真夜中のシンデレラ

ヒゲめん

真夜中のシンデレラ

俺は中川浩介、現在中学2年で陸上部に所属、入部したときの足の速さは同学年で1位だった。2年に上がれば余裕で県大会に出場できると思ったら甘かった。同じ学年の仲間の背が伸びて足が速くなり、いつの間にか部内で4位に落ちぶれ、調子が悪かったら選考に落ちそうな厳しい位置にいる。今、頑張らないと県大会のメンバーに選ばれないので、今日から夜に自主トレすることにした。でも地元だと恥ずかしいので、少し走った3キロ先の公園で練習することにした。ここなら校区外で同じ学校の生徒には会わない。しかし、この公園はあまり来たことないので土地感がなく、おまけに夜なので暗い、今日はこの公園の事をよく知りたいので偵察がてらに軽いランニングをする事にした。

 夜の公園は思ったより不気味だ、来てみると案外、電灯の数は少なく、誰かが潜んでも気付かない真っ暗な場所が多い、そんな、遠くに点々とした窓明かりしかない暗がりの公園を、少し脅えながら、軽くランニングコースらしい道を走る。

 うわっ、ベンチで抱き合ってずっと動かないカップルがいる。私の足音が聞こえないくらい夢中なのか、もう慣れてしまってるのか、カップルは何一つ動揺せず、何かに夢中なままだ。そこを静かに通り過ぎてしばらく経つと、道は明るくなり、私が歩くより遅い速度でおじいちゃんが前を走ってるのを追い越した。犬と一緒に散歩してるおばさんもすれ違う。この公園は街で有名な場所で人気の理由は海に面してるからだ。走ってる時も潮の香りがして耳を澄ませば波も聞こえる。だからカップルも多い。ほら、聞こえてくるでしょ。

 んん、なんか、足音がする。どこからだろう、音が大きくも小さくもならない、何か、俺について来るような足音だ。ああ、振り向くといつの間にか、フードをかぶったトレーナー姿で汗をびっしょりにした人が走っていた。背の高さは俺より少し低い、何時から居たのだろうか、少しペースを上げてみるか、それとも、ペース落として譲ろうか、逆にこの人の後をついて行って、この公園のランニングするコースを教えてもらうのも有りかなといろいろ考えた。あっ、言い忘れたが、この公園はかなり大きい、ここの都市では1、2を争う大きな公園だ、今までここに来た記憶といえば2,3度くらいか、ランニングコースも5kmくらいはあるんじゃなかろうか、まだ土地感がないので中央付近にいくと公園のどこにいるのか、わからなくなる。ボーッとしてたら同じ場所を何回も周りそうだ。とりあえずここは、この人に付いて行ってコースを覚えるのもありかな。

 「おい」

 後ろのフード姿が、いきなり話かけてきた。

 「左は行かないほうがいい、夜中はカップルがいっぱい潜んでる、いろいろ言われるぞ」

 なるほど、この公園にも暗黙のルールがあるらしい、この公園の利用者別にエリアが別れているのか、ここはこのフードをかぶった人と仲良くしたほうがいいかな。

 「そうなんだ、私、夜中にここに来るの初めてでよく知らなくて」

 「だろうな、俺は毎日来てるから慣れてないのが見ててわかるよ、初めて見る顔だしね」

 「あのう、私、ここから少し遠い所に住んでて、この公園のことをよくわからないので、後を付いて行っていいですか?」

 「いいよ」

 よかった、照明があると行っても夜なので見通しも悪く、道を間違えやすいから、ここを頻繁に利用してる人の後を行くのは心強い、しかも夜なので心持ち怖くも感じるので、一人で走るより安心できる。

 さすがに大きい公園だけあって走っても同じ風景がなかなか出てこない、今はこの公園のどこを走っているのだろうか、俺には見当もつかない、んん、なんか、フード姿の走るペースが上がったような、まぁいいか、なんか少しハイペースな気がするが、この人はいつもこんなペースで走っているのだろうか、やはり、長距離を走るなら長くて大きいほうがいい、小さい場所を周るとすぐに時間を気にしてしまう、部活はトラックを走るだけだから、すぐに時計を見てしまって、いつ終わるのか考えしまうからすぐに疲労がやってくる、部活もこんなところでできたらかなり捗りそうだ。

 何時間経ったのか、一緒に走ってからかなり時間が経ってる、この人はいつもこんなに走ってるのだろうか、いつ終わるのか心配になってきた。しかも少しハイペースのままスピードを落とさず走り続けてる。こういう時って負けず嫌いな気持ちか、それとも、見栄かもしれないが、なかなかいつ終わるのかを言い出せない、まぁいいや、ここを数週走ってみて少しコースが頭にインプットされてきた、この人について走ってよかった。私が一人なら道に迷い、狭いところをぐるぐる周ってたろう、走っていく内に何度も分かれ道があったけど、この人は同じコースを周ってるのがよくわかる、初めての公園なので助かっている。

 「おい」

 フード姿がついに声を出して俺に呼びかけた。俺は少し動揺した。

 「え、」

 「いつ、終わるんだ」

 「ええ、わかりません、私は後を付いてるだけなので」

 「俺から止めたら、俺が根を上げてるみたいじゃないか、おまえが声かけろよ、少し休みませんかとか、あるだろう、俺がここのコースを教えてるんだぞ」

 「ああ、じゃ、そろそろ、休みましょうか、ここは初めてなのでどこで休むかは任せます」

 「わかった、じゃあ、もう少し走ったら海が見える広い所があってベンチもあるからそこで」

 そうか、この人も終わりたかったけど、終わるきっかけがなかったのかも、しばらく走ると、言った通りの海が見える広場に辿り着いて、フード姿は地面に座り込んだ。

 「はぁはぁ、お前、いつもこんなに走ってるのか」

 「さっきも言いましたが、今日初めてなので知りません、あなたこそいつも、こんなに長い間走っているのですか」

 「そんなわけないだろう、お前が休もうと言わないからペースあげたのに根を上げず、全然休もうとしない、おかげで他の練習する時間がなくなったぞ、どうしてくれる」

 「じゃあ、走るのやめたらいいでしょう」

 「だから、俺から走るの止めたら、おれがバテたと思われるだろう。お前が先に言えよ」

 「そしたら、他の練習があるから走るの止めるって言えばいいでしょ」

 「だからそんな事言ったらバテた言い訳と思われるだろう」

  なんかキレ気味に喋ってる。これ以上この話題を続けると機嫌が悪くなりそうだから話題を変えようと思った。

 「他の練習って、何をするんですか」

 「いつもここにバットを置いてある。ここでいつもバットを振ったり、走ったりを繰り返してる、今日は振ってないから少ししかできなかった」

 「ごめん、知らなかった、野球をやってるのか、野球部ですか」

 「違う、女子の野球チームに入ってる」

 あ、女だったのか、今、気づいた、そういえば声高いよな、性別なんて気にしていなかった。

 「全国大会の予選があるから練習してる、絶対全国大会に出たい。あと少しでいつも負けてる、だから練習してる」

 「そうなのか」

 「バット振りながら話すぞ、時間がないからな、お前は何かやってるのか?あれだけの時間走り続けたのに休もうとしない。素人じゃない、運動部か」

 「・・・陸上部」

 「そうか、陸上部だから走り方が普通じゃなかったんだな、普通の走りには見えなかった、そうか陸上部か、なぜこんな夜に練習しようと思ったんだ?、部活の練習だけでいいだろう」

 「大会に出るメンバーに入れるか怪しいラインにいる」

 「なるほどな、これだけ走ってもバテないから普段から練習してるはずなのに、なぜ、夜に練習するのかと思っていたよ、俺みたいに理由があるんだな。あ、」

 彼女は腕時計を見た。

 「もう十一時過ぎてるぞ、親に怒られる、今日はお前のせいでバットを振れなかった、最低百回以上は振ってるのに、朝にやるしかない、お前のせいだぞ、今日は帰る」

今日は帰っていった、心の中で思った、練習できなかったのはお前だけじゃねぇよ、俺もだよと

 とりあえず、今日はもう遅かったので家に帰る事にした。

 

 今日は夏の大会の出場メンバーが発表される日だ、早速、コーチが部室に入って来た。

 「今から100mに出るメンバーを発表する。」

 とうとう来た、緊張する、絶対名前が出て欲しい、もし呼ばれなかったら公園の練習が無駄になる、努力をすれば成功するってテレビで聴くけど、努力だけでタイムが出るなら日本で100m走のオリンピック金メダリストはとっくの昔に出ているだろう、全国大会に出場するだけでも努力だけでは無理、持って生まれた何かがどの出場選手にも兼ね備えている。そんな人達に努力だけで勝てる人は本人だけの効率の高い練習方法を見つけ出した天性の努力家だろうと俺は思う。

 「では発表する、小川、山本、そして、中川浩介、以上の三人が出場する、特に中川、お前、最近タイムが伸びてきて、フォームも固まってる。この調子で頑張れ」

 俺の名前が呼ばれた。素直にうれしい、しかも、褒められてる、コーチからはそんな印象だったのか、やっぱり公園で走っててよかったよ、いつも十一時まで練習してタイムが伸びてなかったら二度と公園に行かなかったかもな、やっぱり神様は見てるんだ、コーチから努力してるように見られてるんだ、今日も公園行って、あいつに報告しようか。


 「おまえ、何ニヤニヤしながら走ってる」

 「いいだろ、いきなり話しかけてくるな、お前、いつも後ろから来るよな」

 「お前がいつもトロいからだろ、今日はいい事あったのか、いつもと違って表情が緩んでるな、変なこと考えてるのか、カップルの現場を見たのか。スケベだな」

 顔が緩んだ感じに見えるのか、気を付けねば

 「今日、大会の出場選手発表があって俺が100m走に選ばれた。」

 「おお、そうか、よかったな、毎日ここで練習してるもんな、これで選ばれなかったら、お前、陸上部やめたほうがいいぞ、ここまで走って結果でなくて怪我でもしたら只の馬鹿だからな、俺なら二度とここに来ない」

 腹立つ事言ってるが、確かに毎日深夜まで練習してタイムが変わってなくて怪我だけしたら恥ずかしくてここに来れない、的を得てるから余計にイラつくが今日は機嫌がいいのでスルーした。

 「ありがと、始めたばかりは長続きできるか不安だったがまさか毎日、夜遅くまで、俺が練習するとは思わなかった。」

 「俺もお前と一緒に練習してから毎日門限の十一時まで練習するようになった。以前はもっと早く帰ってた。一人の時と違って時間が早く経つから練習が長くなる」

 「確かに、一人だったら今日もここにいるかどうかわからなかったよ、最初にコースを教えてもらったから、早くここに慣れることができたし、選ばれたのはお前のおかげかも知れないな。感謝するよ、ありがとう」

 「お前、それ、口説いてるのか、やめろよ、もう一緒に走らないぞ。」

 「いや、普通に感謝してるだけだって」

 「もう、いいよ、それより、もうすぐいつもの広場だぞ、バット振るから走るの止めろ」

 「お前、いつも思うんだけどさぁ、なぜ走りだけじゃなく練習も一緒に付き合う必要があるのかわからない、なぜだ」

 「俺は女だぞ、夜中に一人にして危ないと思わないのか、時々オッサンがジョギングしてる時もあるんだぞ、オッサンは大体話しかけてきて、しつこくついて来る。お前といれば話しかけられることがないからそうしてる。俺の事を心配しないのか」

 「そうなのか、お前でも、ビビるときがあるんだな」

 「怖がるさ、おっさんにずっと付け回されるんだぞ、そんな日は練習したくても帰るよ、悔しいけど」

 夜の公園に女が居るのは危ないんだな、でも、この女ならオッサンを殴りそうなイメージだが

「わかったよ、じゃ広場についたらいつもやってる練習メニューやるから」

 「ちょっと、聞きたいことある」

 「なんだよ」

 「お前がいつもやってる練習って確かにうちの陸上部も似たような練習してる、それって走るのが早くなるのか」

 「なるよ、フォームがしかっりして無駄がなくなるとタイムにでる。あと足上げなんかも鍛えると瞬発力や一歩単位での進む距離などにも影響する。さっき言われた通り、練習してタイムが短くなるかは調子にもよるが夜の練習しなくなったら間違いなくタイム落ちると思う」

 「その練習、俺がやっても早くなるか」

 「練習の意味を理解してしっかりやれば効果は出ると思うよ、前に走ってる姿を後ろから見たとき、いいバネしてるがちゃんとした走りを練習したら大会でも十分通用できると思う。でも現状じゃ陸上の大会に出ても最下位に近い結果になるだろうな」

 「走ってる後ろ姿って俺のことか」

 「そう、お前のこと」

 「お前、走ってる時に後ろからジロジロ俺を見てるのか、お前、変態か」

 「部活の関係でつい他の人の走りを眺めて考察してしまうんだよ」

 「やめろ、走ってると、後ろからお前がジロジロ見回してると思ったらもう、走れないだろ、これだから男はいやだ、もう二度と俺の後ろに走るなよ」

  こんな奴でも男の視線気になるんだな。

 「わかったよ、でもさ、なぜ、俺の練習のこと聞くのだ?陸上部に入るのか?」

 「違う、早く走れる訓練知りたいだけ、野球は早く走れると出塁が多くなる、イチロー知ってるだろ、練習して早くなって出塁すると得点できるチャンス増えて勝ちやすくなるそうだ、この陸上の練習をチームメイトにも教えてやろう、チームメイトに小学校から幼馴染がいて、そいつは昔から俺より足が速かったから、俺の野球のチームに誘った、そいつも足速くなったらいいな」

 「そうか、だから、俺の練習が気になったのか、じゃあ練習教えてもいいよ」

 「やったー!ありがとう、でもさっきから俺のことお前って言うの気になるんだが」

 「お前も言ってるだろ」

 「ほら、言った」

 「俺、名前知らないし」

 「そうだっけ、俺、一度も名乗ってなかったかな」

 「名乗られてないし、俺も名乗ったことがない」

 「そうか、もう2か月以上経つのにまだ名乗ってなかったか、わかった、俺、里実、石井里美だ、お前の名は」

 「俺は中川浩介」

 「よかった、練習教えてもらうならお互い名前知ったほうがよかっ(ボンッ)あ、」

 いきなり遠くから、大砲みたいな音がした。

 ボンッ、ボンッ、ボボボボンッ

 「あ、花火!、そう言えば、今日は港の花火大会あるから誘われてたんだ」

 「あ、俺のクラスでも花火のこと話してたな」

 港はこの公園から4キロくらいのところにあって毎年、夏の始めくらいに花火大会が開催されている。大きい打ち上げ花火なのでここからもよく見え、海側の広場も鑑賞スポットで有名らしくこの日はいつもより多く、浴衣を着ている人もちらほら見かける。

 「あ、俺達が練習に使ってる広場に人が集まってるぞ」

 「ああ、ほんとだ、ここで花火を見る人がいるんだな」

 「これじゃ、練習できないどうしよう」

 「今日は練習やめて花火を眺めてるか?」

 「いや、お前の陸上の練習が知りたいから人がいない場所・・・ああ、さっき子供用の滑り台や砂場のある小さい場所があったよな、確か人が居なかったような。みんな海の広場に行ってるからそこにはいなかったはず」

 「確かに、誰もいなかったな」

 「よし、じゃ俺バット取って来るから先に行っててくれ」

 里実がいつも置いてるバットのところに行こうとしたとき、誰か声掛けてきた。

 「お姉ちゃん、今日は彼氏とデートかな」

 「ああ、ん、おっさん!、また来たのか。」

 「今日はジョギングじゃないよ、花火を見に来ただけだよ」

 「うるさい、話しかけるな」

 「この前は、悪かったよ、お詫びに彼氏と二人分のジュースを買ってくるから、もう、怒らないでくれないか」

 「ケツ触られたら怒るだろ、飲み物なんかいらないからどっか行けよ、これ以上いるともう知らないぞ」

 「わかったよ、わかったよ、この前みたいに殴られて追いかけ回されたら、たまったもんじゃない。離れて花火見るから、じゃあね」

 と言うか、おっさんを殴ってたのかよって、心のなかで思った、恐いといいながら追いかけ回してるし。


 時は過ぎてもう年を越えての2月となり、生徒は一年の終わりに差し掛かる、うちの陸上部のコーチが元大学駅伝の選手なので長距離好きで、冬はマラソン大会やら駅伝大会やらに張り切るタイプだ。俺は長距離は好きじゃない、だけど長距離のタイムだけはトップ争いをしてるので嫌々ながら大会に出場させられる。短距離とは真逆で出場選手のメンバー発表は名前を呼ばれないないように無駄に祈ってる。そんな苦い茶を飲んだ顔をしてる俺の顔をにやけながら見て、肩を叩きながら俺の名を呼ぶコーチ、そしてコーチは間髪入れずに俺に言う。

 「長距離で結果出さない奴はタイムがどんなに良くても春以降の大会出場は無理だと思えよ」

 冬は嫌だ、春よ早く来い。


 「すっかり、寒くなったな、おまえ、最近暗いぞ、どうした?」

 「駅伝大会に無理矢理出場させられた」

 「長距離は嫌い、冬は嫌いっていつも言ってるよな、ワザと遅く走れないのか」

 「メンバーはタイムだけじゃなく走った後の状態やペース配分などで判断される、現状維持だとコーチは俺を外そうとしないだろう」

 「いいじゃないか、なんでも選ばれるのはいい事だ、それより、今回の地区リーグは調子がよくて結果が全勝だ、間違いなく地方トーナメント出場できる、去年も二位で出場したがベスト8で負けた。今回は危なげもなくリーグ優勝したからトーナメントも期待できる、お前から教わった練習のせいか、セーフになって塁に出ることが多くなって点が取りやすくなったり、数人が盗塁を狙えるようになった。チームのほとんどが50mのタイムが一秒以上縮んで俺の幼馴染なんか陸上部からスカウトされるくらい速くなった、昔から俺より足が速い唯一の女なのにすごいぞ、とにかく、去年と違ってチームに余裕がある勝ち試合が多くなったよ」

 「やっぱり野球って足が速いと得するんだな、俺の教えた練習が役に立ってよかったよ。チームのタイムって事はチームメイトみんなに教えたのか?」

 「教えた、みんな教わった練習してからノックに入る、俺はここでボール持って練習していないだろ?ボール使った練習は夜中だと見失うからできないけど、お前の練習はいつでもできるから便利だ。みんなも気に入ってて自主的に家でこの練習やってる。結果に出てるから」

 「教えた甲斐があってよかったよ、全国大会に出場できるといいな」

 「ああ、今年は去年と比べて試合の内容と結果が全然違う、地区リーグで負ける気しない、トーナメントで決勝までいったら全国にいけるから今年は絶対いけそうだ。後はピッチャーの俺が怪我しないように気を付けないと、他の二人のピッチャーは調子の波があって不安定だから俺の起用がどうしても多くなる。」

 「気を抜くなよ、油断して手を抜くとすぐに鈍るぞ」

 「そういえばチームのみんな、練習中にお喋りが増えてる気がする、確かに気が緩んだら危ない、よし、今からペース上げようか、行くぞ」

 「まじかよ」

 言うんじゃかったと後悔、気分が上々だと動きが良くなるなって今の里実を見てると感じる。


  この公園を走り始めて一年が過ぎ、また夏が来た、夏の大会が近づいてきていよいよ中学の部活も終わりが見え始める、一年前はメンバー発表に臆病になったが、春は一番に名前を呼ばれて余裕ができた。日頃のタイムも遅くなってないので安心して見れる。この公園の神様がいたら、地に額をつけて座り込んで感謝の気持ちを表すだろう。

 「何ニヤニヤしてる、そんなお前のときは声かけるのすごく難しいんだよ、無視するわけにもいかないし、相変わらず後ろ全く気付いてないし」

 いつもの声が背後から聞こえてきた。こいつがこの公園の神様だったら、無視して二度とここには来ないだろうと考えてしまった。

 「そんな時は無視しててもいいぞ、俺だって上機嫌でランニングしたいときもあるよ」

 「お前の前に出るとまた後ろ見られる。そのニヤニヤ顔で後ろ見られたらと思うと、黙って追い越すなんて無理だ」

 「だったら、広場で練習してから走ればいいじゃないか」

 「俺が男に襲われるかもしれないと考えもしないのか、まぁいい、そんなことはどうでもいい、俺にもいい事があっからもういいよ」

 「んん、何があったんだ、男ができたのか?まさか、だったらここになんか来ないし、お前に彼氏って・・・男にヒス起こして殴り合いしてるくらいしか想像できない」

 「おまえ、なんか、俺に大きく言うようになったな、まぁいいか、一年以上ここで一緒にいるんだ、これくらいのこと言える間柄でもおかしくないか」

 「里実、ホントに機嫌がいいな、いつもなら後ろから蹴られてるよ、で、何があったんだ」

 「日曜の試合に勝って県のトーナメント優勝した。ここらで一番強い女子チームになった」

 「おお、やったじゃないか、確かに怒るどころの騒ぎじゃないな」

 「うん、全国大会も決まった、念願がかなった。俺もニヤけたくなる。嬉しいな」

 「やったな、俺、全国大会の試合、見に行こうか」

 「やめろ!一応、親や友達も来るんだ。お前が俺の親や知り合いと話してると何を話してるのか気になって試合に集中できなくなる、お前のことは親にも言ってない」

 「そうなのか」

 「俺のおやじは俺にはうるさい、男はできたのかとか、いつも夜遅いので説教もされたことある。この前、男ができたって嘘言ったら、そいつを連れてこい、二度と俺と会えないようにしてやるとバット持って振り回してた。俺のおやじって馬鹿だろ、お前の事を知ったら、たぶんこの公園にバット持って追いかけ回すと思う」

 里実の父親には絶対に会わないでおこうと思った。

 「じゃ、毎晩ここに来てるのを親にはなんて言ってる?」

 「一応、チームメイトと練習してるって言ってる」

 「そうなのか、でも、試合見に行っても俺が名乗らなかったらいいし、見に行きたい」

 「お前が言わなくても俺が言う。そして、お前がおやじに追いかけられる姿見てざま見ろと思いながら試合する」

 「性格悪いな、いいよ帽子かぶって見るから。」

 「ホントやめてくれ、帽子かぶってる奴がみんなお前に見える。来るなら黙って、俺に気づかれずに見ろよ、見付けたらおやじに言いつけるからな!」

 「俺、春の大会はもう少しで決勝上がれるくらいの際どいタイムだったんだ、この最後の大会で決勝に行きたい。だから、今まで以上にこの公園の練習に熱を上げるし、多分、試合を見に行ける余裕ないと思う。だから心配するな、多分見に行かないから」

 「最後の大会か・・・よし、お前の大会見に行ってやる」

 「わぁ、絶対来るな!頼む、最後のチャンスだ、やめてくれ、もし、来たら俺の母親に言いつけるからな」

 「お前の母親に知られたら俺はどうなる?」

 「親は試合見に行かないから意味ないと思う」


 最後の大会が終わった。念願の決勝に進出して今、その決勝が終わった、内容からして県の代表は無理だけど一位との差は多分一秒以内で、4番手に付けて手ごたえはあった、元々後ろの方になるだろと予測してたので、思いの他いい結果になったが、県の代表にはなれないのは変わらない、でも、これが中学最後の大会と考えると、決勝進出や決勝の内容が良かったことよりもなんか寂しくなった。俺の夏が、俺の中学が終わったんだなと。

 部活に行ってた頃は、街に毎日のように遊び回ったり、自慢げにゲームの話してる奴や、彼女ができたバカップルが死ぬ程羨ましかったが、もう部活がないという実感は何事にも例えることができない、自分が枯れた木のようになった気分だ。

 しかし、高校がある、決勝でいい結果になったということは高校でインハイ出場に手が届く位置にも入ったということだ、自主トレはやめられない、部活がない淋しさを公園の練習で紛らわせばいいか、公園の夜はまだまだ続きそうだ。

 夏の最後の大会から数日経ち、今日も公園を走ってる、ここの練習はまだやめられない、今になって表彰台に立てなかった悔しさがでてきた。決勝に出るとは思っていなかったのに予選通過して、そこで満足したので決勝は結果を意識せずに走った、今更になってもう少し欲張ったら表彰台に・・・多分無理だろうな、欲張ったら力んで足が遅くなるこの世界、むしろあの状態が俺のベストだったんだろなと思い直す。いつもの海の見える広場についた、ここはいつもと変わらない、大会の後も部活のない日もここは変わらない、部活が終了した大会後は生活習慣が大きく変わったので、変わらないここが私の一番落ち着く場所になった。いつもの練習やろうか。

 『んん?』

 なんか、おかしい、なんか鼻を啜ってる音がする、どこかに何かが潜んでるような・・・あ、やっぱり音がする、どこだろう?静かに周りを歩いて違和感の原因を探すことにした。

 『こっちの方角だ、近づいてきてる、間違いない』

 辺りを見回しながら、ゆっくり歩いた、少し左に電灯から少し離れた所にある薄暗いベンチに人影がある。近づいてみよう、別の場所ならこんな事しないが、ここは毎日来てる場所、ここで薄気味悪い集会なんてないし、いつもの練習場所なのでどっちにしても相手にとってはお邪魔になるし、何か悪い事件があったら、毎日ここにいる俺はどう転んでも疑われる。ホントに事件が起こってたら、犯人がここに潜んでる可能性も十分ある、様子を見に行って、相手に余裕があったら何があったか聞きたい、ここで犯罪が起こるともうここに来れなくなる、悪い事にはなりませんようにと祈りながら、薄暗いベンチに近づく。

 「来るな」

 鼻を啜りながらのガラガラ声で震えるような声がした、いつもと感じが違うが、いつもこの公園で一緒にいるあいつだ、間違いなく里実だ。

 「何があった」

 「だから来るな」

 「何があった!」

 俺は駆け足でベンチで蹲る里実に駆け付けた。里実は顔を下に向けて震えてた。俺は目の前でしゃがみ里実の両肩を持ち小さく叫んだ。

 「何があったんだ、誰にやられたんだ」

 「来るなと言っただろう!聞こえないのかよ!」

 「だから、何があったんだ、誰にやられた、そいつは逃げたのか?どこに逃げた?絶対見つけてやるから」

 「何もない、誰もいない、何もされてない、うるさい、あっち行け」

 「何してるんだよ、言えよ」

 「うるさい、いい加減にしないと帰るぞ」

 里実は俺を押した、里実の顔が少し見えた、目を腫らして、頬と腕が濡れてた。

 「・・・」

 里実はまた顔を両腕で伏せて蹲った、尻餅をついた俺は静かに立ち静かに横に座った。

 また、鼻を啜る音が鳴り、両肩は震えていた、俺は声を出すのをもうやめた、ずっと横にいることにした。

 何分経っただろう、何時間経っただろう、鼻を啜る音が荒くなり水の音が混ざった、もうここで待つしかない、いつか、事情を言ってくれるような気がしたのでひたすら横でじっとしてた。

 「・・・今日、試合だった」

 「全国大会、初めての試合だった、球場も大きかった、相手チームの応援もすごかった。うちのチームも来てたが、チームのみんなは緊張してて・・・いや私も頭は上の空になってた」

 ・・・また、ここで鼻を啜る音がでた、鳴りやまなかった、ここで里実に掛ける言葉は何も思いつかなかった、待つしか出来なかった。

 「・・・俺も頭がどこかに飛んだような感じでマウンドに立った、そして投げた、気づいたら一点取られてた。」

 また、泣き出した、肩が震えてる、私にとってこんな場面は初めてのことだ、彼女の話を止めさせるべきか、相槌を打てばいいのかもわからない、頭は真っ白、もう、黙ってるしかないと思った。

 「なんとか正気に戻って、なんとかしようと力の限り投げた、でも五点取られた」

 「その後、一点返して次の回は0点に抑えた」

 「三回表、相手はファールが多かった、私が狙われた、投げる俺を疲労させて潰す気だ」

 また、泣き出した、また肩が震えてた、鼻を啜ってわまた泣いた。私はもう言葉が出ない、彼女が落ち着くのを只、待つしかできなかった。

 少し時間が過ぎ、里実は息を大きく吸ってゆっくり呼吸を整えようとしている。

 「四回表、力が出なかった、十点取られた、最後のほう、相手はワザとアウトになってた」

  また、泣き出した、でも、彼女は泣きながらも話を続けた。

 「試合終わった。何もわからなかった、もう、何もわからなかった。俺は今日を待ち望んでた、今日と言う日が待ち遠しかった・・・でも、何もわからなくなって、家に帰って、ここに来た・・・走ろうと思った、走れなかった、走ろうとしたら、涙が出る、涙が出る、走れなかった、歩きながら、涙が止まらない、どうしていいかわからない、気づいたらここで座ってた」

 また、泣き出した、俺もわからなくなった、頭が飛んだ、声が出ない、ここまで辛そうな彼女を見たことがない、彼女はどうなるんだろう、このまま泣き続ける?このまま一生泣き続けるんじゃないかと心配した、俺がなんとかしないと、昨日までの里実に戻さないと、ここには俺しかいない、何を言っていいかわからない、でも、俺しかいない、俺が里実を戻さないと下手したら彼女は野球をあきらめ練習に来なくなり、二度と里実はここから居なくなる・・・

 私は彼女の肩を抱いた。両手で彼女を包んだ。

 彼女は泣くのをやめなかった。ずっと泣き続けた、ひたすら、泣き続けた、私は彼女を包んでジッとしてた。

 どれくらい時間たっただろう、両手は彼女を覆ってるので時計を見れない、今は、彼女は、静かになった。ここは静かになった、でも、彼女を一人にはできない。彼女は顔を下に向いたままなのでどうなってるかわからない、いつの間にか俺にもたれてる、俺は声を出せず、ジッとして待つことしかできなかった。彼女は今、何をしてるかわからなかった。

 それから、かなりの時間が経った。

 「・・んん、」

 やっと、声を出した。

 「・・・今、何時」

 俺はこのタイミングで片腕を外して、時計を見た。時計を見て目を回した。

 「・・・えと・・・今、二時」

 彼女は時間に煩い、しかも、長い間、彼女を抱きしめてた。背中に悪寒がした。下手したら今までにない、怒鳴り声が出て怒り狂ったらどうしようと思った。

 「・・・そう、もう、こんな遅いのか」

 彼女は初めて顔を上げた、顔は私から遠ざかる方に向いた後言った。

 「今日はごめんな、こんな遅くまで付き合わして、もう落ち着いたから」

 彼女は誤った、俺に気遣ってる、ほんとにいつもここで一緒に走ってるガサついあの女なのかと顔を確かめたい気持ちを我慢して、言葉を返した。

 「いいよ、気にするなよ、お父さん心配してると思うから帰ろうか、送るよ」

 「うん、わかった、帰ろうか」

 二人はやっと立ち上がり、俺は彼女の後をついて行った。

 里実は三日くらい少し暗い感じだったが、その後はいつもの里実に戻った。高校に入学するまでは、はっきりした目的がないはずなのに、二人は毎日のようにこの公園に通い、走り、練習をして会話を交わした。


   高校  日中の出会い


 時は過ぎ、今日から高校陸上部の練習が始まる、先輩に案内され、新しい活動場所になるグランドに踏み入れた。もう半年以上も陸上のトラックを見ていなくて久々に巣に帰った気分だ。顧問が来るまで自由行動でいいそうだ。座って喋ってる人もいれば寝てる人もいるし、落ち着かないせいか、練習してる人もいる。

 んん、

 練習してる人をよく見ると俺の中学でやってた練習とほぼ同じものだ、もしかして同じ中学の先輩か同級生かと思い、その人に近づいていった。

 「あのう、同じ中学ですよね」

 「え?、あなた誰ですか?」

  女だった、全く知らない、でも、びっくりした、ヤバイくらい、可愛いかった。

 「あ、すみません、その練習はうちの中学でやってた練習とよく似てたので」

 「あ、これ、友達に教わったんです、私、陸上は未経験者で体験入部です」

 なんと、未経験者なのか、でも、この練習、だれに教わったんだろう、他の人の練習は手順が違うけど、この子の練習はうちの中学と同じ形、同じ手順、絶対にうちのものだ。

うちの中学出身の人に教わったんだろう。

 「あ、わかりました、そしたら、一緒に練習しませんか?」

 「いいんですか?わかりました」

 この子は緊張してたみたいで何やらホッとしたみたいだ。練習手順は公園で里実に教えたものと同じにするか。

 取りあえず基礎練習の足上げをやったのでダッシュをやってみたくなった。

 「久しぶりにダッシュやってみるから俺が走った後、同じようにやってみて」

 「はい!」

 足を静かに伏せて心のタイミングで一気に前へ跳び上がり足をフル回転させる、久々の手応えだ、この感触を味わうと陸上をやってる気分になる。

 「あ、私と同じようにやってみて」

 「はい、」

 彼女も見よう見真似で構えた。少しぎこちない姿勢だが悪くはない、彼女はスタートを切った、あれ、なんか、やばい、思ったより全然速い、というか、こんな速い女子なんて見たことない、もし、中学で陸上をやってたら間違いなく県の決勝で走ってただろう。凄まじい走りだ。

 「君、すごい速いね、びっくりした。今度は俺と並走してダッシュしてみる?」

 「わかりました。」

 笑顔で答えてくれた、ヤバイ、この女子、かなりかわいい、俺の中学のときでもこの子より綺麗な子は見たことない、かわいいだけに、あの男顔負けの瞬発力は目を丸くさせる。

 彼女と横一列になって構えた。

 「じゃ手を上げて軽く地面を叩くから、それをスタートの合図にするね」

 「わかりました」

 合図とともに、ダッシュを繰り出した、一応私が後から抜き返したが、8割以上の力を使ってしまった。中学の陸上部でこの子より速い女子はいなかった、このまま大会に出場しても県でトップを争える、この子が陸上部じゃなかったなんて信じられない。

 「凄まじく速いね、もっと、やろうか」

 「はい!」

 何度もダッシュを繰り返した、すごい女子が現れたもんだと感心した。

 「そろそろ、はじめようか」

 コーチらしい、年配の人の声がした。

 「おい、さっき他の新人や部員からおまえらのことを聞いたぞ、まず、中川、お前、県大会の100mで決勝まで進んで四位だったそうだな。」

 「はい」

 「なるほど、うちの陸上部はそんなにレベルが高くないので、多分、お前より速い部員は一人もいない、私もレベルの高い選手を指導したことなくてどう指導していいかわからんので、みんなでやる合同練習以外でやりたい練習あるなら相談してくれ、強い選手に何していいかわからない。なんか高校に入ってからの、大会に向けての計画設計とかあるなら言ってくれ」

 「今のところは考えてません」

 「じゃ、うちの部の練習方法や手順があるのでしばらくはみんなと付き合ってくれ、大会前になったら出場選手と分けて練習するのでそこから個別練習や自主練習などを取り入れる、それでいいか?」

 「わかりました」

 「それから、お前は安川佳苗なんだって、なんか去年の中学の運動会でリレーのアンカーで陸上部の男子を抜かして一位とったそうだな。さっき、同じ中学の入部希望者に聞いた」

 「え?、運動会は無我夢中に走ったので誰を抜かしたかとか、全く覚えてません、一位のテープを切ったことだけ覚えてます。」

 「なるほど、その男子は他の高校に行ったが、なぜか陸上やっていないらしい」

 「そうなんですか、すごく速かったのに・・・」

 「いや、気にせんでいいよ、本人の判断だし、えと、中川、こいつは大会に出場したらどこまで行くか予想できるか?」

 「タイム取ってからだとはっきりわかりますが、私の経験だとこの県内ではこの人より速い女子はなかなかいないと思います。次の県大会で一位を獲得したと言っても私は驚きませんね」

 「ええ!そんな、止めてください、そんな事言われると・・・怖くなります」

 「いや、自信持っていい、タイムを計った後なら、あなたが今年、インハイに出場すると言っても誰も文句は言わないでしょう」

 「もう、いいです、止めてください。みなさんが居る前でそんな事言われても・・・」

 「ははは、お前が言うなら間違いないだろうな、でも、この子は陸上部初めてなんだな、よし、

大会前のこいつの指導はみんな中川、お前に任せる。うん、今日から、陸上のノウハウとかも全部お前に任せるよ、おい、安川、何か聞きたいことがあったら、陸上のこととか、どんな練習すればいいかとか、みんな中川に聞け、わしにも、ここに居るどの先輩もわからんだろう、お前らの練習風景を部員みんな目を丸くして見てたから、みんな、ビビってるぞ。お前らに」

 「さっきのダッシュですか?すみません、彼女があまりにも速くて走りが気になって何度もやりました」

 「だろうね、彼女の走ってる姿を注意深く見てたからね、それで思ったことを彼女に言ってやってくれ、君が我が校に来てくれて良かった、私じゃ荷が重い」

 「そんな・・・」

 それから、部の練習中は安川さんに基礎からいろいろ教えるために傍に付きっ切りになった。


 「高校の陸上はどんな感じだ、大会に出れるのか」

 いつもの公園のいつもの広場で練習中に里実が話かけた。

 「今回は俺より速い部員がいないみたいだから必死にならなくていいが、中学の大会は決勝までいい所まで行けたのでインハイ目指したいから練習に手を抜く気はない。」

 「そうなのか、頑張れ、以前と違って、余裕があるのがいいな、後は怪我しないようにしろよ、お前は練習に身が入り過ぎて心配になる。」

 「おまえこそ、高校生活はどんな感じだ、」

 「以前の野球チームは中学以下対象なので夏の大会以後は退会してる。俺は野球部マネージャになるかも知れない。野球部に誘われた。」

 「な、なんと、勿体ない、なぜ他の運動部に入らないんだ?」

 「いろんな運動部に体験入部したけどなんかしっくりこない、女子は先輩後輩の序列がうるさくて面倒なのが多いんだ。」

 「そうか、勿体ないな、運動神経はすごいから何でもできそうなのに」

 「でもね、野球見てるとなんか落ち着くんだ、うちの野球部のマネージャ多いせいかローテで土日のどちらか休めるし、平日も気軽に休み取れるんだ。」

 「へー」

 「監督の配慮で折角の高校生活で毎日マネージャ漬けじゃかわいそうだから多く入れて全員来なくてもいいようにしてるらしい。他の用事で休まれてもいいように。」

 「おもしろいな、確かに毎日マネージャの仕事が高校生活もやだよなー、」

 「野球やってたって言ったら、嫌だったら止めていいのでって言われて誘われた。やっぱり野球見てると気持ちいいんだ。」

 「そうなのか、でも、それなら、なぜ、今も公園で走ってるんだ?」

 「今の実力ならマネージャ多いときに練習や紅白試合などには参加していいって言われたから、それに備えて鍛えてる、下手したら練習ばっかりしてマネージャの仕事しないかもな。」

 「練習に参加ありならマネージャもいいかもね」

 高校になってもこの夜の公園はまだまだ続くらしい。


 高校の部活で一緒になった安川佳苗とは、コーチに任されるようになったせいか部活中は二人でいる事が多かった。なぜか、部活後もよく話すようになり彼女がよく誘うので、部活の無い日も本屋に行ったり、買い物を一緒にしたりする仲になってた。

 ある日、帰り道、ファーストフードに入って喋ってた日のこと

 「中川君・・・えとね、言いずらい事があるんだけどね」

 「んん、何かな、何かあるの」

 「えとね・・・この前二人で居る所、お兄ちゃんに見られたらしく、お兄ちゃんにその事言われてね、付き合ってるのかとか、聞かれてね」

 なんか、たどたどしく話を続けた。

 「只の友達って言ったら、お兄ちゃん、怒って、友達なら間違い起こしたらまずいから会う止めろって言われてね、その後言い合いになって喧嘩になったの」

 「うんうん」

 「そして、言っちゃたの、私は中川君が好きだからこれからも一緒に居たいって」

 「うんうん・・・え?、なにそれ!」

 「ごめん、最後まで聞いて、ね、おねがい!」

 「うっ、うん、わかったよ。」

 「そしたら、兄は条件を飲むなら会うのを許してやるって言うの。」

 「うん・・・・うん」

 頷く事しかできなかった。

 「二つあって一つは間違いを絶対起こさない事」

 「わかったよ、と言うか俺、口説いたり迫ったりした事ないよね」

 「わかってる、もう一つの条件は・・・お互い恋人同士になることって言われた。」

 「・・・なにそれ」

 「えとね、相手が私に興味なかったり、他の女がいたらだめだ、次から友達と三人以上で遊べって、二人はやめろと」

 「ええ!、ちょっと待って、何だよ!それ。」

 「えとね、お兄ちゃん、私が相手に遊ばれてないか心配みたい、もし条件飲まないなら私を監視するって言ってるし・・・」

 「いや、だって、そんな勝手な」

 「わかってる、でもね、私、中川君と一緒に居て楽しいの、部活中もいろいろ気になってる事言ってくれるし、陸上のことたくさん知ってるし、部活以外も一緒に居ると楽しいし・・・」

 「いや、でも・・・・」

 「おねがい!、好きじゃなくてもいいから!、中川君、彼女居ないって言ったじゃん、別に私のこと好きじゃなくてもいい、このままだとせっかく初めての部活に入って大会にも出れそうだし・・・この高校生活壊したくない、私、断られたら、明日からの部活が・・・」

 彼女は泣き出しそうになってる・・・陸上に入って彼女すごく楽しいそうだったもんな、いろいろ練習やどうすればもっとタイムが縮むか熱心に聞いて熱心に練習するし、始めての運動部で毎日が楽しいって言ってたよな・・・ここで俺が断ったら・・・絶対、悪役だ、これで彼女が部活の顔出さなくなったら・・・はぁ、

 「好きじゃなくてもいいって言ったよね?、安川さんはかわいいと思うよ、でも、俺、好きとかよくわからない、安川さんのこと、好きなのかも知れない、けど、付き合うとかよくわからないんだよ、安川さんの言う通り、俺は付き合ってる彼女いないし、安川さん嫌いじゃないから、断る理由もないけど、俺が安川さんのことをよくわからないので、それでもいいなら、いいよ」

 「ホント?」

 ホントと言われても好きかどうかわからないと言ってるし思ってるのでホントなんて言われても変な気持ちだけど

 「好きじゃなくてもいいなら、いいよ」

 「わかった!、今日帰ったらお兄ちゃんに言う!恋人になってくれるって!やったー、えとね、私・・・中川君のこと『こうすけ』って呼んでいい?」

 「いいよ、家族や友達にはそう呼ばれてるし、気にしないよ」

 「やったー、こうすけ、私のことは『かな』って呼んで、浩介に名前で呼ばれたかったの」

 「そうなの、佳苗(かな)って呼べばいいの?」

 「うん!」

 「わかったよ、佳苗」

 「やーー!」

 「え?言っちゃ駄目だった?」

 「いや、いや、いきなり言うから、心の準備できなくて、もう一度言って」

 「え?何を」

 「もう一度、『わかったよ、佳苗』って言ってみて」

「・・・わかったよ、佳苗」

「・・・すごくいい、もう安川さんなんて言わなくていい、ずっと佳苗で」

「わかった、か・・・・な」

 意識されると言うのがすごい辛かった。よくわからないまま、俺は陸上部で出会った安川佳苗と付き合うことになった。何が起こったのかまだよくわかってなかった。


付き合い始めてから最初の土曜が来た、この日は部活は午前中のみで午後から暇になり無論、佳苗と二人の行動になる、今日は友達を紹介するらしい。

 「えとね、友達とバッティングセンターで約束してるからそこまで案内するね。」

 友達ってどんな人だろ・・・バッティングセンターって言うから男だろうか、

 「今までね、友達を紹介したくてもできなかったの、だって浩介が友達のことをね、気に入っちゃったらね、考えてね、でもね、友達としばらく遊ばなくなってるから気になるしでね、昨日、連絡したらバッティングセンターに行くって言ったから連れて行くことにしたの。」

 「バッティングセンターって普段行くとこかな?それ言っただけで場所わかるのか?」

 「うん、私、中学は女子の野球チームに入ってたからバッティングセンターよく言ったよ、友達と違って私、ドンくさいから球をバットに当てるようになるの苦労したけど、友達に言われたの『お前は足が速いから前にボールが転がれば塁に出れる』ってね」

 「野球!、野球やってたの!」

 「うん、友達に誘われて、足が速かったから一番バッターで欲しいって頼まれて野球知らないけど入った、幼馴染の頼みだから」

 「へー、それで中学は部活入ってなかったのに足速かったんだ。」

 「うん、友達と野球の練習で走ってた、あ、ここ、ここにあるの」

 バッティングセンターについたみたいだ、何のためらいもなく、女なのに従業員も一切気にせず通ったのでここに通い慣れてるのは本当みたいだ。

 「まだ、いないから打ってみる?それとも他のゲームやってみる?」

 「じゃ、エアホッケーやろうか」

 野球のことは今もあまり見なくて変な打ち方してたらと思うと恥ずかしくてできないので奥にあるエアホッケーを選んだ。一緒に奥に行くと、打撃音に混ざって聞き覚えのある声がした。

 「やっぱりボールを打つのはいいわー」

 「姉貴はやっぱバットを持つのが一番楽しそうに見えるよ、有名大学の付属高校からのスポーツ特待推薦の話があったからそこで野球を続けると思ったのに、残念過ぎる。」

 「もう、言うなよ、野球の道はあきらめたから」

 佳苗が友達を見つけたみたいだ。

 「あ、里実!いつもの場所じゃないじゃん、ここに居たのか」

 「おう!佳苗!久しぶりじゃん、さっき誰かが使ってからこっちでやってたんだよ。」

 「おひさー、里実は相変わらずだね、今は部活入ってなかったよね、惜しいよね」

 「いや、野球部のマネージャをしようかなって思ってる。」

 「えー、里実に世話役なんて無理だよ。」

 「うん、俺も思うけど俺が野球してること知ってる部員に頼まれてな、人は多いからあまり来なくていいからって言われて考えてる」

 「そうか、里実がマネージャってね、笑うよね、どちらかって言うと運動する側なのにね、勿体ない」

 「仕方ないさ、どの運動部行ってもしっくり来なかったし野球の練習見てると落ち着くから」

 「あ、里実、えとね・・・私、彼氏作ったんだ。」

 「え、マジ!、おまえ、誰かに言い寄られたのか?、最近、俺が傍にいないから強引に脅かされて付き合ったのか?そいつ殴って二度と顔見れなくしてもいいぞ」

 「いや、違う、わ、私から、付き合ってて言ったの。」

 「どうして?兄貴と喧嘩する時の助っ人か?」

 「いや、違う!、わ、私がす、好きになって・・・」

 「えー、何それ!、佳苗も男を好きになる年になったのか」

 「えとね、今、連れて来てるの、ええと・・・あれ?浩介どこ?」

 浩介は一番端のゲーム台の前に立っていた、ゲームはしていなかったようだ、そこに立ってたい気分だったのだろう。

 「あ、浩介、こんなとこに居たんだ。こっち来て、浩介」

 浩介はずっと下を向きながら振り返った。

 「えとね、里実、この人が付き合ってる同じ陸上部の浩介、中川浩介っていうの」

 私の心臓が漠々鳴ってる、これは考えもしなかった、まさか佳苗が里実と同じ野球チームだったなんて、里実の話を思い返したら、私より足の速い幼馴染をチームに誘ったって聞いたことある、多分、この佳苗だったんだろうな、今思えば。

 「えとね、この里実から陸上の練習教えて貰ったの、里実ね近所のおっさんで元陸上部の人が居てその人から教わったって行ってた。浩介が私がやってた練習を誰から教えて貰ったか気にしていたから、里実のことを前から紹介したかったんだ。練習方法を教わったおっさんって、里実の尻を触って、里実が殴ったから、もう会えないんだっけ?」

 「う、う、うん、もう会えないよ、佳苗は会わないほうがいいよ、痴漢されるから」

 なんか、俺が女の尻を触るおっさんになってるのか、佳苗がやってた陸上の基礎練習って俺が里実に教えたものだったのか、見覚えがあるはずだ。俺は里実を睨みつけた。

 「そうか、そのスケベなおっさんとはもう会えないのかー、同じ中学の先輩かもしれないから、よろしければ、教わりたいですが」

 「無理だ、俺が殴ってから会ってくれない。」

 「里実さんは、痴漢にあったら、怖くて震えるタイプだと思ってました。私の知ってる人で夜中に、おっさんが怖くて、私と一緒にずっとついて走る女と同じタイプに見えたもので」

 「やめたほうがいいぞ、そのおっさんって走ってる時に俺の後ろをずっと見回すスケベな奴だから会わないほうがいい、ヘンタイだぞ」

 「そうか、残念だ。」

 ちょっと、ムッとしたが、ここは抑えておこう、でも、このおかげで里実を紹介された私の動揺が消えてくれて、普通に接することができたのでこの場はごまかせた。

 「なぜ、里実は陸上の体験入部来なかったの?他の運動部は行ったのに陸上部は来なかったじゃん」

 友達が答えた。

 「確か、佳苗が体験入部してるの聞いて陸上部に行ったと誰かから聞いたけど、どうしたの?」

 里実は答えた。

 「なんとなく、止めとこうかなって」

 「でも、佳苗が行くんだったら、俺も陸上やろうって張り切ってたよね。」

 「でも、やめた、なんとなく」

 「あのう、途中ですみませんが、里実さんって、佳苗さんと同じ高校ですか?」

 「うん、そうだよ、その友達も俺も同じ高校」

 「え!もしかして、俺と同じ高校・・・かな」

 「うん、そうだよ」

 と里実は当たり前のように答えた、あれ?あれ?俺は一切知らなかったぞ!

 「里実さんは私、初めてここで会ったんですが、里実さんは俺のこと知ってるのですか?」

 「うん、佳苗からよく聞いてるよ、お前のこと」

 「うん・・・里実には浩介のことよく話してる、私より速くていくら頑張っても抜かせないすごい速い人が陸上部にいるよって。」

 「そうなのか、私は里実さんが同じ高校なことに気が付かなくて失礼だね、」

  お前、夜の公園で一度も俺に言わなかったよな、同じ高校のこと、今夜問い詰めてやる。

 「あ、そういえば思い出した、佳苗、ビービー泣いてた女の話あったでしょ、聞かせて」

 「あ、あった、浩介が話してたのだよね」

 んん、ん!、もしかして、里実の話か、そういえば、佳苗が悔しくてベッドで一晩中泣いたことがあるって言うから、俺が話たっけ、里実のことだけど中学の同級生の女子の話に変えて。

 「うん、それ、もう一度聞かせて」

 佳苗は俺が話した泣いた女の話をした。やっぱり、里実の話だ、佳苗が里実とは無関係だと思ってつい話してしまった。

 「この話がどうかしたの里実?」

 「いや、その女の人って、他でその事話されてるの知ったらどんな気持ちだろうと思ってさ。」

 「た、確かに俺も何も考えずについ、口を滑らしたかなと思って、」

 「あ、ボールが!」

 里実がバッティングセンターのほうに指差して言った、みんな、びっくりしてそっちを見回してた。

 ボコッ

 「あ、大丈夫みたい、こっちに飛んできそうだったけど何かに当たって違うとこ行ったよ。」

 「そうなの、よかった、あ、浩介、何、背中押さえてるの?」

 「いや、背中にボールが当たるかなと思って」

 里実に蹴られたなんて言えない。かなりキレてるみたいだ。俺も同じ高校だったのに何も教えてくれなかったこと許してはいないが。

 「あ、そろそろ帰ろうか、遅くなったし」

 「そうだね、帰ろうか今日は楽しかったよ、佳苗も部活上手くやっていってそうで安心したよ、おまけに彼氏まで作って」

 「そういえば、高校になって里実と会う機会減ったよね、中学までいつも一緒だったのに、里実も陸上部に入ればよかたのに、浩介、里実も足は速いんだよ」

 「佳苗がいたら一番は取れそうにないし、少し野球に未練あるからマネージャでいいよ。」

 「勿体ない、じゃ、また明日ね」

 「じゃあね」

 この後、勿論、俺は夜の公園に行く、夜、泣いてた事を喋った俺の事を許してないから里実も来るだろう、今日の公園は怒鳴り声の響く夜になりそうだ。


 家に帰ってから今日、この公園に来るべきか迷った。無論、俺がヘンタイのおっさん扱いされて腹が立ったが、ここで泣いたことをつい口を滑らしてしまったことでかなり怒ってるだろうなと思うと、今日は止めて、明日にしようか、明日なら学校で里実の教室に行って他の友達と軽くお喋りでもすればなんとか忘れてくれそう、でも、毎日ここに来てる習性がついたのか何も考えずまた、ここでジャージ着て走ってる俺がいる。里実が現れたらどんな展開になるのだろうと

 「おい、浩介」

 わっ、いつものように後ろから声掛けられた、今日はバッティングセンターの一件でどう言い返せばいいかわからない。

 「里実と同じ高校だとは知らなかったよ、どこのクラスにいるんだ?明日会いに行くよ」

 「お前、俺が泣いてるの、佳苗に言ったんだね」

 早速、これが来た、駄目だ、里実と喧嘩できない。

 「ごめん、俺、佳苗と里実が知り合いなんて気が付かなかったよ、里実が同じ高校なのも知らなかった、ただ、部屋で悔しくて泣き続けたって悲しそうに言う佳苗を見て励まそうと思って話してしまった、ごめん」

 自分の腰の弱さに情けなく思う、どうして、俺をヘンタイおっさん扱いしたことや同じ高校なのを隠してたことを切り返さないのかと

 「もう、いいよ、佳苗が俺の事だと全く気付いていなかったからいいよ、別に」

 あ、怒らないみたいだ、助かった。言い返さないでよかった。

 「でもね、なぜ、佳苗と付き合った、佳苗の事好きなのか。」

 「ええと、まだ、よくわかんない、佳苗が好きじゃなくていい、兄がお互い付き合わないと学校以外では俺に会うなと言われたらしく、付き合って欲しいと云ったのでOKしただけ、佳苗はすごく美人だし、断る理由ないし」

 「確かに、佳苗は、小学生からモテてた、いろんな男から告白されたり、誘われたりしてたので俺がいつも追い払ってた。」

 そうなのか、知らなかった、確かにあれ程の美人だったら言い寄る男はいっぱい居るだろう。

 「・・・・でも、ショックだった」

 んん、何を言ってるんだ?

 「佳苗が浩介と付き合ってると聞いてショックだった。」

 んん、もしかして、俺が佳苗にしつこく迫って強引に彼女にしたと思ってたのかな?

 「俺、陸上の体験入部に行こうと思って陸上部が集まるグランドに行ったら・・・お前と佳苗が一緒に居た、俺は驚いてその場を去ったよ。」

 「え?俺と佳苗が一緒に練習してる所を見てたのか!」

 「見てた、そこで、俺もお前と佳苗のところに行けばよかったと、今でも思う」

 そうなのか、俺はかなり前から里実に見られて・・・待てよ

 「おい、なぜ、同じ高校なのに俺に声を掛けなかったんだよ」

 「佳苗と話ししたら、ずっとお前の話をしてた、足が速くて、走る姿に無駄がなく綺麗で、私の走りを見て的確にやさしく指導してくれて・・・そんな佳苗を見て嫌な予感した。」

 予感?何を言ってんだろう、里実は

 「私から浩介に会いに行かなくても佳苗は俺に浩介を紹介してくれると思った、その後、俺はマネージャを断って、陸上部にいけば三人で部活できるとも考えた。」

 あ、そうか、里実が俺に直接会うより佳苗から紹介されればと考えるのも充分有りだよな、そっちの方が夜の公園で毎日会ってるのも疑われる事もないし有りだな。

 「でも、佳苗はなかなか紹介しなかった、そして二人だけでよく遊んでる噂も聴いた。」

 そうなのか、そうなれば、里実が俺の前になかなか現れないのもわかる。

 「そして、私の予感が確信に変わった、佳苗が浩介に惚れてることに」

 んん、佳苗が里実に俺を紹介しなかった理由が俺?だと?

 「今日の日が来るのが怖かった、佳苗が浩介に惚れてて、私に紹介しないなら、佳苗が紹介するのは恋人同士になるか、告白して断られた後のどちらかだと・・・その前に浩介と高校で会おうとして、浩介の教室にいったり、廊下でいるのを声掛けようとしたけど・・・みんなの前でどうやって声掛けていいかわからなくて浩介に気付かれずに去った・・・」

 「そうなのか、俺が里実と同じ高校にいることを知ってれば、里実の教室に行ったのに。」

 いきなり、里実が泣き出した。びっくりした。それでも走ることを止めないのでついて行った。

 「浩介に会ってればよかった・・・佳苗と付き合う前に浩介と会ってればよかった。」

 んん、なぜそんな事言いながら泣いてるんだよ。

 「まさか、佳苗と先に出会い、佳苗が浩介を好きになるなんて・・・今日、佳苗が浩介を彼氏と紹介した今日、そして佳苗と浩介と別れた後、なんか涙が出てきて、友達置いて走り去った・・・辛かった、佳苗に取られたんだなって、浩介を」

 んん・・・んん、ちょっと、里実の言ってること、よくわかんなくなってきた、つまり、里実は佳苗に俺を取られて・・・それで泣いてると!

 「里実、おまえ、何、言ってる?里実!」

 「浩介に会えばよかった・・・・佳苗が告白する前に浩介に会ってれば・・・私、もう、ここに来ちゃダメなのかな、浩介に会ってはダメなのかな・・・」

里実は立ち止って手を顔に当てて泣いた。

 思い出した。中学三年の夏、里実が試合に負けたことを話してひたすら泣いてた日、その時、俺は思ったんだ、『これで二度と里実と会えなくなる、どうにかしないと』って、里実も親友の佳苗を裏切ることになるから、ここに来るかどうか迷ってたのか。

 鼻の啜る音が何度も聞こえた、俺はなんだかわからないが、だんだん目が潤んできた。俺はなんだかとてつもなく、間違った選択を、絶対にしてはいけなった出来事だったんだなと思い始めた、佳苗の返事を断らなかったことを。

 俺は強く里実を抱いてしまった。里実はびっくりしたみたいだ、ビクっとして体が固くなった。

 「俺・・・ごめん、他の女に気持ちもなく付き合う返事を・・・俺、経験なかったんだ、女の子を好きに・・・いや、里実への気持ちが・・・里実がここに居なくなる事なんて・・・考えもしなかった。」

 里実はまたビクっとした、少し経って里実は俺の腰に手を回し、肩に持たれて顔を俺の方に向け、顔を近づけたままじっと俺の顔を見ていた。

 俺はこんな目と鼻の先で里実と顔を合わせることなんてできない。でも、里実は俺に何か返事を求めてる、さっき、俺の言った思いは里実に気を使った嘘なのか、里実への本心なのか問い詰めてるような、俺の気持ちをもっと探りたいと願ったのか、ジッと顔を向けて見つめてるのがわかる。俺はもう下がる事が出来なかった。里実に気持ちを伝えたかった、俺の失いたくない大切なものを、誰が誰をどれだけ思ってるのかを。

 俺は里実に口付けをした。俺は今、この時、この瞬間、とてつもなく里実が好きだったことが、わかった、俺はここに里実に会いに来てたんだ、毎日、里実を見たくて、里実と一緒に走りたくて、里実と一緒に練習したかったんだ。だから中学の部活が終わった夏の後も十二月も一月も卒業のときも里実が毎日ここに来る公園でひたすら走ってたんだ。俺は今日まで知らなかったんだ、里実といる公園が何よりも大切なものになっていた事に、中学のときのどんな学校の行事よりも陸上でのどの大会の思い出よりも、ここの夜中の深夜十一時までの里実との時間が俺の中学の、いや、俺の学校生活の全てだったことに。

 唇が少し離れた、俺と里実の目が会った、俺はまた、強く、里実を抱きしめ、キスをした。

 なんか、温かいものに包まれてた。俺と里実の周りがなんか熱いもので包まれてた、それがとても気持ちよかった、音が聞こえなかった、周りの時間がみんな止まってた、ずっと、ここに居てもいいなって思った。この時間が永遠に続くような出来事があったら、俺はここを天上の楽園にいると思うんだな、一生、時間が止まったままになればと、今動く気は全くしない、里実もジッとしてた。この抱き合った状態で長い時間が過ぎた。

 「ワンッ!」

 犬が少し遠くで泣いた。キスが止まった。足音が聞こえてきた、二人の体が同じ方角を向き、里実は俯きながら走り始めた。二人はいつもの走ってる二人に戻った。

 いつもの広場についた。里実がいつもより小さめの声で喋った。

 「俺、佳苗を裏切った・・・佳苗を裏切った・・・明日どうやって会おう・・・」

 そうか、佳苗は俺に気持ちがあって俺は佳苗と付き合ってる、俺も佳苗に何を言えば良いのかわからない、言ったら陸上部はどうなる?里実と俺と佳苗と友達はどうなる?俺より幼馴染の里実のが危うい気持ちだろう。

 「佳苗どうするんだろう、俺、間違ったのかな、悪い事をしたのかな。」

 「いや、俺が悪いんだ、里実は悪くない、俺、今日初めて気付いたんだ、陸上の練習でここに来たんじゃない、中学陸上が終わって秋も冬も春も里実にここに会いに来たんだと、陸上の成績を上げるためにここに来た目的はとっくの昔に消えてたことに今日気付いたんだ。」

 「俺も、野球チーム抜けてからも運動部にいない今もここに来てた理由は学校で浩介に会おうとして気付いた、周りに人が居ると、とんでもなく照れ臭かった、佳苗と浩介のことが毎日、夜、寝てるときに気になってた、どう進展してるのかって、佳苗が告白する前に私の気持ちを佳苗に、

浩介に伝えていればと・・・佳苗に彼氏って紹介されたときわかった、絶対伝えないといけない出来事だったんだと」

 二人はベンチに座って、ボーっと夜空を眺めてた、もう練習なんてしなくてもいい事に二人とも理解してた。しばらく、ボーっとしてた、お互い、佳苗のことを、明日、佳苗に会って何をするのかを多分考えてた。

 時刻はかなり進んだ。

 「もう、帰ろうか」

 「お、おう、帰ろう」

 佳苗の事を考えると、もう抱き合う気になれない、二人は考え事しながら静かに去った。


   ラスト 恋は幸せ?かな


 次の日、いつもと同じように学校に行き、学校で何事もなかったように佳苗に会い、いつもの教室、いつもの授業、でも考えはしてた『佳苗にどうやって話そうか』を

 昼休み、男友達と机を挟んで話をしてた。友達が俺の後ろを驚いた顔で見たので振り返った。

 里実がそこに居た。

 初めて、制服姿の里実を見た、顔は化粧をしててどう見ても女子だ、ブレスレットを付け、短めのスカート、髪型もおしゃれにセットしてる、里実ってこんな綺麗だったかな、こんな足が細かったのかな、腕の曲げ方、細い指、全てが女の子っぽくて、私が今まで一度も見たことのない、女子高生の里実だった、俺はこんな綺麗な女の子が同じ高校に居たことを今まで一度も気付かなかったのか?こんな綺麗な女の子と俺は毎日夜中に会ってたのかと、

 「今、時間いい?」

 「う、ううん、いいよ、こいつらとはいつでも喋れるし、気にしなくていいよ」

 「じゃ、来てくれる?、みんな、ごめんね、邪魔して」

 「いっ、いいよ、別に」

 「すまんな、こいつ安川の幼馴染だから、話は安川のことなんだろう、ごめんな」

 里実の後をついて行った、校舎の裏だった。

 「えとね、佳苗にはいつも通りの態度でいいよ、佳苗に俺の事何も言わなくていい、俺が何とかする、だから佳苗とはいつもの学校、いつもの陸上部でいい、昨日のことはもう忘れていい。」

 「いや、そういう訳にはいかない、俺は覚悟を決めてる。」

 「黙れ、もう昨日のことは忘れろと言ってるがわからないのか、昨日は忘れろ、俺も忘れる」

 「いや、駄目だ」

 「俺に心辺りがあって、俺が何とかする、だから俺は、もう、お前とは会わない、夜も二度と行かない、これから夜は自宅にずっと居る、陸上の練習したいなら勝手にすればいい。俺はいかない、そして、お前と話すのは今日で最後だ、もう、お前とは会わない、お前が会いにくれば、しつこく追い回されてると佳苗と担任に報告する。わかったな」

 「わからない、いきなりなんだ?」

 「じゃあな、佳苗を大事にしてくれ、あいつは俺と違って心優しくて、努力家で、いつも俺について来てくれて、一緒に野球やって頑張ってくれた、俺の大事な友達だ。」

 「じゃ、お前が大事にしろよ、どうして、俺が」

 「じゃあな、もう俺と会っても話しかけるなよ」

 バシッ、思いっきり、頬を叩かれた、全力で俺を引っ叩いた。俺の顔は横に飛んでバランスが崩れた。

 振り向いたら、里実はもう遠くに居た。もう少し、制服でスカートで化粧をしてた里実と居たかった。この制服姿の里実は、俺が最後に見た里実だった。


 夜の公園に来た、里実は来なかった、一人の公園は時間がなかなか進まなかった、帰る時間は深夜じゃなかった、次の日も次の日も公園に一人で居た。

 タイムが落ちた、というか、走ることにもう身が入らなくなってた、100m走もインハイも大会の決勝も気持ちがなくなった。これじゃ、もう走れない、どうやって走ってたのかも忘れそうだ、佳苗にも追い抜かれ、みんなにも追い抜かれ、部活が拷問の時間になった。

 「浩介、浩介、返事して、浩介、一体何があったの?」

 んん?あ、佳苗と二人で歩いてたんだ。

 「ああ、うん、佳苗、どこに行く」

 「え?何回も言ってるよ、映画を見に行くって、浩介、もう何日もボーっとしてるよ、部活もなんかぼやけたまま走って、誰と走っても、誰かに抜かされても、コーチの前でも、魂が抜けた感じになってるよ、タイムが遅くなってるから夏の大会はコーチが浩介を出場させるか悩んでるよ、浩介、どうするのよ、今からやる気出して走っても絶対、出場圏内のタイムが出るから、今度、本気で走りなよ、私がコーチにお願いするから」

 「大会・・・ふうん、コーチに云っとくわ、今回は出場辞退するって」

 「浩介!何言ってるの!」

 「いや、今の俺が出るより、他の部員が出た方がいいよ、今は走る気がしない」

 「浩介!駄目だよ、インハイ行きたいって言ってたじゃん」

 「ん、ごめん、今は走る事考えてない・・・ええと、今日はどこに行くんだっけ」

 「映画!、浩介、最近、変になってるよ、何考えてるかわかんない、どうしたの?浩介、」

 「ん?何も変わらないよ、いつもこんな感じだよ、いつもと違うのか?俺が?」

 佳苗はもうこれ以上話そうとせずしばらく黙ってた、しばらくして、佳苗は重い口を少しためらいを見せながら開いた。

 「友達が言ってた・・・浩介、学校で里実と二人で話をしてたって」

 「・・・ああ、してたよ」

 「最近ね、里実も私と話してくれない、友達と一緒に会っても一分も経たずにどっかに行って、話しかけても口数少なくて心配すると何でもないって言うだけで、私、小学校から里実とずっと居たけど、こんなの初めて、里実は人を嫌う人じゃない、人を故意に無視するような人じゃない、でも、私とはあまり話そうとしない、でも、無視してる訳じゃなくて、元気がなくなった感じ、浩介、里実となんかあったの?」

 「ああ、里実と会ったよ、佳苗のこと話してくれたよ、努力家で優しい友達だって、多分、俺と佳苗に気を使ってるんじゃないかな、里実も野球部マネージャに忙しくて疲れてるんだろ、マネージャの仕事に慣れるまで、そーっとしてたほうがいいんじゃないかな」

 「私、幼い頃から里実と居るからわかるよ、里実はいつも男っぱくて元気で、今の里実を一度も見たことない」

 「里実ももう高校生だよ、小学校のままじゃないよ、高校で佳苗と二人で居る時間が減って、里実が高校で変わってきてるのを佳苗が気付かないだけだよ。」

 「浩介君、里実と何か会ったの?なぜ、里実を庇ってるの?」

 「え、俺、里実を庇ってなんかないよ、俺は里実のことよく知らないけど、佳苗が気を回し過ぎてるから心配して言っただけだよ、あまり会った事ない里実の話するなら俺、もう帰るよ」

 「・・・わかった、映画行こう」


 学校の昼休み、俺は夏、大会に出ないので暇になる、そして自分の席でボーっとしてた。

 「ええと、ここ、いい?」

 前に女の子が座った・・・なんか見たことある、あ、バッティングセンターで佳苗と里実と一緒にいた女友達だ。

 「いいよ、何?」

 「里実が転校するの」

 「・・・え?」

 「えとね、前に有名な付属高校からの女子野球の特待推薦があったって言ったでしょ、その関係者がまだ里実に編入で入らないかって何度か電話があったみたい、その話を里実が受けたみたい、夏か冬かにその高校に編入するみたいだって」

 「・・・」

 「その高校は、東京だから、もう里実はこの街に戻ってこないと思う」

 「浩介君、里実と会って話をしたよね、それから佳苗がね、里実も浩介も変わった、変になったってよく言ってたよ、私も知ってるよ、二人が話をしたの、それから里実が佳苗と距離を取るようになって浩介も変わったって、私も佳苗と同じ様に思ってるよ」

 「・・・里実って昔から野球したかったんだろ?よっかったじゃん、昔からの夢だったし」

 「私は浩介に何があったかは聞かないけど、里実も浩介も心なしか少し辛そうな・・・、私は誰も責める気はないよ、里実も佳苗もいい友達だし、浩介も、佳苗の話を聞いてて優しい人なの知ってるし、何かがあるとしても悪い事をしようなんてみんな思ってないのはわかる、誰も悪くないんだから、またみんなで、笑顔でバッティングセンターで遊べるようになったらいいよね、じゃあね」

 その友達は行ってしまった。

 また、しばらく、ボーっとしてた、次の授業のときも、その後の休憩も、


 ただ、考えてた、もう、二人の夜の公園が二度と来ないことを


 もう、考える力が湧き出なかった、夜の深夜十一時までの公園の思い出を気付けば見つめてた。それはもう、実際に体験することができず、思い出の中にしかない、その思い出は現実と何一つ変わらず、俺の目に映ることがある。

 授業が終わり、俺はコーチのところに行った。

 退部をすることをコーチに伝えた、もう二度と部活には顔を出さないこと、大会も出場しない、もう二度と走らないことをコーチに伝えた、コーチは止めなかった。俺の姿を見て今は何を言っても通じないと悟ったのだろう。

 部活には顔を出さず、学校を出て、どこにも寄らずに真っ直ぐ家に帰った。自分の部屋でベッドに寝て、ぼーっとしてた、スマホが鳴った、多分、佳苗だろう、出る気がしなかった、今日は晩御飯も食べず、風呂に入らず、ずっとベッドで横になってた。


 次の日、授業始まる前に、佳苗が俺の席の前に座った。

 「浩介、どうしたの、コーチが言ってた、浩介が部活を辞めたことを・・・嘘だよね、浩介、嘘だよね、ねぇ、浩介、何があったの?」

 「佳苗、ちょっと一緒に来て、いいかな」

 「わかった、ついて行くよ」

 廊下の端に行った、朝なのでここには誰もいない。

 「佳苗、俺、もう、佳苗と会わない、佳苗と遊ばない、ごめん、今は、佳苗と話したいとも、思わない、佳苗、もう友達やめよう、俺、しばらく会いたくないんだ、できれば、只の同級生と思えるようになるまで、佳苗と会いたくない、他の男子と仲良くなっても付き合っても構わないよ、陸上も学校生活も俺のいない場所で円満にやって、それから、里実に言って、佳苗を大事にしてくれって頼まれたけど、出来そうになくてごめんねって伝えて、野球、全国大会目指して頑張ってくれって、里実の夢だったろ、毎日のように聞いたよバット振りながら、夢がかなってよかったなって、ごめんね、それなのに、佳苗を大事にしてやれなくて、すまないって言ってくれ。俺はなんとかするから、しばらくジーっとしてて、何かやりたいこと見つかったら、里実の試合を見に行くって、それが俺の目標だから、里実もピッチャーがんばって、毎日バットを振って頑張ってくれって伝えて、佳苗、ごめんな、佳苗のいないところで、俺、やり直したいんだ。やりたいと思ったことが陸上なら、また部活に戻ってくるよ、そしたら、一緒に練習しような、でも、今は会いたくない・・・もう、教室行くね、佳苗、陸上頑張れ、お前の足は全国クラスだ、絶対、全国獲れるよ、里実に負けずに頑張れよ」

 浩介は静かに教室に向かった、初めて、浩介が里実のことを言った、バットを振ってはよくわからなかったが、私は里実のことを浩介にあまり話したことが無いのに、里実が全国大会に出場を懸けてたことをなぜか知ってたことで佳苗は何かを感じた。そして、里実に今日、会って、さっき浩介が話したことを含めて全て話す決心をした。

授業はもともとまともに聞いていなかったが、この日は一層身が入らなかった、教科も先生もわからなかった、休みに入っても動かなかった、先生も腫物に触れたくなかったのか呼びかけもしなかった。気付いたらみんなは弁当を開いて騒いでた。あ、そうか、昼休みか、腹は減ってなかった、することは何も思いつかず、また、ボーっとしてた。


 物凄い勢いで教室のドアが開いた、強烈なドアの音が周りに響いた、昼休みの教室は静まり帰り、浩介は微動だにせずボーっとしてた。

 「おい、お前」

 聞き慣れた声がした。でも、いつもと違う、いつもの声に上乗せして、怒りに満ちた声だった。

 「おい、起きろ!」

 バシッーー、浩介の横っ面を思いっきり引っ叩いた。浩介は顔を見上げて相手を見た。

 そこには、里実が居た。

 「やぁ、里実、久しぶり、東京の有名な付属高校に行って女子野球に入るんだってな、昔からの夢、叶ってよかったよな。」

 バシッ、また浩介の横っ面を叩いた。

 「まだ、寝てるのか、お前、部活辞めたのか」

 「ああ、走る気持ちがないのに、居てもしょうがない、他の部員の足を引っ張るだけだ、それより、里実、野球やるんだろ、ピッチャーやるんだろ、最近練習してないけど大丈夫か、腕訛っていないか、練習やれよ」

 バシッ、また引っ叩いた、力がドンドン強くなる

 「いい加減にしろ!、俺のことはいい、お前、陸上やれよ、お前が陸上辞めるから、佳苗が心配して泣きながら俺の所に来たんだぞ、お前、俺のことばっかり言ってるが、陸上やめて、全国大会出場の目標を諦めたお前に励まされてもウザいだけなんだよ、俺に頑張って欲しいなら、お前も頑張れよ、陸上やれよ、走れよ、インハイに行けよ、お前、中学の時からずっと走ってたろ、お前が走ってるのを見て、俺も頑張れたんだよ、俺に頑張って欲しいなら、お前も頑張れよ、俺を心配させるなよ、佳苗を心配させるなよ、こんなに人を心配させて、どうやって俺が頑張れるんだよ、何か言ってみろよ!」

 里実が怒鳴った。

 浩介はジッと里実を見つめた、目が潤み、涙が流れた、それでも、里実を見つめ続けた。そして、浩介の口が開いた。

 「・・・じゃあ・・・返してくれよ・・・、里実・・・返してくれよ」

 里実はひたすら俺を見つめ涙を流した姿を見て異変を感じた。

 「何をだよ・・・俺が何を返すんだよ・・・」

 浩介の目には水が溢れてた。

 「俺の公園を返せよ、二人で走った公園を返せよ、バットの鳴る、潮風が吹く・・・毎日・・・当たり前のようにあった毎日、あの公園を返せよ・・・頼むよ、お願いだ・・・あの公園がないと、俺、走れないよ、走ったら、あの当たり前ように会ったあの公園が目から離れないんだよ・・・頼む・・・返してくれ・・・返してくれないなら、俺の目の前に二度と現れないでくれ、二度と俺の傍に居ないでくれ、ここから出て行ってくれ」

 里実の目から涙が溢れかえった、もう止まらなかった、もう言葉が出なかった、もう、何も、声が出なかった。

 「なぁ、俺、どうしたらいい?、里実、ごめんね、俺、忘れるまで走れないや、佳苗もごめん、わかんないや、俺、公園を忘れるまで、もう何がなんだかわかんないよ、もう、学校もわからない、息を吸ってるのもわかんない、俺、里実みたいに全てをなかったことにすることが出来ないよ、里実、俺、里実にずっと引っ張って貰って陸上も佳苗のこともやって来れたんだなって」

 バシッ、また里実は浩介を叩いた。そして浩介を胸に抱き寄せた。

 「もういいよ、わかったよ・・・ごめんな、みんな、お前に押し付けて、佳苗のことも、公園の思い出も、みんなお前に押し付けて、任せて、どっか遠くに逃げたかったんだよ、お前は俺から見て、強い男と思ってたんだよ、毎日ずっと練習してひたすら走り続けて、この街のこと、佳苗のこともみんなお前に押し付けたら、どうにかなるだろう、何とかしてくれるだろうって、ごめんな、ホント、ごめんな」

 里実はひたすら泣き続けた。少し時間経って浩介は落ち着き、口を開いた。

 「謝らなくていいって、里実は自分がここから居なくなったら、学校は元通りになる、そう思っただけだろ」

 浩介は、里実を振り解いた。

 「俺、もう一度、やり直す、最初に戻るから、がんばろ」

 「俺も、やり直す、もう東京の付属高校も、女子野球も、どうでもいいんだ、ここから逃げたかっただけだから、もういい、やり直そう。」

 「わかった、俺、トイレ行く。顔が気になるから」

 「あ、俺も気になるから行く」


 夏休みが過ぎて二学期が始まり、運動部は三年が居なくなり、新たなメンバーで秋の大会に向けて励んでいた。

 インハイに出場して決勝まで進出し、堂々の三位に入り一躍、全校生に有名になった安川佳苗がいつものようにグランドで練習メニューをこなしていた。浩介の姿は見かけないようだ。

 日が沈み、夜になり、公園を走る音が聞こえた。

 その音は広場で止まり、バットの風切り音が鳴り、速足で駆け出す音が地面に鳴り響いた。

 公園は夜遅くまで、二人を見守った。

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真夜中のシンデレラ ヒゲめん @hige_zula

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