モチャ

船越麻央

黒猫モチャ

 突然目の前に黒い影が飛び出してきた。駅からの帰り道、僕の前に一匹の黒猫が現れたんだ。見かけない黒猫だった。そいつは僕の足元にお座りすると僕を見上げた。もう夜だというのにどうしたのだろう。

 僕が猫好きだと分かっているのか。何か訴えるように僕の顔をジッと見る。僕は思わず腰をおろして黒猫の頭を撫でてやった。美しい毛並の猫ちゃんだが、首輪はついてないようだ。


「よしよし、キミはどこの猫だ?」

 (もちゃ)

 

 え? 僕の耳元で声がした。もちゃ? 周囲を見回したが誰もいない。空耳かと思ったが確かに聞こえた。


 (もちゃ)


 もう一度聞こえた。今度は耳元ではなく直接的に頭の中に響いた。僕は目の前の黒猫がしゃべっているような錯覚をおぼえた。しかしまさか猫がしゃべるわけがない。仕事で疲れているせいか。


「さあ黒猫ちゃん、お家にお帰り」


 僕はもう一度黒猫の頭を撫でてから立ち上がった。おそらくどこかの家の飼い猫だろう。黒猫は何か言いたそうな顔をしていたが、僕は足早にその場を離れ自分のマンションに向かった。


 僕はマンション五階の自分の部屋の前まで来て驚いた。さっき別れたばかりの黒猫がドアの前にちょこんとお座りしているではないか。

 いったいどうやってここまで来たのか。何で僕の部屋の前にいるんだ?


 (もちゃ)


 また声がした。ドアの前で僕を見上げている黒猫。このまま放っておくわけにもいかずドアを開けると黒猫は待っていたかのように室内に駆け込んだ。


「いったいどこから来たんだい?」

 有り合わせのエサを黒猫に与えながら、僕は問いかけた。首輪もしていないから本当に飼い猫かどうかも分からない。それにしても人懐っこい猫ちゃんだ。


 黒猫はエサを平らげると窓際に行き外を眺めている。

 外に出たいのかと窓を開けてみたが、猫はジッと星空を見上げているだけだ。


 (もちゃ)


 またかよ。猫なら猫らしくニャーとか鳴いてくれたまえ。

 

 僕は黒猫の名前をとりあえず「モチャ」にした。


◆ ◆ ◆


 翌朝、会社に出勤するため部屋を出た。黒猫モチャをどうしようか迷ったが、結局置いて行くことにした。

 一晩いっしょにいて情が移ったのかもしれない。ただ、モチャが外に出るのをイヤがっていたのも事実だ。やはりどこかの家の室内で飼われていたのか。


「いい子にして待っていてくれよ」


 一人暮らしの狭い部屋だが我慢してくれ。僕はいつも通りに駅に向かったのだが、途中ダークスーツに黒いネクタイで目つきの鋭い男性を何人も見かけた。

 何かを探しているように見えたが、触らぬ神に祟りなしだ。僕はそのまま会社に向かった。


 会社に着くとすぐに上司び呼ばれた。何でも僕の部署の係長が御家庭の事情により田舎に帰ることになったそうだ。

「君を係長に昇進させる。頑張ってくれたまえ」


 正直驚いたよ。主任になってまだ日が浅いのに係長とは。ホントにビックリだ。

 さらに最近売り出した新製品の売上が好調らしい。あまり期待されていなかった新製品ということもあり臨時ボーナスが出るとの話だ。


 なんだか急に運が向いてきたようだ。 


 仕事を終えて帰宅すると、モチャはおとなしく待っていてくれた。僕が頭を撫でてやると満足そうにのどをゴロゴロと鳴らした。


「今日はいいことがあったぞ。キミのおかげかなあ」

 (もちゃ、もちゃ)


 本当にこの黒猫は変わっている。そう言えば、今朝見かけたダークスーツの男たち、もしかしたらモチャを探していたのかなあ。


 モチャは今夜も窓際にお座りして星空を眺めていた。


◆ ◆ ◆


 その日は休日だった。ゆっくりと朝寝をしているとスマホが鳴った。学生時代からの友人からだ。


「この前の合コンに来ていた一番の美人がオマエに会いたいそうだ。連絡先を教えるから会ってやってくれ。この色男!」


 僕は一発で目が覚めた。


 しかし次から次へといろんなことが起きるものだ。モチャのおかげかなあ。幸運を呼ぶ黒猫ということか。僕は足元で丸くなっているモチャに感謝するべきかもしれない。


 ・係長に昇格した。

 ・臨時ボーナスがもらえた。

 ・カノジョができた。


 これだけではなかった。とにかく僕はツキまくっていた。もちろん黒猫モチャの世話はしっかりやっていた。

 ただひとつ気になるのは、例のダークスーツの男たちがたまに僕のマンションの周りをうろついていることだ。

 やはりモチャを探しているのか。


 モチャは相変わらずニャーニャーと鳴かない。キミは本当に猫なのか?


◆ ◆ ◆


 そんなある夜。夜中だったと思う。僕とモチャが就寝していると強烈な光を感じて目が覚めた。窓からカーテン越しに青白い光が室内に差し込んでいる。

 さらになぜかカーテンと窓が自然に開いてしまった。青白い光はさらに強くなった。僕は金縛り状態で身動きできない。


 そして窓から入る光は足元のモチャを包み込んだ。

 するとどうだろう、モチャの身体がゆっくりと人型に変化していくではないか。


 僕は夢を見ているのか? いや夢ではない。光に包まれた黒猫モチャは完全に小柄な人型に変化してしまった。

 さらに窓からモチャと同じような人型が数体すべるように部屋に入って来た。


 こ、これは異星人ではないか? 窓の外にはゆ、UFOがいるのか?

 モチャはそもそも異星人で、彼らはモチャを迎えに来たのか?

 何とかしなければ。でも身体が動かない。


  (もちゃ)

  (もちゃ)


 光の中から声が聞こえた……。


 僕が覚えているのはここまでだ。

 気がついたら朝になっていた。

 黒猫モチャは僕の部屋から消えてしまった。


 モチャは無事宇宙に帰ったのだろうか。


 僕のことを覚えていてくれるだろうか。


 僕は今夜も星空を見上げている。

 流れ星がひとつ流れた。


  (もちゃ)


 どこからか声が聞こえたような気がした……。


 了


 


 

 





 





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モチャ 船越麻央 @funakoshimao

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