧倒的に強く、このパーティーでは討伐することはできなかった。

「ちっ!このままじゃ追いつかれるぞ!」

 皆が口々に悪態をつきながら逃走する。

「はぁ、はぁ、ま、待って。置いて、はぁ、いかないで!」

 荷物持ちの彼は一人だけ逃げるのが遅れていた。

 無理もない、なぜなら彼はパーティの携帯食料や野営道具に加え、2層目で得た討伐証明の部位をすべて一人で運んでいたのだから。

 荷物持ちの彼以外が一斉に顔を見合った。

 たったそれだけの動作で彼はわかってしまった。

 皆がとても残酷な決断をすることをわかってしまった。

 荷物を置いていけば逃げられるかもしれないしかしそれを剣士をはじめとしたパーティーメンバーが許すとは思えなかった。

 それどころか剣士に切り殺されてしまうのではないか。

 そう考えた彼の走る速度は次第に落ちてしまい、とうとう立ち止まって膝から崩れ落ちた。

 彼の絶望する姿を見た一行は足早に逃げ去った。

 彼がパーティーの荷物をすべて持っていたため彼らが持っているのは己の武器と少額の金銭だけであった。ギルドの職員にあくまで自分たちは仕事をしたと伝えるため、もう一度討伐を行い今に至る。



「一人減って必要になる金は減ったがそれでも金が足りねぇ。」

「あいつに荷物持たせてたから買いなおさねぇといけねぇもんあるしな。」

 剣士と盗賊がため息をつきながら現状を語る。

 すると周りの冒険者たちのとある会話が聞こえた。

「なぁ、あの噂の魔物が北西の森に出るって本当か?ほら、倒すと強い武器落とすってやつ。」

「あー、あの噂のやつか。確かに北西の森のダンジョンにいるらしいな。でもその落とす武器って…」

 そこまで聞こえたが、別のパーティーが騒ぎ始めてそこからは聞き取れなかった。

「……おい。聞いたか?今の。」

「ああ、確かに聞いた。北西の森か。……明日行ってみるか?」

「あそこのダンジョンなら2層しかねぇくそ狭いダンジョンだ。絶対見つけられる。」

「ねぇ。そんなうわさ話信じるの?」

 ついに魔法使いが口を開く。

「…あ?なんだよ今まで黙ってたくせに。」

「そんなの本当にあるかわからないじゃない。明日一日無駄にする気?お金もそんなに持ってないのに。」

 魔法使いは不機嫌そうな顔でうわさを否定する。

「…もしも、これが本当なら俺たちはまだ何とかなるかもしれないんだ。俺は行くぞ。」

「お前が行くってんなら、俺も行く。」

 そう語る剣士と盗賊はどこか正気を失った目をしながら笑っていた。

 自分たちはまだどうにかなる。このくそみたいにつまらない日常から抜け出せるんだといわんばかりに。

 そんな2人の様子を見た魔法使いはぶっきらぼうに言う。

「あーもう仕方ないわね!行けばいいんでしょ行けば!」

 彼らは次の日、街の北西にある小さいダンジョンに行った。



 北西の森のダンジョンに到着した彼らは一つ失念していることがあった。

「そういや、明かりはどうする。こういう洞穴型のダンジョンじゃいつもはあいつに明かり持たせてただろ?」

「仕方ないから私の魔法で照らすわ。魔力がもったいないけど。」

 魔法使いはぶつぶつと文句を言いながらも魔法を詠唱し、火の玉を浮かべる。

 準備を終えた一行はついにダンジョンへ足を踏み入れる。

 ダンジョンに入ってしばらくした後、違和感を覚えた魔法使いが2人へ話しかける。

「ねぇ、なんか変じゃない?さっきから魔物を一匹も見てない。ここはもう2層目よ?明らかにおかしいじゃない。」

「うるせぇな。お前はビビりすぎなんだよ、そんなに怖えなら最初からついてくんじゃ…」

 盗賊の男が振り向いて文句を言おうとした瞬間、かすかに何かを引きずる音が遠くから聞こえた。

「あの角を曲がった先から聞こえたな。行ってみよう。」

「ああ、例の魔物かもしれねぇ。おい、急ぐぞ!」

 剣士と盗賊はそう言い、一行は急いで音が聞こえた方へ向かった。

 彼らが向かった先に何かが佇んでいた。それは赤黒く人のような形をしており、右手には黒い剣を握っていた。

 何かを引きずる音は黒い剣が地面に引きずられている音だったようだ。

「アンデッド…の亜種か?見たことないぞ、あんなの。」

「あれが例の魔物かもしれねぇ。あの剣が強え武器なんじゃねぇか?」

「何あれ、気持ち悪い。なんか気味が悪いわ。」

 赤黒い何かは彼らを前にしても何もせずただその場で佇んでいた。

 ただひたすら彼らを見つめているだけであった。

「とりあえず倒すぞ。」

 剣士はそう言うと”それ”へ切りかかった。

 首を切りつけられた”それ”は倒れ伏し、黒い剣を残して塵と化した。

「おいおい、あっけなく死んじまったな?」

 盗賊はつまらなそうな顔で肩をすくめる。

「だな。しかしこの剣、かなり質が良さそうだぞ。」

 剣士は剣を拾い、まじまじと観察をしながら笑みを浮かべる。

 目は血走り、明らかに興奮している様子だ。

「なあ、もう少しダンジョンの攻略続けないか?この剣で試し切りさせてくれ。」

「え?目的の剣は手に入ったんだからもういいでしょ。ねぇ聞いてるの?ちょっと!」

 剣士はパーティの意見を聞くことなくダンジョンの奥へと進んだ。

 盗賊と魔法使いはそんな剣士の様子に違和感を抱きつつも、

 ダンジョンで武器が手に入るなんてめったにないことだからあれぐらい興奮してしまうか、と

 納得した様子で剣士の後に続いた。

 彼らがしばらくダンジョンを探索していると、大きな岩の塊が突然大きな音を立てて、彼らの前に立ちはだかった。

「げっ、岩人形ロックゴーレムかよ。強くねぇくせに固すぎて倒すのめんどくせぇから会いたくなかったんだが。」

「いや、この剣を試すにはちょうどいい。」

「はあ?なんでそんなことがわかるんだよ。あ、おい待てって!」

 盗賊の制止を振り切り、剣士は岩人形ロックゴーレムを真っ二つにしようと剣を大きく縦に振る。

 すると、剣は抵抗なく岩人形ロックゴーレムの体を二つに切断し、ただの岩の塊に変えた。

「は?嘘だろ?こんな簡単に倒せるはずが…」

「ク、ククク、ハハハハハハハハ!やっと!やっとだ!この剣なら昇格できるかもしれない!ああ素晴らしい!」

 彼らのパーティーは冒険者ギルドに定められているパーティのランクの中でも下から二番目であった。

 それは彼らがつまらない日常を過ごさざるを得なかった原因の一つでもあった。

 ランクを上げるためには大猪という魔物の討伐が必須であったが力を持たない彼らはいつまでも討伐できずにいたのだ。

「ちょっと様子変じゃない?もしかしてその剣…」

「よし!明日は昇格要件の”アレ”狩りに行くぞ!」

 剣士は魔法使いの言葉を遮り、剣を見つめながら盗賊と魔法使いに語りかける。

「そんないきなり滅茶苦茶なこと言わないでよ!ねぇあんたも止めなさいよ!」

「まあまあいいじゃねえか。あの岩人形を一発で仕留めてんだ。それに昇格したら割のいい任務受けられんだからよぉ。」

「…どうなっても知らないわよ。」

 魔法使いは納得できないと思いながらも、金が足りていないことは紛れもない事実であったため納得するしかなかった。

 次の日、彼らは冒険者ランクの昇格要件である魔物”大猪”が出現するダンジョンを訪れた。

 大猪とはすぐに遭遇した。しかし、剣士の様子は異常であった。

「あぁ早く大猪をこの剣で切り刻みたい。早く…早く切りたい。」

「なによ?ぶつぶつ独り言いわないで気味が悪い。」

 うつろな顔をした剣士の姿に魔法使いは恐怖を感じていた。

「ああああ切りたい切りたい切りたい!!」

 突然、狂ったように大きな声を発しながら大猪に切りかかった。

 大猪は一太刀で絶命した。しかし、剣士はなおも大猪へ剣を振り降ろし続けた。

「おい!そんなバラバラにしちまったら討伐証明の部位が回収できなくなるだろうが!おいやめろ!」

 盗賊が剣士の腕をつかんだその時。

「あ?」

 盗賊の視界がゆがむ。

 剣士の目の前にある、首のない体から鮮血が舞う。

「い、いやあああああああああ!」

 ダンジョンに叫びが響き渡る。

「ひっ!や、やめ」

 剣士の体が赤く染まる。

 今度は狂ったような笑い声がダンジョンに響き渡るのであった。



 月日は流れ今日もにぎやかな酒場にはあるうわさが広まっていた。

「なあ聞いたか?例の剣を持った魔物、今度は大猪ダンジョンで出たらしい。」

「なんだって?それじゃああの剣は別の誰かに渡ったのか。」

「どうして他のやつに渡ったってわかるんだ?ていうかあれ魔物じゃなくて人なのか?」

「あぁ、あの剣、呪われてるんだよ。握ったら最後簡単に生き物を殺せる快感に取りつかれて寝食を忘れて死ぬまで生き物を殺し続けるんだ。でも体はただの人間のままだから最後は衰弱して塵と化すんだよ。で、それを拾った人がまた…って感じで繰り返すんだ。」

「そりゃあ恐ろしい。パーティーとか簡単に崩壊しちまうんだろうな。でもなんでギルドはその剣を回収しようとしないんだ?」

「ダンジョンで武器が手に入るのは宝箱からだけだって新人講習の時にみんな習っただろ?そんな怪しい剣を拾う奴は講習真面目に受けてない新人か、よっぽど生活に困ってる奴もしくはただの阿呆だけだろ。」

「あーそんなのあったなぁ。確かにそんな奴ギルドにとっちゃお荷物か。」

「でも人間てのは欲深いからきっと誰かまた拾うだろうな。」



 若い剣士の男と狩人の男が剣を持った赤黒いナニカと遭遇する。

 若い剣士の一太刀で”それ”は倒れ伏し剣を残して塵と化した。

「おお、この剣強そうだな!」

 若い剣士は剣を拾おうとするが狩人が制止する。

「でもよぉ、危なくねぇか?確か講習だと武器は宝箱からしか出ないって。」

「いいじゃないか、ちょっと試し切りさせてくれよ。」

「ほんとに大丈夫か?それ。」

 剣士は剣を拾ってまじまじと観察していた。

 目を血走らせ笑みを浮かべて。

 呪いは廻る。

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