~薔薇の王座~乙女ゲームの悪役魔女に転生した件

星空暁

乙女ゲームの異世界に拉致された!

 私は意識が戻ったとき、目の前に広がっているのは、中世ヨーロッパ風の街だ。

 

 規則正しく舗装ほそうされた石畳の道が広がり、道端には同じ石で作られた整然せいぜんと並ぶ家々が立ち並んでいる。行きう人々の笑い声や、遠くから聞こえる馬車の車輪の音が耳を打つ。果物や花を売る行商ぎょうしょう、馬車を操る車夫しゃふ、楽しげに談笑だんしょうしながら歩く婦人たち──

 

 ああ、そして……『一般人いっぱんじん』だけでなく、騎士のような鎧を身にまとった戦士や、全身を黒いローブで覆った人物まで見かける。それは、どう見ても魔法使いの姿だ。

 

 でも、なぜか感じるのは違和感ではなく、むしろ……だ。

 

 ――なぜ、この光景がこんなに懐かしいような、どこかで見たことがあるような……?

 

 ああ、そうだ……

 ここは……ゲームの中だ!!!!!!!!

 

 そして、数分前に戻る……。

 

 ……

 

「ハハハ、このゲーム、本当におもしろい!」

 

 夏休みに入ってから、時間を持て余していた私は、暇つぶしにゲームを始めてみた。

 

薔薇バラ王座おうざ」というこのゲーム、アイコンのバラの花びらが可愛くて、なんとなくインストールしたのだが……。紹介文しょうかいぶんをよく見てみたら、なんと、これは女性向けの恋愛ゲームだと気づく。

 このゲームには、攻略対象が5人──それぞれが1枚の花びらに対応していて、キャラクターの立ち絵も超カッコイイ!

 しかも無料だから、もう最高!!

 

 1週間、ほぼ休むことなくゲームをしてしまい、ついに全ルートをクリア。隠しルートが解放されたその瞬間──

 突然、画面からまばゆい白い光が放たれ、ノイズが走り始める。

 

「な、なんだっ!?」

 

 私は、思わず叫んだ。

 そしたら、部屋全体が砂嵐に呑み込まれるように揺れ、ノイズはますます激しくなって──

 ――その

 頭の中で「バツンッ!」と音が鳴り、目の前が真っ暗になった。ブラックアウトしていく意識の中、私の腕は誰かに掴まれている気がする。

 

 ……

 

 目を開けると、奇妙な暗闇が広がっていた。周囲を見渡しても、光のかけらすら見当たらない。

 

 ――ここは、いったいどこなの?

 

 ゲームをしていたことは、はっきりと覚えているのに……

 私が気絶した後、誰かに連れ去られたのか?

 

「ゲームクリアおめでとう!」

 

 戸惑う間に、耳元に一つの声が響く。「君は、このゲームのラッキープレイヤーに選ばれたよ!」

 

「わわあああああ!!! 何だこれ!?」

 

 びっくりして、私は思わず叫んだ。

 後ろを振り返ったが、やっぱり何も見えないただの暗闇だ。

 

「あんた、誰だよ? いったい、どういうことだよ!?」

 

 私は両腕を抱きしめて、暗闇の中に向かって尋ねた。

 

「僕?僕は、このゲーム――『薔薇の王座』の世界の神様だよ」

 

 再びその声が響く。

 今回ははっきりと聞こえた、男の子供の澄んだ声。

 いたずらっぽく笑っているけど、その笑い声は私をますます憂鬱ゆううつにさせた。

 

 ――もう、ゲームの世界の神って何だよ?

 

 全身に鳥肌とりはだが立つような戦慄せんりつを感じたが、今はそれに気を取られてる場合じゃない!

 私は目をぎらつかせ、すぐに声を荒げた。

 

「で、さっき言ってた『ラッキープレイヤー』って何だよ? まさか、これがあんたの仕掛けたゲームか!?」

 

「僕の試練に合格したってことさ。今君は本当の『薔薇の王座』の世界に入ったんだ……これ、超ラッキーじゃない?」

 

「待って!」

 

 私は手を上げ、ますますわけがわからなくなってきた。

 その声に向かって、困惑の気持ちをぶつける。

 

「あんたの言ってること、全然意味がわからないんだけど?」

 

「ゲームが始まったら自然にわかるさ、一つだけ覚えておいていい──君が最終ルートをクリアした後、元の世界に戻れる。でも、もしゲームをクリアできないなら、君の魂はこの世界に閉じ込められ、永遠に出られないのよ……」

 

「永遠に出られないって何?私を解放してよ!」

 

 なんだよ、こんなことになって!

 拳をぎゅっと握りしめ、全身に力を込める。怖くないわけじゃない。

 ──でも、こんなところでビビってる場合もんか!

 そう自分に言い聞かせ、深く息を吸い込むが、心臓はどくどくと速く打ち続けている。

 

「君はやはり強いな。それはいい……」

 

 私の対処を見ていたのか、空気に浮かぶその声は軽く感嘆の息を漏らした。

 

「あんたはいったい──」

 

 話そうとした瞬間、私の体は突如、大きなブラックホールに引き寄せられるかのように吸い込まれていった。

 白い光が目の奥を貫いた瞬間、またしても意識が途切れた……

 

「さぁ──ゲームをはじめよう♪」

 

 暗闇の中、悪戯っぽい子供の笑い音だけが聞こえてくる。

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