異世界転生者審査委員会
ヱ
第1話 目指すなら天国でしょ
「異世界なんてろくでも無いですよ」
喪服みたいに真っ黒なスーツを着た男は薄ら笑いを浮かべながら、これまた真っ黒な煙を吐いて、そう言った。
光を通さないほど黒い煙が火事みたいに出る「地底人」という銘柄の煙草で、見た目とは裏腹に、とっても甘く軽い煙草だった。
フゥ~ッと肺から煙を出し切ると、真っ黒なお兄さんは煙草を床に捨てザリザリと踏みつけながら、手元のCDプレイヤーのスイッチを入れ、音が飛び飛びでしか流れない、壊れたスピーカーからクラシック音楽もかけ始めた。
スピーカーからジジジと変な音が出たと思うと、お兄さんの周りの電灯が一斉に消えかけの蛍光灯みたいになって。あっという間に、たまに電球がチカチカ点滅するだけの薄暗い空間へと変わってしまった。
先ほどまで小鳥のさえずりが聞こえそうなほど明るく温かな空間が嘘のようである。
澄んでいた空気もよどんできていて、暗さも相まって、ホラー映画のみたいにジメジメとした気持ち悪さがあった。
そんな雰囲気の中、お兄さんは満足げにニッコリ笑って拡声器のマイクを取り、周りのざわめきなんて何のその。ガビガビにひび割れた声でプロパガンダ放送のように話し始めたのだった。
「ヱ、異世界転生なんてことを考えるのは、バカのすることです。今すぐやめましょう」
真っ黒なお兄さんは、真っ黒な髪をかき上げてニッコリ笑った。完全に営業スマイルである。
しかし、この暗い雰囲気を打ち消すほどのさわやかスマイルで、あまりに美しく完璧な笑顔だったため、どこからか、『キャー!!!』と黄色い歓声があがった。
お兄さんが叫び声の聞こえた方向に手を振ると、また、『キャー!!♡♡♡』と鼻血が出てそうなほど興奮した声が聞こえてきた。
さっきまで、周りの人がいきなり狂暴化したり、残虐ピエロがチェーンソーを振り回して襲ってきそうな空間だったのに、今はアイドルのコンサートのような雰囲気である。
何が起こったのかわからず瞬きをすると、お兄さんは、「本日の主役」と書いてある血みたいなのが付着したタスキをかけていて、周りにはガタイの良い黒服の男たちが立っていた。
異様な雰囲気と黒服のお兄さんたちを除けば、さながら、選挙演説のような見た目であった。
「異世界になんて行くもんじゃないです。天国目指しましょ。天国」
異世界転生を志す人々の心を打ち砕くような一言だった。
人間、死んだ後は誰しも生前の行いによって、その後が決まる。
良い行いをたくさんしれいれば天国に行けるし、悪い行いばかりをしれたら地獄に落ちてしまう。
マ、死後の世界、それだけで終わりという訳ではなく、天国に行くにせよ、地獄に行くにせよ、死後も人生は続いていくもので、やることはたくさんあるのだ。
例えば、天国でバカンスしたり、地獄で童話で出てくるような鬼に百叩きの刑にあったり、鬼狩りしたり…。他にも、天使の資格が取れたり、鬼の資格が取れたり、車の免許を取れり、バイトを始めたり、水商売に手を出したり、転生してイキり散らかしたり…と、まぁ死んでからやれることは意外とたくさんある。
最近では、『異世界転生』なんていう新たな枠組みも出来て、老後と言わず、死後の世界も何をしたいか考えておいた方が良いほどだ。
ま、そんな制度ができてから早数年。
サービスを始めた頃は異世界転生を希望する人など、全くいなかったのだが、近年、『異世界ファンタジーもの』と言うジャンルが人気を博してしまい、空前絶後の異世界転生ブームが巻き起こってしまったのだ。
その結果、異世界転生を希望する人が急激に増加したので、地球…というか日本人に生まれ変わる魂がほとんど異世界に行ってしまい、世界中から何とか魂を分けてもらっているものの日本の少子化問題は止まらなくなってしまうと言う問題が起きていた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
何よりも問題なのは、いきなり異世界転生を希望する人が増えてしまったので、転生をさせている機関がブラックも真っ青なほどドス黒い労働環境となってしまったことだった。
もともとは、天国や地獄に行ったり、転生するのに必要な通行書を発行するだけの課で、顔を見るだけの本人確認とハンコを押すだけのゆっるい職場だった。
そんな転生承認課の中でも、異世界転生チームの受付に来る人なんて、少ないというかほぼいないし、自分の席に座っていれば良いくらいのところだった。
金食い虫の職場過ぎて、お取り潰し待ったナシかと思いきや。死なない人間はいないので仕事が無くなることはあり得ないので、会社に出勤するだけのほぼニートみたいな状態で公務員みたいに安定した仕事が得られてしまう、何ともありがたい部署であった。
しかも、いつ休んでもいいし、別に二、三日くらいなら誰も出勤しなくても困らないような環境だったので、当たり前のように給料が減らされ、だんだんと無能が集まる会社のお払い箱みたいなところへと変化していった。当たり前である。
しかし、まぁ安くても仕事が簡単で、頑張って働いてたくさん稼ぐよりあんまし働かないでちょっと稼ぐ方が良いなと思うような、会社にとって最悪の人種もいるので、なかなか人の途切れない場所ではあった。
そんなこんなで異世界転生チームは、お気楽な人の集まる無能部署となっていた。
それが、異世界転生ブームのせいで、いきなりブラック企業になってしまったため、無能たちがその仕事量についていけるはずもなく。クソ忙しい中、次々と辞職する人が増え、それを補おうと悪質なプロパガンダやほぼ詐欺みたいな内容で騙して転生部署に入れ、異世界転生者が無限に入ってくる部屋に押し込めて、手続きをさせていたのだ。
異世界転生の手続きの面倒なところは、一人につき一つ何かしらの能力を与えて、それを手作業で記入し、異世界の方にある部署への連絡のために書類を作成・発送しなくてはならないのだ。
よく分からないが、異世界転生用の書類は、全て手書きでないとならないため、どうしても時間がかかってしまうのだ。
しかも、異世界転生希望が増えてからクレーマーの数も多くてしまい、普通に上げ足を取り、叫びたいだけのクレーマーから、「お客様は神様だ」と言って威張り散らして暴れる人、いきなり長ったらしくて重い病み話を聞かせてきて泣き出す人など多種多様な人間が現れるようになったのだ。
ただでさえ、異世界に詳しいとイキるヲタクたちの長話が辛いのに。クレーマーに加えて、中々能力を決めてくれないクソ客の面倒をみなきゃいけないのだ。
騙して連れてきた労働者たちは、始めの方はまともに働くのだが、面倒臭い異世界転生業務と一緒にクレーマー対応に嫌気が差して、最短二時間で勝手に辞表を出して辞めていった。
ねずみ講の用に幾人も騙して連れ込んだのに、それでも働き手が足りず……過酷な労働環境により働き手は減る一方。
仕方がないので、新たに騙して連れて来た真面目な労働者の後ろに、言語の通じないガタイの良い黒服外国人を配置して、仕事をさぼると酷い折檻することで、通常通りに業務を行わせるような地獄の職場が生まれてしまったのだ。
恐怖政治をし、人に暴力を振るうことが当たり前みたいなお兄さんたちのおかげで、何とか異世界転生の手続きを行っていたのだが、つい三週間前、内部からの密告により摘発されてしまった。
それにより、部長・係長・課長が次々に消し飛び、会社は謝罪の嵐。記者も大量に押し寄せ、てんてこ舞い。
勇気ある告発者のおかげで、監禁部屋みたいな仕事部屋から解放された被害者が多数いるのだが、異世界転生希望者は一向に減らないので謝罪はできても部署のお取り壊しはできず…監禁されていたほぼ奴隷みたいな社員は、同じ部署に戻りたがらないし、ほとんどが鬱で休職中。結果、業務は停滞。
そんな状況でも、異世界ブームは留まることを知らず、転生待ちの人は溜まる一方で。
もう、一時待機場所として置いておける場所が無いし、クレームの電話が朝から鳴りやまないし、このあと裁判が待ってるし、他の部署でも訴訟が起きてるし。上層部は、それはもう困り果ててしまったのである。
しかも、異世界の方からも催促の電話が来るのだ。
実は、異世界転生の仕事は、会社間の契約では無く、国の事業だし、連携を取ることでこれからも仲良くしていこうという証のために行われているのだ。
あと、こちらから人間を提供する代わりに異世界から送られてくるものが魅力的と言うこともあって、やめることのできない事業となっていた。
繋がりが切れない以上、どうにかするしかないので、上層部は、頭が爆発しそうなほど痛くなった。
なので、仕方なく…本当に仕方なく、使い捨て道具たち(社員)のこめかみに拳銃を当てて働くことを強要し、秘密警察を付けることで外に情報を漏らさないように徹底することにしたのだ。
こうして、第二回恐怖政治が訪れたのである。
それと同時に、悪質なプロパガンダを行うことで、異世界に行こうと思う人間を減らしてしまおうと上層部は考えたのである。
アッチ(異世界)にバレたら、首が飛ぶ(物理)になってしまうが、異世界転生をしようとする人間が少なくなれば、この問題に悩まされることが無くなるので。あと、向こう(異世界)への良い訳が立つし。と、まぁ、御託を並べているが、四徹目で普通に考えるのが面倒臭くなっただけである。ただそれだけで決まってしまったのだ。
こういう経緯で、「異世界転生者審査委員会(仮)」が創設され、そこに集められたのが、人の痛みが分からない系お兄さんたちである。
この人たちは、第一回恐怖政治の時に、言葉の通じない外国人として雇われた人たちであった。
もちろん、第二回恐怖政治でも使おうという話は出たのだが、如何せん言葉が通じないので、第二回恐怖政治には関わらせてもらえなかったのだ。
解雇しようにも、まだ契約期間内だったので、労基的に追い出すこともできず…かと言って、別の部署にやれるほど、まとも人間ではなかったので、上層部もどうしたものかと困っていたのだ。
それに、お兄さんたちも働いてもないし、人を殴ってもいないのにお金をもらうのは座りが悪いと思っていたのだ。
なので、経費削減も兼ねて、利用することにしたのである。
ちなみに、お兄さんたちは皆違う国の言語を話すので、拡声器に翻訳機を仕込んでいるのだ。
と。まぁ、こうして冒頭のようなことになったのだった。
記念すべき第一回目に選ばれたお兄さんは、エメさんと言って、身長180センチ越えの巨体を持つ細身の男で、髪も目も真っ黒、着ている服も真っ黒で、嫌がらせと拷問が趣味の人なのである。
彼は、昔から道徳の授業をきちんと受け、「虐めは良くない」と模範解答をする、まともな倫理観を持っているのだが。人を虐めることとクラシック音楽を聴くことが好きなので、ガビガビのクラシック音楽をかけながら、子供をちょっとだけ深め川に落としてジワジワ苦しみながら溺れていくのを見るのが趣味なのだ。
人攫いも好きだし、虐めは日課で、人の悲鳴は就寝前のBGMみたいなものなのだ。
それに、人が虐めを行っているのもするのが好きなので、クラスメイトが集団リンチに遭っているのをきゃっきゃ♡と喜んでカフェラテ飲んでるような男なのだ。
そんなんだから、社内にサド部屋作ってワクワクしながらそこで暮らしているのだ。
しかし、この男、顔が引くほど良く神の造形で、常に周囲が輝いているし、目が合えばだれでも恋に落ちてしまうほど美しい男であった。ニコリと笑えば、親を殺されてても許してしまうような魅惑の男であった。
エメ兄さんは、人に怯えられることが生き甲斐なので、この顔があんまり好きでは無いのだが、人生何かあれば、笑って全てを乗り切ってきたのである。
使えるものは何でも使う男であった。
顔があまりにも良いおかげで、街中でいきなり人を刺しても、警察の目の前で子どもを攫っても、ガレージに死体を置いていても、一度も逮捕されたことがないのだ。
どんなに悪いことをしていても、目の前で核兵器のスイッチを押しても、エメ兄さんが長いまつ毛を揺らして大輪の薔薇のような笑顔を見せれば。皆、「しょ、しょうがないなぁ」と、顔を真っ赤にしてタラタラと汗をかきながら、許してくれるのだ。
だから、エメさんは人生で一度も謝ったことがないし、「すみません」も「ごめんなさい」も彼の辞書には無い。と言うか、さ行とが行ごと存在しないのだ。筋金入りのカスである。
だが、そんなエメ兄さんにも苦手な物があるのだ。
それは何か。
答えは簡単。怯えない人である。
前の勤め先で薬を売っていたのでクビにされて、賭博所を彷徨っていたエメさんは、ふと見た会社の募集要項に「サディストで人の心の無い方」と書かれているのを見た瞬間、この職場は天職だと思った。
リンゴーンリンゴーンと教会の鐘の音みたいな音がして、天啓だと思ったし、運命だと思った。
なので、エメさんは、『絶対に入社しなくては…!』と無駄に意気込んで会社に乗り込んだのである。気合を入れなくても、確実に受かるのに…。
そんなこんなで、殴り込みのような勢いで面接を受けたエメさんは、会社の窓をブチ壊し、見事内定をもらった。
そうして、ルンルンで入社したものの、エメさんの顔が良すぎるばかりに担当していた女の子から、「エメさんに会えるなら、別にこんな労働苦じゃないし、お仕置きしてもらえるとか最高でしょ」と言われてしまったのだ。
エメ兄さんはこれに大変ショックを受け、自分には人を虐める才能が無いのだと、もしょもしょ落ち込んでいたのだ。
だから、今回、じゃんけんに負けてプロパガンダ演説の栄えあるトップバターとなった時も、まだ落ち込み期にいて。ショックから立ち上がれなくて適当に返事をしていたら、エメさんがやることが決定していたのだ。
一週間人を虐め倒し、拷問し、好き勝手やってようやく正気に頃には、時すでに遅し。開催日が決定してしまったので、腹をくくるしかなかった。給料分くらいは働こうという石があるので。
なので、あんまり機嫌が良くないが、仕事なので頑張っているのだ。結構努力家なのだ。
が、声まで誤魔化せるほど器用なタイプでは無いので、表情で全てを押し切るタイプであった。
「いいですか、皆さん。異世界なんてろくでも無いです。そもそも文明のレベルが違うんですよ。や、レベルとかじゃないですね。格差ですよ。格差。異世界の文明は現代日本の足元にも及びません。はい。現代日本よりも発展してない地域なんで、娯楽無いし、電気も無いし、ガスも水道も無いんです」
握りこぶしを作り、クッと眉間にしわを寄せて悲しそうな顔をした。映画俳優さながらの表情づくりである。
見ているだけで心が痛くなるし、何か助けてあげたくなる表情だ。
しかも、まぁ、ポロポロと涙まで見せて、同情を誘う顔をしているのだ。
しかし、声はどこまでと平たんで無機質。全く心がこもっていなかった。
「生温い衣生活をしてきた都会っ子の現代日本人諸君に農業生活とか無理だし。アンタら都会暮らしだから、虫とか無理でしょ?わんさか出るけど、いけんの?笑。うん。アッチ(異世界)に衛生観念とか無いし。食事のレベルも低くて、物足りないし。てか、そもそも不味くて食べれないのが当たり前です。日本の食事って美味しいんですよ~。それに慣れ切った脳が、クソまじぃ(まずい)物食えると思ってんの?無理だろ」
五分も経たってないのに、エメさんは、だんだん飽きていて、表情も口調も取り繕う気が無くなって来ていた。
最初は、はわわわ♡となって聞いていた人々も、ちょっと『ん?』となり始めて、「そ、そんなことないだろ。異世界のご飯は美味しいって、小説でも見たし、漫画でも言ってた。俺は異世界に行って幸せになるんだ」と、弱弱しいながらも反論の声が上がり始めていた。
「え、異世界飯が美味しいなんて情報デマだから。業界じゃ当たり前だけど…本気にしてたの?かわいそー笑。バカだね。…え?何で物流システム無いのに、何で山で海の魚が食えると思ってんだよ。お前、本当に脳みそついてんの?ママの子宮に置いて来たんじゃなくて?おいおい、冗談キツイってハニー。寝言は寝て言えよな」
この頃には、エメさんはもう自分の仕事も忘れていた。
自分の言いたいことを好きなだけ言うことにしたのである。
何か問題があっても、特大の差別をしようと、最後にニッコリ笑って、上司に可愛い顔しておけばどうにかなることを知っているので。
観客(異世界転生希望の方々)も、『あ、コイツ人格破綻者だ』と気づき始めていた。が、エメ兄さんの顔が良すぎてどうでも良くなっている人が大半で、美しいご尊顔の前では人格なんて関係なかった。
まぁ…中には、エメさんの顔が良すぎて、エメさんが呼吸してるだけで嬉しいと言う過激な層もいるのだ。
エメさんは、たった数分で人を魅了してしまう、罪な男だった。
「てかさ、今と同じ生活とか無理に決まってんだろ。スローライフ何それ。出来ないこと言ってんじゃねぇよ。?…これでも分かんねぇの?やっべぇな」
エメさんは壇上から降りて、股下一メートルの長いコンパスのような足で近くにいた観客を蹴り飛ばし、のたうち回る人の上にドカッと座ったのだ。
「ぐぇっ」と汚い声が聞こえていたが、エメさんは何も気にせず、座り続けていた。
中々座り心地の悪い椅子ではあるが、ずっと立っていたので、だんだん足が疲れていたのだ。地べたに直接座るよりはマシなため、エメさんの近くにいただけの哀れな観客はスピーチが終わるまで椅子になることになったのだ。
ちなみに、少しでも動くと耳の横スレスレで銃を撃たれるため、哀れな子羊は、ガタガタと震える体を押さえて、大人しくしていた。
ガタガタ震える椅子に銃を撃ち込んだエメさんは、一番楽な体制で座ったため、針みたいに細くすらっとした足をゆるく組んで、凄くリラックスしていた。
それが、まぁ様になあること。
周りからは、ふぅ…♡とかはぁ…♡とか甘い吐息が漏れていて、たまにエメさんに近づこうとするやつが現れては、他の黒服のお兄さんたちに集団リンチにされ、ボコボコにされていた。
エメさんは、それをきゅん♡と見ているのだ。
そんな幸せ絶頂のエメ兄さんに水を差すように、「異世界は良いところなんだ!」と見ても無いのに声を荒らげる奴がいて、エメさんの機嫌は、大恐慌の時の株価みたいに急降下していた。
「あ~、じゃぁさ、バカなお前らでも分かるようにもっと身近な話にしてあげまちゅね。よく聞くんでちゅよ?あんさ(あのさ)、異世界の道なんて整備されてないし、現代の主要な乗り物全般無い訳よ。歩けんの?山登り嫌いなくせに?よく言うね。逆に尊敬してきたわ。バカ過ぎて。あ、あと、野生動物多いけど、自治体も警察も何もないから、助けなんて来ないよ。非力なもやしっ子たちには無理だね。百パー死ぬだろ。俺は、お前が死ぬことに全財産賭けるわ笑。とっとと死ね笑」
エメさんは、自分の顔を見なれているせいで、強烈にルッキズムの激しい男であった。
顔がブサイクな小太り野郎のことは全員嫌いで、虐め倒そうと思っているような人間なのだ。
あと、だっさいスーツを着た男が嫌いなため、そういう奴は問答無用で殴ると決めている。
しかし、まぁ、異世界転生を希望するのはそういう人が多く、この会場にはエメさんの絶対殺す事項に該当する人間が多すぎたので、周りの黒服お兄さんたちが先回りして、そう言う輩を全て殴っていた。
黒服のお兄さんたちの気遣いのおかげで、この部屋中に悲鳴がこだましてるし、集団リンチや理不尽な暴力が横行しているため、エメさんにとっては、とっても素敵なハッピー空間となっていた。
なので、それを邪魔してヤジを入れてる人間につらく当たるのも当然のことだった。
無駄なことを言うと屈強な黒服たちにボコボコにされるのに、負けじと反論するヲタクくんは、世界の代弁者のような気持ちで喋っていた。気分は、スーパーヒーロー。
異世界転生できると言う夢のような状況に肺になってしまい、周りに「やめとけよ」と止められるのが、承認欲求と繋がり、人の上に立っているような気持ちになり、気が大きくなってしまっているのだ。
だって、ずっと異世界に行って努力なしのチートでハーレムになってウハウハに暮らすことを夢見てきたのだ。止まれる訳がなかった。
でも、エメさんは取り合う気が無いので。
「ん?ちょっと待って笑。え、戦えるって本気で思ってるの?笑。ヤバ。陰キャのヲタクどもが?笑。暴力も振るったこと無いのに?笑。ウケる。凄い自信だね。感動した。あ?褒めてねーし。あのさ、お前の皺の少ない脳みそが動いてて世間様がどれだけ迷惑かわかる?分からないだろ?だから、虐められるんだよ。ほら、「今まで生きててごめんなさい」って謝って、早く死ねよ。そしたら、無駄な二酸化炭素が生まれないし、世界の役に立てるよ。ほら、SDGs、SDGs。良かったね~笑」
と、一刀両断。
しかも、興味も無さそうに、自身の爪を見ながら言ったのだった。
そんなことをされてしまったので、先ほどまで声を荒らげてエメさんに反論していた男は、顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。
さすがのスーパーヒーローも心が折れかかったが、それでも、勇気を振り絞り、何とか「魔法があるし…異世界行ったら何とかなる」と呟いたのである。夢の異世界を信じているから。
「は?アッチ(異世界)行ったら大丈夫だって?ここまでナニ聞いてたの?ほんと凄いね。お前が生きてるだけで世界の損失だから、早く消えた方が良いよ。マジで。来世は、もっとマシな脳みそに生まれ変われるよう、祈っといてあげるよ。今日寝るまでに覚えてたらね笑」
エメさんは、暴力は好きだが、言葉で徹底的にぶん殴りたいと言う意識は全く無いので、思っていることを素直に述べているだけなのだ。
しかし、エメさん自体が凶器のため、口から出る言葉は全て嫌味か悪口になってしまうので、結果的にほぼ悪口しか言っていないのだ。
しかし、ヤジを入れていた男は、だんだんげんなりしてきていてたので、意味がわからないものの、エメさんは嬉しくなっていた。
「…あーさ(あのさ)、アンタ、日本語分かる?分かるんだったら、お前の思考回路死滅してるから、早く直した方が良いよ。病気って、早期発見が大事って言うからさ。その話の聞けなさ加減は多分、病気だよ。早く病院行けよ。病院…チッ。だからさぁ、話聞けてねえじゃん。魔法ごときでどうにかなる訳無いだろ、ダァホ(どアホ)。何とかなるなら、すでに世界平和が訪れてるはずだし、俺が大統領になってるはずだし、お前みたいな人間が生きてるはずないんだよ。ガチで。義務教育から学び直して来い。そしたら、ちったぁ(ちょっとは)使える脳みそになんだろ。知らんけど」
しっかりと止めを刺すと、エメさんは定規みたいに長い足を振り回して、ヤジを入れていた相手を蹴飛ばした。
椅子になっていた人とは違い、何の手加減もせずに本気で蹴ったので、5・6メートル先に吹っ飛んでいった。周囲にいた人間が数名巻き込まれて、うめき声をあげているが、エメさんには関係の無い話だった。
こうして、イキりヲタクくんは、今日からクラシック音楽がトラウマになって、お外に出れないヒキニートへと戻るのだった。
「以上、エメ・フェイクの演説でした。ご清聴ありがとうございました。皆が苦しんで死んでくれることを切に願っています。ついでに、その現場に僕を呼んでください」
エメさんは本日最高の笑顔で演説の幕を閉じたのだ。
その笑顔で、観客はエメさんに惚れ直し、静かにファンクラブができた。
そんなことを知らないエメさんは、『やっぱり、自分には人の顔を歪めて素敵な表情にできる才能があったのだ!』と、嬉しくなって、ニコニコにまにましていた。
そうして幸せな気分のまま、また煙草に火をつけ、真っ黒な煙を吐き出しながら、適当にひっつかんだ人間を連れてサド部屋へと帰って行ったのである。
ズルズルと人を引きずり、赤い線を作りながら、ゆるくブルースを歌いながら歩くエメさんは。のちに、「スピーチのせいだ。あんな仕事を受けなければ、俺はまともでいられたのに…」と、恨み言を吐き出すことになることをまだ知らなかった。
さてはともあれ、こうして問題発言しかないエメ兄さんのスピーチは幕を閉じ、異世界への良く分からないイメージを残しつつ、エメさんのファンが大量に爆誕したのだ。
これにより、最悪のスタートを切った「異世界転生者審査委員会(仮)」にまともな奴なんて一人もいないので、これからも問題を増やしていき、上層部の顔色はどんどんと青白くなっていくのだが…それはまた別のお話し。
異世界転生者審査委員会 ヱ @18_233
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